55.辺境伯を探せ2
安全が確認できた場所まで一気に転移した。
地面には力尽きた巨大な竜の魔獣が転がっている。金属の鎧も砕く強靭な顎に鋭い牙と爪。この魔獣は巨体に似合わぬ俊敏性に最強の部類の身体能力と攻撃力をもっている。
「もう少し奥にかなり大きく深い陥没穴があるの。うひゃぁぁ!」
「「‥‥‥っ!」」
声がひっくりかえり、悲鳴でもなく自分でも驚くほど変な声をあげてしまった。うひゃ、ひゃぁぁん、と変な反響が辺りをこだまする。
羽根ネズミが音もなくヒューンとすり抜け、凄い勢いで急旋回して外套の横を掠ったのだ。テリーとクリスに生暖かい目で見守られて、気恥ずかしい。
視線を避けるようにぷいっと顔を背けて『探索』。改めて見る陥没穴の周辺は底が抜けたように崩れ落ちていて、辺境伯と他数名が真っ逆さまに落ちた様子で倒れていた。
周辺が脆く危険なので、二人にはここで待機してもらう。
ツバメのように『飛行』。滑るようにゆっくりと傾斜して降下していく。
飛行から『浮遊』へ。そして、浮遊を解きながら下へと降りていく。
そして片足がふにゃりとした何かを踏んで着地した。
「ん? これは‥‥?!」
さっと、片足をどかすと、辺境伯ヴィアス発見である。
発見した安堵よりも驚きが上だった。きっと、きょとんと鳩のような顔つきをしている事だろう。
「よう、容態‥‥」
我に返って周囲を見渡す。
「危険、脅威なし。死亡者なし、負傷者七名」
まずはヴィアスの容態を見ると意識障害に酷い外傷で、生きているのが不思議なくらいだ。流れ出た血から怪我を負って半日は経っているのが分かる。
すぐに七名まとめて、下級の現代魔術で一気に治癒。
そして、ヴィアスから、神聖魔法『治癒』『再生』『回復』を三重の豪華版で掛けていく。息が穏やかになったのを確認してから、全員の容態を見て回る。
一様に爪でやられたのか軍服がズタズタに裂け、重傷に重体。
辛うじて手足が繋がっているし、虫の息の者もいる。
「ううっ、骨が‥‥足の向きもあんなことに‥‥うぷぇ」
すぐに怪我が酷い順に、容態に応じて神聖魔法の強弱を調整しながら治癒していく。そして最後の一人。
意識はまだないが、皆苦悶の表情が消え去り、穏やかな表情で呼吸も整ってきた。
「危なかった‥‥本当に紙一重ね‥‥」
特に酷かったのがヴィアス。ヴィアスだけでなく、ここにいる全員も生きているのが信じられないほどだ。きっと全員に魔術が付与されている何かを持たせていたのだろう。
一番ボロボロで重体だったヴィアスの顔を覗き込む。いつもの無表情だが、口元が緩んでいるので少し幼く見える。
きっと一番頑張ったのだろう。側にある砕けた剣から視線を戻して、脂汗で額に張り付いている綺麗な黒髪を整えて撫でてあげる。
「頑張ったわね。えらいえらい」
うっすらと赤の瞳が見えた気がした。
「『浮遊』『転移』」
取り敢えず浮遊で纏めて、ぽいっとテリーとクリスがいる場所まで転移させた。
どすんっ、どこっと乱暴な転移で、呻き声が聞こえたような? だが信じられないほど魔力を食う神聖魔法の連発の後に、自分を含めて八人の転移はキツイので勘弁してもらいたい。
「「お嬢さま?!」」
「大丈夫よ、治したわ。これで全員だといいのだけど」
「一応、このデカ魔獣のお腹の中は魔石を取るときに確認しましたっ!」
「‥‥あ、ありがとう」
「『結界』」
意識を失っているが、念のために遮音された半透明のぽかぽか温かい結界だ。
不透明にしたのは何か異変があっても対応できるようにである。まさに至れり尽くせりなのだ。失った血や体力が戻るには時間がかかるだろう。暫し、ゆっくりと休んでもらいたい。
「何故、あんな場所に‥‥」
ヴィアス達を目にしながら、クリスがぽつりと零した
「あの竜の魔獣討伐を終わらせて、気が抜けた時に突然陥没とかですかっ?」
「そうかも知れないわ。重量ある魔獣が暴れれば周囲に影響を与えそうだもの」
「後始末はどう致しますか?」
「「「‥‥‥」」」
「何やってんだ、ぼけっ」
「ぶぎゃぁぁぁ———!」
突然の元神獣、白銀の乱入に悲鳴を上げたのはテリーである。
今度はテリーのふぎゃ、ふぎゃぁぁん、が辺りをこだまする。
「まあ、白銀!」
そこには銀色に光り輝く白銀がいた。両脚の脛と尻尾の長毛が風もないのに揺らめきたなびいている。
「お主がこれだけ魔力を使うのが珍しくてな。何かあったのではないかと気になったのだ」
「ふふっ、吃驚して息が止まるかと思ったわ。少し色々あって。でも大丈夫よ」
礼を言うと白銀は照れ臭そうに体を揺らし、美しい毛並みが波打った。
白銀の背中を優しく撫でると満更でもなさそうにしている。調子に乗ってもふもふに埋もれてみたり、匂いを嗅いでいたら嫌がられてしまった。
ふっと周りを軽く見渡し、目を細めてどこか遠くを見ている白銀が気になった。
「どうかしたの?」
「なあに、懐かしい匂いがしてな」
すんっと匂いを嗅ぐが、特に何も匂いはしない。あえて言うなら、あまりよろしくない魔獣臭だろうか?
頭の中で疑問に思っていたら、ふんっと鼻で笑われてしまった。
「神気の残り香だ。後のあれは昔の万神殿だったのであろうな。我も神聖な存在とされていたから匂いでわかる」
万神殿とは全ての神々を祀る神殿のことだと言う。
ぽつりぽつりと語られる白銀の言葉が不思議とこの空間に静かに響く。
「善人を守り、悪人を罰していたこともある。ふんっ、罰ししすぎたがな」
はっきりとは口にしないが、先ほどは神力を持つ神獣であった遠く行き去った過去を見ていたのだろう。
巨大な飾り柱が整然と立ち並ぶ空間は澄み切った静けさ、静謐な美しさがあり、先程の崩落穴のあたりは殆どが崩れ落ちているが古代神殿だったようにも見える。
「今は全く神気を感じられぬし、見るも無惨な過去の遺物だな」
白銀の瞳に深い哀愁がこもっていた。




