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死に戻りの公爵令嬢は、三度目の人生もひた走る!  作者: とり
第三章 表舞台へ

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65.ウィルソン辺境伯家当主ヴィアス1

まず目につくのは圧倒的な存在感を放つ執務机だ。

どっしりと重厚で、書類がまさに山のように積まれている。


壁には武器が飾られ、床に設置された旗立てにはウィルソン辺境伯家紋章旗が掲揚されている。


そして、上質な革張りの椅子に背を預け、ゆったりと構えている男がウィルソン辺境伯家当主ヴィアスだ。



「ハリウェル、報告を頼む」


軍団長が右腕なら、差し詰め筆頭執務官長のハリウェルはヴィアスの左腕だ。


「はっ、端的にディフラン公爵令嬢で間違いないかと。探らせました侍女によりますと、公爵家紋章刻印の装飾短剣と指輪、さらに魔術付与の指輪を数点所持し、銀色の髪も紺碧色の瞳も間違いないとのことです」


「偽者でも、間者でもないということか」


「値がつけられない希少な魔馬一つをとりましても、偽者とは考えづらいと思われます。王都での調査報告はロイド執務次官から致します」



「はいっ! ご指摘の剣術の件ですが、近衛騎士であるディフラン公爵子息ブライアン様から御指南を受けられ、王宮で手合わせをされている姿も目撃されています! それに筆頭王宮魔術師団長執務室で第二王子殿下からも御指南を受けられていたと噂がありました!」


「そうか。剣を振るえるも、何かしらの魔術が扱えるも、不思議ではないということだな。そういえば、手合わせした者が一人いたそうだな」


「第六軍特殊部隊中隊長バージルです。ディフラン公爵令嬢の逆鱗の触れたようで叩きのめされ、座るように倒れて‥‥その、股間に向かって剣を突き刺されたとか。バージルは無事です」


「ぶほぉっっ‥‥ごほっ、失礼しました!」

噴き出したロイドを横目で制しながら、ハリウェルは続ける。


「逆鱗の件で謝罪させようと公爵令嬢にお伺いに参りましたが断られました。バージルは治療を受けて体は問題ありませんが、精神的に気落ちしています」


「ごふっ‥‥‥」


「中隊長を蹴散らかすとはな‥‥。性格はともかく、バージルは天才と称えられていてもまだ年若い。いい薬だろう」



ヴィアスは執務机をコンっと一つ叩き、バージルの話で緩んだ雰囲気を引き締めた。


「公爵令嬢は本物で、剣と魔術の心得がある可能性が高い、までは理解した。消息不明の初夏から秋晩までどこで、何をしていた?」


「御令嬢付き護衛騎士によりますと、ロズウェル第二王子殿下の御下命で口外罷り成らないとの事です」


嫌な事を聞いたという表情で難しく眉を顰めて言う。

「‥‥調査は続行で、随時報告しろ」

「はっ」


「令嬢は城でどう過ごしている?」


「はいっ! 主館の警備兵によりますと、魔の森の魔獣と薬草をお調べになると、北の古塔でお過ごしになられているそうです!」


「北の古塔? あれは古書の保管庫だろう。確か、曽祖父上か祖父上が要らない書物を移動させたとかだったか」


「調査したところ、ナザレ執務次官補が北の古塔に誘導したそうです」


「コーバス子爵派か‥‥」

ヴィアスは目を伏せて、一考する様子を見せた。


「御令嬢の方は問題なく、敷物や椅子などを北の塔に持ち込んで、読書に勤しんでおられるとの事です!」


ヴィアスはふっと一瞬口角を上げて、すぐにそれを打ち消した。


「報告ご苦労。コーバス子爵派の動きが気になる。公爵令嬢には護衛を増やすように。以上だ」


「「はっ」」




◇◇◇




ディフラン公爵令嬢リリアナ。

王家との協約により、生まれる前からの婚約者だ。顔も知らぬ婚約者。


ただ惰性で誕生月に贈り合うだけの関係で、一年をかけて討伐した魔獣の中で、大きく美しい魔石を一つ選び贈る。ドレスや宝石が欲しければ、それを売ればいいと。


そのリリアナ嬢が一年も前倒しで領地へ来ることになった。王宮魔術師団長殿からの依頼で魔の森周辺の薬草調査だったか。


だが、時期が悪い。ただでさえ問題が山積している今だ。領内は三つの派閥に分かれている。帝国派、独立派、穏健派だ。


過激派とも言われ、マルネス帝国との統一とノーエル王国の滅亡を画策する帝国派。

矜持と利権を求めて、王国からの独立派。

最後が現状継続の穏健派。



複雑にしているのが、激動の嵐に揉まれたウイルソン王国の歴史だ。二百五十年前の魔獣大発生でウィルソン王国とノーエル王国は共に疲弊し荒廃された大地が広がった。それを絶好の機会とした帝国が侵略してきたのだ。


結局は帝国の侵略だけでなく、隙あらばと虎視眈々と構える国々にひどく危機感を持った当時の王達が手を組む事になった。魔の森があるウィルソン王国の被害がどうしても大きく、ウィルソン王国が呑み込まれる形となり、ノーエル王国との合併が決まった。


現ノーエル王国の国章、二頭の国神狼は二つの国が一つになったことを意味している。



そして、帝国とウィルソン家との間では互いに友好な関係を保つ為に政略婚姻が執り行われることもあった。五代前には帝国の第六皇女がウィルソン家に嫁入りしている。現に俺の黒髪はマルネス皇族血筋から受け継がれたものだ。


実情、複合的な事情でマルネス帝国とノーエル王国の間で難しい舵取りをしているのがウィルソン家だ。



情勢が安定しているのならここまで問題にはならない。だが、ここ数年マルネス帝国は次期王位を巡っての争いが苛烈を極めている。他の国を取り込むことを功績として王位を狙っている皇子もいる。それに賛同して暗躍する帝国派も。


独立派は言わずもがなだな。叔父でもあるコーバス子爵を筆頭に一門の娘を養子にして押し付けてくる。ウィルソン王国の王妃にでも夢見ているのだろう。


そして最後は穏健派だ。現状維持の為に王家血筋でもあるリリアナ嬢を押し込んでくる。



この数年、否が応でも激動の渦に巻き込まれていった。父上と異母兄弟の義兄上までも四年前に魔獣討伐で命を落とした。


残された母上との関係は破綻している。その理由は母上の母親が帝国の貴族の出で、母上は病的に帝国に傾倒しているからだ。


俺が当主になった頃に帝国派に唆されて、色々と問題を起こした。帝国派にとって、母上はいい駒だ。今は母上を領都から離れた屋敷での蟄居、実質的な幽閉を命じている。


俺は当主となり、父上に叩き込まれた領主としての責務を一生をかけて全うするつもりだ。その為なら鬼にも悪魔にもなる覚悟はとっくにできている。いや、もう悪魔で血みどろの道を歩んでいるか。



現状だが、それぞれの出方を窺っている。マルネス帝国、ノーエル王国、そして暗躍している者どもを。帝国の皇位継承順位が決まるであろう翌年の春から夏にかけて、一気に情勢が動くだろう。


今は俯瞰して情報を精査し、二手三手先を読む。策略を緻密な蜘蛛の巣のように張り巡らせ、必要ならば絡め取り、音もなく狩る。



そんな時だ。正式な公爵家と第二王子の書状と共にリリアナ嬢が入領したとの知らせが届いたのは。


王都までを繋ぐ街道には目と耳がいるのに、なぜ入領まで誰も気づかなかったのかは一先ず置いておく。


ある意味ノーエル王国の看板を背負っているリリアナ嬢は帝国派と独立派にしてみれば完全なる暗殺対象だろう。存在しない方が都合がいい。無謀にも自ら入り込んだリリアナ嬢にも非がある。


悪いが高みの見物とさせてもらったが、リリアナ嬢は入領直後に完全に消息を絶った。


自ら姿を消すとは考え難い。そこで極秘に暗殺されたものと推測して箝口令を敷いた。特殊部隊に捜索をあたらせ、同時に王国と公爵家の動向を探らせに執務官を王都へ派遣させた。



定期的な報告を受けながらも、日常の忙しさに忙殺される日々が続いていた。


そんな時だった。領都に公爵令嬢がたった三人の供人を引き連れて現れたという。半年後に現れるなど、一体誰が想像する。


しかも、堂々たる大型魔馬で領都を行進だ。リリアナ嬢は一目で分かる高級な青絹のドレスを纏い、薄青色のテラの花を髪に飾っていた。


共人は公爵家の騎士儀礼服姿に公爵旗掲揚。一人毛色の違うのがいたが、どこぞの国の王族と言っても驚かぬ程の品格がある。


偽物であろうと来てしまったのなら、仕方あるまい。出迎えの場では、示し合わせて常人では恐怖を覚えるであろう、鬼のような歴代兵士達を整列させ威圧させたが何食わぬ顔だ。


初めて見るリリアナ嬢は十六歳とは思えない大人びた顔つきに深みのある落ち着いた雰囲気が漂っていた。凛とした美しい佇まいは見るものを惹きつけてやまない。


どこかで見たような気がする多色に輝く紺碧の瞳、一瞬の力がふっと抜けたような柔らかい笑顔に心が釘付けにされる。


秋祭りでは気高く厳かな戦女神の剣舞を舞い、既に領民の心を掴んで離さない。

全く予想外。想像もつかない事をしでかす異質で不確定要素だ。


だが、決して、不快ではない。

自然と口角が上がった。



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