63.領都へ来たよ 第六軍中隊長バージル
馬鹿馬鹿しくつまらない日々だった。
僕は一通り何でもできる。
同年代が必死に勉学、魔術、何かしらの武術やらに励むが、
僕は励むことを知らない。
何でも簡単にできるから。
できない奴らの気持ちなんて分からない。
できなかったことなんてないし。
この世は馬鹿ばっかり。
あっという間に最年少の17で、
第六軍と呼ばれる特殊部隊の中隊長まで昇り上がった。
だけど、これ以上は望まない。面倒事が増えるだけだしね。
給金も良いし、楽できて良いよね。
中隊長になってからも、基本適材適所に気を配るだけで、
大抵どうにかなる。
そんな日々を過ごしていた。
何かが変わったのはここからだ。
とある計画を指示されていた。翌年のね。
ちょっと特殊で中隊長自ら出張らないと駄目な案件。
まあ、まだ先だし、と構えていた。
それが、三日前の夕刻に部下から一報が入った。
『入領、対銀三、特殊馬』
十文字文を二度読み返す。
え、どういうこと?
そのままだけど、対象者の『銀』が三人を連れて、特殊馬で入領?
ちょ、まっ! 非番で下着のパンツ一丁だったしで、
急いで身支度を整えて直ぐに上へ報告。
指示が『計画に移せ』だとさ。
護衛と思われるのが三人だし、三倍、九で行けばいいか。
特殊部隊員九人を呼び出して、僕とで十。
そんで、一刻もせずに他領との境、関門詰所に馬ごと転移したわけ。
既に日が暮れて外は真っ暗だ。
詰所で情報に間違いがないかを確認して、
見落としがないよう『索敵』しながら最初の宿場町へ到着。
一本道だし宿をとるならここだろう。
ここの警備兵に確認すると、そんな四人は来ていないだとよ。
念の為、特殊馬で当たりをつけて回る。
ここにきてりゃ、その特殊馬から足がつくだろう。
だけど、いないんだよ。
ちっ、面倒だ。どこだ? 野宿か?
何にしろ、あの関門から領都までなら、馬で早くても三、四日かかる。
まだ時間はある。
馬に乗り、索敵しながら次の宿場町へ。そしてその次へ。
東の空が白む頃、携帯食を馬上で齧りながら、ひたすら同じ事の繰り返し。
そんな事を繰り返して、ほぼ睡眠なしのボロボロな状態で領都に戻った。
一体全体、どう言う事だよ?!
アイツら、『転移』でも使ったか?
だけど、この領では気軽に転移できないようになっている。
然るべき手順以外ではね。
ちっ、悪態をつきながら、上へ報告。すっかり消息不明者の出来上がり。
偽者だった? 途中で攫われて既にこの世にいない? どこかに隠れ潜んでる?
『公爵令嬢っぽいのが入領したけど、行方不明なんだよね』
そう大ぴらにできないから、
本物かどうかすらも王都側に問い合わせる事ができない。
まあ執務官が王都に急ぎ向かって、既に探りを入れてるらしいけどさ。
責任問題なんか厄介だから、本物なら他領で行方不明って事で。
それからも、秘密裏の捜索は続けられていたんだよね。
初夏から秋晩までだよ、もうー!
『しろ』って命令されたら、しのごの言えないし。
もうさ、散々だよ。散々振り回してくれちゃって、
秋祭りの前にしれーっと領都入りだよ。しれーっとね。
信じられないよね?!
本物かはまだ判明してないけどさ。書状や装飾品、
その他諸々から判断して本物っぽいって。
さっき一報が入って『銀』が秋祭りの会場を視察するってよ。
約半年に亘る疲れた身体を引き摺って、早速顔を拝みに行く。
まだアイツら来てないしで、
秋祭りの剣術大会に参加する奴らの手合わせを眺めてた。
暇だからね。
するとキラキラの銀髪を靡かせた美人が変な服で、
秋祭りの会場を丁寧に見て回っている。
ああ、アイツだな。
生意気にも剣を腰に刺していやがる。ははは、滑稽だね。
王都の公爵令嬢様が虚勢を張ってやんの。
揶揄い甲斐がありそうだ。
わざと驚かせようと後から声をかけた
「ねぇ、僕と手合わせしない? それとも、その剣、飾りかなぁ?」
アイツが振り返ったんだけど、
えっ、なに? その、獰猛な鋭い眼差し?
尋常ではない殺気ダダ漏れなんですけど。
「なんか、雰囲気一変したけど、僕、何かしたかなぁ」
アイツが手合わせの誘いに肯首したから、
少し戸惑いながらも念の為に間合いを大きめに取って構える。
すると、げっ、唾吐いた——えっ?!
——-えっ? 首がちりちりする。
一閃で間合いを詰められた? 首の冷たい刃が正解だと告げる。
耳に囁かれた唸るような地獄からの声。
「———遅い」
聞こえたとほぼ同時に真横に蹴り飛ばされた———ぶほっ?!!!
うっ、やべー、肋やられた。
城壁に背中を激しく打ちつけちまった‥‥‥。
激しい痛みで肢体を投げ出したまま動けねぇ。
えっ、何、影? 急に暗くなったから緩慢に顔を上げたら、
剣を両手で握りしめたアイツが上から降って来た?!
股間ぎりぎり、紙一重を狙ったように。
剣を渾身の力で地面に突き刺さされた————うげっ?!!!
恐怖でキュッとしてなかったら、今頃ヤバイことになってた、絶対。
全てがあっという間で、えっ?! ぶほっ?!!! うげっ?!!! だった。
気がつくと何を見るとも無い無機質な双眼が僕を見下ろしていた。
それが、あまりにも冷めた無機質で、
恐ろしくて体はみっともなくガタガタと震えが止まらなかった。
それから、駆け寄ってきた救護班から
回復薬やら回復魔術の後にそのまま救護室に運ばれた。
首に残った赤い線のように見える少量の血筋。まさに薄皮一枚。大した技量だ。
その日は救護室の白い天井を見つめながら、いろいろなことを考えていた。
秋祭りの日だ。
気分的に行きたくなかったんだけど、一応特殊部隊の中隊長だからね。
しかも、既に中隊長席も用意されているから、穴開けたら怒られるし。
お決まりの流れの後に、目の前で舞姫の剣舞が始まった。
ありゃ、お遊戯だね。
汚れを知らない、お嬢さんのお遊戯剣舞。
ふわふわ、くるくる。
あんなの、どこがいいんだ?
そんでもって、次はアイツが出てきた。
気高く凛とした立ち姿。そして圧倒的な存在感。
その場を切り裂くような物悲しい笛の音色が響き、
白装のアイツが銀髪を風に靡かせ舞う。
負け戦の剣舞。
戦い傷つき息も絶え絶え、まるで手負いの獣のように舞う。
荒れ狂うように凶暴で、凄惨で、見るに耐えない。
胸を掻きむしるような絶望、怨嗟、無念が伝わり、心を揺さぶられる。
そして、ついに膝をつき、剣で胸を貫かれた壮絶な死がそこにあった。
誰もが言葉を失う。まるで息をするのも忘れたかのように。
何だこれ?
数千人はいるこの場が、完全な無音。音を無くした。
そして、それは静寂無音から始まった。
——-シャリン、——-シャリン
アイツから微かに澄んだ鈴の音色が聞こえてくる。
静かにリズムを刻み、脈動するかのような命の音
——-シャリン、タン、——-シャリン、タン
——-シャリン、タン、——-シャリン、タン
鈴の音に太鼓の音が加わった。
段々と強くなる鼓動を、音を、繰り返しながら体を起こしていく。
胸から貫かれた剣を抜き、ふらつく両足で再び立ち上がろうと。
——-シャリン、タン、タン——-シャリン、タン、タン
——-シャリン、タン、タン——-シャリン、タン、タン
この頃にはリズムに合わせて、地を踏み鳴らす者達も出てきた。
まるで、戦場で倒れた戦友を思い出したかのように。
——-ドン、ドン!
——-ドン、ドン!——-ドン、ドン!
立ち上がれ! 立ち上がれ! 立ち上がれ!
段々と数が増え、轟くような音が唸りを上げる。
ついにアイツが顔を上げ、誇り高く立ち上がった。
戦女神の剣舞だ。
金粉のような美しい輝きが辺りにキラキラと舞う。
気高く厳かで、神々しい。
地を蹴り、天高く飛び上がる。
見えぬ敵を水が流れるごとく切り結び、
見惚れるほどの巧みな剣技の数々で人々を圧倒する。
煌めく薄布を靡かせるその姿は神聖で尊く、また儀式のようでもある。
その存在感の美しさに喉がごくりっとなる。
そして目に止まらぬ速さで薙ぎ斬りで切り結び、終わりを迎えた。
騎士のように胸に手を当てて、黙祷するアイツ。
——-リーン、——-リーン、——-リーン
静かに響き渡る澄んだ鐘の音が、
戦で命を落とした者達への手向け、鎮魂の儀のようだった。
一時、静寂が響き、そしてわああああ、と怒涛の歓声。
鳴り止まない拍手で場は包まれた。
ねぇ、ちょっと、観客はそれでもいいよ。
でも、高位階級席はそれどころじゃないよね。
こちら、高位階級席を睥睨して、首を狙ったような薙ぎ斬りだよ。
敵へ向けるようなやつ。そんでもって、鎮魂ときた。
何人かの引き攣った顔の面々が見える。
なんてったって、身に覚えがあるからね。
ねぇ、何か知ってるぽいし、やっぱ計画中止だよね?
あれは喧嘩売っては駄目なヤツだ。絶対。
その夜は悪夢にうなされた。
よく覚えてないけど、僕がアイツの心臓を剣で貫いた。
死んだはずなのにアイツの無機質な瞳が爛々と輝く夢。
ちょー怖ぇー。この僕がだよ、体の震えが止まらない。
何かごめんなさい。どうか許してください‥‥。




