57.野盗親分じゃないよ2
このウィルソン辺境伯領は魔の森と魔獣に深く関わりながら、その恵みを享受する。
午前中は魔獣討伐団長ゴーランド、それと前団長であるタイロンと密談を交わし、午後から冒険者ギルドへ向かう。
毎年実施している秋の討伐遠征では俺が総指揮官、団長のゴーランドと副団長が副指揮官だ。
派遣兵士と交代要員、後援部隊も合わせて、千人の大隊が領都から西のロック砦に向かい、そこから北と南に分かれる。
何せ、領地の西側全てが魔の森だ。辺境伯軍だけでは手薄になる部分や図体がデカいのもあって機動力が弱い。
そこで、優秀な冒険者はこの辺境で重要な意味を持つ。
いつものように、腐れ縁になりつつある冒険者ギルド長トッドに会いに行った。
「あら、久しぶりねぇ。秋の討伐遠征の事かしら?」
「ああ、最近の動向と冒険者の情報をもらいにな」
「うふっ、了解よ。昔からいるランクの高い冒険者パーティーは既に魔の森に入ってるわ。討伐隊が入る前に魔獣の素材を手に入れるぞーって。うふふっ、顔ぶれが同じだから、いつものように連携して対応できると思うわよぉ」
「それと、そうねぇ‥‥紹介したい新たな冒険者は‥‥いないわねぇ」
トッドは一度区切り、顎に手を当てて、考え込んでからそう答えた。
「そうか。ならば、新人冒険者パーティー『銀の杖』はどうだ?」
「うふふっ、どこで知ったのかしらぁ。彼女達は魔の森の奥地で希少な薬草採取を得意とする稼ぎ頭よ。確かに、領主様にとっては優れた人材であることは間違いないわね。でも、どうかしらぁ」
「どういう意味だ?」
「自由気ままに単独行動を好むパーティーなのよ。例えれば、猫かしらねぇ。無理に引き込みを図ると、絶対逃げるわよぉ」
猫か。タイロンの作業場でのしなやかな身のこなしは猫のようだった。それに好奇心旺盛だが、確かに警戒心も強そうだ。
「ねぇ、他の地方の人って、私の名前、トッドを発音できないのよぉ。トットになるの。困ったものだわぁ」
トッドはそう言うとクスリと笑い、片目を瞑ってみせた。
どういう脈略でそんな話をするのか意味不明だ。まあ、いつものことか。
余談はさておき、トッドが『彼女達』と称したあの『銀の杖』だ。こう、捨て置けない心の騒めきを感じる。凶事からではなく、良い意味で何かが起こりそうな予感を感じさせる心の騒めきだ。
あの回復薬水の一つをとってもだ。
「もう、そんなに考え込んじゃダメよぉ。ハゲるわよ。討伐遠征に同行させたいのなら、トッドお姉さんに任せなさいっ」
そう言いながら、バッシッ!! と叩かれた背が痛む。言うならお姉さんではなく、お兄さんだろう。
討伐遠征に質の良い薬草だけでも、手に入れることができるに越したことはない。そこでこの件は一旦トッド預かりとなった。
そして数日が過ぎ、トッドの手配で『銀の杖』ともう一つの冒険者グループが遠征に同行する事になった。
それにしても『猫は近づくと逃げるから、気長に近寄って来るまで待ちなさいよぉ』とトッドに言われたがその通りだった。監視として付けた者どもは見るも無惨に撒かれている。どうやら驚くほど逃げ足が速いらしい。
◇◇◇
今回は中部から北部にかけての討伐遠征部隊に同行する。魔獣数やその他諸々の条件によって遠征期間は変わるが、今回は短く一月と予測されている。移動も合わせると二月だ。
指揮をとり、責任を取るまでが俺の仕事だ。日夜、報告を受ける立場だとも言える。
兎角、連日日夜、俺の周りは騒がしい。
そんな俺が唯一気が休まる時がある。静寂が響く夜明け前だ。
東の空がわずかに白んで世界が白くなっていく頃、いつものように澄み切った静けさの中を歩く。
そんな朝にあの女冒険者と出会った。相変わらずフードを目深く被り、首巻きで顔を隠している。トッドの『猫は近づくと逃げるから、気長に近寄って来るまで待ちなさいよぉ』を心の中で反復して静かに佇む。
そんな朝を何度か繰り返していると、一言、二言交わすようになってきた。だんだん人間に、いや、俺に慣れてきてはいるのだろうか。
ある午後、銀の杖三人組がお揃いの白の調理用上っ張りに白の首巻き姿で魚を焼いていた。翌日は鶏肉を焼き、翌々日はりんごを配っている。本業はどうなっているのだ?
小隊長に報告させると規定量の薬草は納品されていると言う。調理に関しては小腹を空かせた兵士の間食として小型魔獣や食料などを引き換えに頼んでいるそうだ。
一度魚の串焼きを口にしたが、塩味が効いていて美味かった。
第一拠点から始まって、最終拠点のガブリストーン砦に到着してから、さらに忙しくなり寝る暇もない。
なんとか捻り出した手隙にキトス豹討伐の当事者である小隊長に改めて報告させ、遠くで肉を焼いている『銀の杖』が例の冒険者らなのかを聞く。
ほぼ後ろ姿しか目にしてなく、断言はできないが、七、八割方あの冒険者らで間違いないそうだ。魔獣討伐に関わる者は一概として直感と洞察力が鋭い。ましては長たるものが言うのならそうなのだろう。
直接会って礼を言いたいという小隊長らを止めた。残念そうにしていたが、何せ猫だからな。下手を打つと、それだけで逃げる。
それはそうと、二月前にガブリストーン砦近くの魔の森で凄まじいほどの地鳴りと共に大地の揺れ、それに伴う崩落や陥没の報告があった。その一帯にはガブリストーン砦の地下空間から西へと続く自然洞窟を利用して造られた古代神殿の辺りだ。
そして、その古代神殿は秘密裏に歴代ウィルソン当主に守り継がれてきたものである。自然崩落によるものであるのか、そうでないのか、どちらにしても現当主である俺が行く必要がある。秘匿されてきた場所でもあるので、数を絞り少数精鋭を引き連れて調査に向かう。
地下へと続く階段を下って行くにしたがって、しんと沈んだ湿気のある空気が肌に纏わりつく。
ここに来たのは先代当主が生きていた頃、四年も昔のことだ。静けさに包まれた巨大な地下空間。地下貯水湖の石道を歩き進むと閑寂で広大な太古の世界が広がっている。
古代神殿を我々は万神殿と呼ぶ。古来、神々への感謝と地の安寧を祈り、祭祀で剣の舞を奉納して神託を得ていたと伝わっている。
神託の伝統がいつから受け継がれなくなったのかまでは定かでない。そんなことをつらつらと考えていると上下に突き動かさられるような激しい揺れが襲った。
結界の魔導具で難を逃れはしたが、帰り道が寸断され、洞窟の一部が崩壊した。それだけではなく、揺れに触発されたように這い出てきた興奮状態の竜の闇魔獣が問題だった。
闇と称されるだけあって、禍々しい瘴気を撒き散らしながら、荒れ狂うように襲ってくる。
万神殿で襲われるなど、まるで罰を下されたような皮肉に乾いた笑いが出る。
最強の部類の魔獣で最悪もいいところだ。金属の鎧も砕く強靭な顎に鋭い牙と爪。巨体に似合わぬ俊敏な動きに苦しめられる。あの爪を喰らった者がズタズタに引き裂かれた。
———このクソがっ!!
長年苦楽を共にした部隊だ。死闘とも言えるほどの状況下でも連携で乗り切る。身体強化を纏った剣で心臓を一差しし、しっかりとした手応えの後に身体強化を纏った足で蹴り上げた。
一歩も動けないほどの疲労に苛まれ、その隙が運の尽きだった。
もう一度あの揺れに襲われたと思ったと同時に足場が崩れ落ち、急落下したまでは覚えている。
何度か意識を取り戻し、そして、激痛に苛まれて意識を失う。次に淡く意識が戻ると上からは雪が降っていた。雪など久しく見ていない。手のひらで受け止めたくとも体が全く言うこと聞かず、ただ振り降りる雪を眺めていた。
そして、淡い光と共に急に腹に圧がかかり、覗き込む青の美しい瞳が目に映った。キラキラと多彩に輝く美しい紺碧色の瞳。
ぼんやりと真夏の濃い青空が思い浮かべていると、ふわりとした温かい毛布に包まれるような居心地の良さを感じ、沈み込むように意識が落ちた。
何度か地に落とされるような衝撃で意識が戻るも、瞼が鉛のように重い。そんな中で朧げな何かを見た。白銀色に輝く神々しい何か。風もないのに揺らめく毛並みが美しかった。
とにかく眠く、頭の中も鉛が詰まったようにぼんやりとしている。
そして、初めは微かに、そしてはっきりと通った声が響いた。
「繋がったぞっ!! 早くお探ししろっ!!」
魔導具ランプが目に染み入る。目を眇めるともくもくと立ち上る砂塵の中で救援部隊に囲まれていた。状況を問うと隊員七名、死亡者なし。
軍服が夥しい血で染まり、無惨に裂けているが全員怪我の痕跡が一切ないと言う。意識はまだないが、皆苦悶の表情もなく、穏やかな表情で呼吸も整っている。
次々と届く報告に戸惑う。一から十まで不可解なことだらけだ。万神殿神の御業なのだろうか。近くで不自然極まりないポーズで転がっている闇魔獣の死骸を見やりながら、そんなことを思う。




