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死に戻りの公爵令嬢は、三度目の人生もひた走る!  作者: とり
第一章 武者修行

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閑話 クリス

父親は一代騎士爵位を持つ地方騎士団の騎士で、子沢山の六人兄弟姉妹の俺は四男。


兄弟姉妹は亜麻色のような薄茶色の髪に瞳。

それに対して俺だけが父方の亡き祖父に似た灰色髪に瞳だ。


物心ついた頃には汚いやら鼠やらと罵られていた。

だが、五歳になるまでは良かった。俺を心配した祖母と小さな離れで暮らしていたからだ。


それに憧れの騎士でもある叔父が町に来る度に顔を出してくれた。

叔父は会う度に一つ、騎士の話や剣の扱い方を教えてくれた。


もうすっかりぼんやりとした記憶になってしまったが、温かい笑顔とゴツゴツの大きな手を辛うじて覚えている。



そんな、ある寒い雪の降る日だった。

五歳になった冬に祖母が死んだ。


父親とその叔父が何やら大声で怒鳴り合っていた日を最後に叔父を見ていない。


それからすぐに老朽化した小さな離れは取り崩され、俺は物置小屋に放り込まれた。

衣食住も満足に与えられず、使用人のように働かされて物置小屋で残飯食って寝る。

犬のような生活が始まった。



騎士である父の背を追う兄弟は剣を学び始め、よく練習台にされた。

何も持ってない俺に容赦なく木刀が叩き込まれる。

空っぽの胃から胃液だけを吐き出して倒れるほど滅多打ちにされた。


食事も満足に食べられず、小柄でひょろひょろの俺は必死で木刀を躱した。

理不尽な事に躱した事に腹を立て、殴られたり、蹴られたりされる。


兄弟らによると生意気だそうだ。


段々と痛みが少ない箇所を叩かれる事が目標になった。

完全に躱すのではなく、大怪我を避けて叩かれる。

木刀の太刀筋を見極めて微妙に躱す。


そんな日々を繰り返し、祖母が死んでから八回目の冬が来た。

危うい綱渡りの毎日。

青あざが体中にあるのはいつものことだ。

水仕事でボロボロにひび割れた手も。



そんなある月夜の晩だった。

いつものように空腹を紛らわそうと、水を求めて近場の小川へ向かった。

小川に手を伸ばすと、水面に酷い身なりで頬がこけた顔が映る。


息もつけないほど驚いた。

これじゃ、まるで生きながら死んでいるようだ。


ヒタヒタとした死の影を感じて、背筋が粟立つ。

ここに居てはダメだ。


その夜、そのまま後を振り返ることもなく家を出た。


どこか遠くへ。



町の入り口で、草藁が積まれた幌馬車の荷台に潜り込んだ。

寒さで体の芯まで冷え切った体をふかふかの藁で包む。

救われた気分にほっとして、ぼろぼろと涙が流れた。


それが人生を一変させる出来事だった。



陽を浴びたふかふかの藁と帆馬車の心地よい揺れに身を任せて、

景色が畑から街に変わる頃、夜中にこっそりと馬車を抜け出した。


遠くに見える輝く光に魅入られるように、

光に向かう夜の羽虫のように、ふらふらとたどり着いたのが王都だった。


期せずした縁で寄宿舎に住み、

従士訓練生として訓練を受ける事になった。


ここでも小柄で体力がないことが災いして、

他の体格の良い訓練生らに揶揄われたり、理不尽な練習台にされたり、

食事を奪われたりしていた。


そんな日々がある日突然終わりを迎えた。



訓練の合間に他の訓練生を避けて、隅の木陰で休んでいると、

見かけない小柄な訓練生が声をかけてきた。


どこにでもいる茶色の髪の見かけない奴だ。

だが、何か違和感があった。


警戒しているとお忍びで来たお貴族さんだという。

よく見ると平民とは違い、手荒れ一つない綺麗な手だ。


何故そこまで凝った変装をしているか意味不明で、

不安が漠然とのしかかってきた。



その後に続いた専属護衛騎士の話。


俺みたいな野良犬に?

俺なんかより体格や剣の扱いが上手い奴がいるのに?


騙されているのだろうか。

 

そんなお貴族さんの護衛なんて自信がない。

久しぶりの会話で少しどもりながら、できないと断った。


すると、「できる、できない」ではなくて「したいか、したくないか」だと言う。

しかも曇りない笑顔で俺が数年後には腕利きの騎士になるともだ。


この人の言葉がやりきれないほど眩しい。

美しく澄んだ瞳に魅入られて、気が付いたら申し出に頷いていた。


もし女神がいるなら、この人みたいなんだろうな。



冒険者ギルドの護身術に馬術から始まって、

それからは目の回る怒涛の日々が始まった。


最初の騎士訓練では鬼のような顔の騎士団員から厳しく指導され、怒鳴られ、

そして、初めて、祖母と叔父以外の人から褒められた。


『よし、今日はここまで! 坊主、よく頑張ったな』


鬼のような顔がニカっと笑顔に変わり、剣だこのゴツゴツの手でゴシゴシと頭を撫でられた。

ガサツで思わずよろけてしまうほどの力加減だったが、温かい手だ。


理由も分からずに胸が熱くなり、瞬きをするたびに涙がこぼれ落ちていく。


今なら分かる。俺は嬉しかったんだな。



それから毎日、面倒見の良い公爵様の騎士団で『必勝、上級従士試験』の扱きを受けている。

お嬢様の学院入学に合わせて、さっさと護衛騎士見習いになれるように邁進しろ、とハッパをかけ続けられてヘトヘトだ。



隙間時間にお嬢様愛に溢れている侍女兼護衛のテリーさんとの手合わせ。

テリーさんは剣を持つと途端に目の色が変わる。


人が変わったようにうっそりと妖艶な笑みまで浮かべるテリーさんはまるで悪夢のようだ。

手合わせは血が凍るほどの恐怖を感じる。


代々公爵家に仕える諜報活動や暗殺に特化した一族の出だと知ったのはつい最近のことで、

驚くより、深く納得してしまった。



そうしている内に分かってきた事がある。


ここで働く騎士や使用人達は公爵様に代々仕えてきた家の出や公爵様領地の領民で、

一概に忠誠心が高く、仕える事に誇りを持っていること。


食事時に時々出てくる話によると、公爵様は善政を敷いて領民の生活を豊かにしてきたと皆が口を揃える。使用人の家族まで支援してくれて、感謝してもしきれねーとも。


恥ずかしくて声には出せないでいるが、夢も希望もなかった俺に騎士になる道を示してくれたお嬢様。それに温かく迎え入れてくれたここの皆にも感謝してもしきれない。



一日の終わりに大食卓を囲み、気楽に取り交わされる皆の話に耳を傾けながら、

温かい食事を心置きなく味わう。


今日も清潔な寝台で心地よい眠りについた。


立派な騎士になって、叔父に誉められる夢を見ながら。

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