53.魔獣討伐遠征3 ガブリストーン砦
ロック砦から魔の森に沿いに真北へ。第一拠点、第二拠点、第三拠点と北上しながら魔獣討伐部隊は魔獣討伐と結界塔の点検を行っている。そしてもうすぐ今回の最終目的地のガブリストーン砦に到着する。
見晴らし良い丘陵地帯に要塞化されたガブリストーン砦があった。西に魔の森、北にはマルネス帝国、東に湖と地政学的、戦略的に重要な防御の要である。
何度も戦禍に見舞われ、破壊、再建、増改築を繰り返した激動の歴史ある砦としても有名だ。
「今までで一番物々しい砦ですっ」
「跳ね橋と堀、落とし格子、二つの門でやっと中庭ですね」
「東の湖を引いて内湖と堀に囲まれているので自然要塞とも言えるわね」
それからは砦より食い気、湖といえば魚。焼き魚の話で大いに弾んだのだった。
ガブリストーン砦は思っていた以上に高台で風が強い。強風を防ぐことができそうな砦の平らな窪みが今夜の野営地となる。
石造りの宿舎もあるのだが、この三月に亘って砦を護っていた部隊と交替部隊との引き継ぎが行われるので騒がしい。
それに加えて、宿舎は強風対策で風の影響を受けづらいのは良いが、こもったむさい臭いがするやら、爬虫類が棲家にしているやらで、兵士達は両手を上げて野営をしているとも聞く。
一旦荷物を下ろして秋風の吹き抜ける砦の隅からの外を眺めると、眼下一面にはこの地方の素朴な初秋の花、花穂草がさらさらと風に靡いていた。夕陽に照らされて黄金色の波のように広がる景色は息を呑むほどの美しい。
暫くぼーっと眺めていたが、だんだんと風が強くなり、辺境伯軍旗がパタパタと音を立てて翻る。
「野営天幕を早く張らないと、風で煽られて飛んでっちゃうかも知れませんねっ」
「ふふっ、そうね。さっさと天幕を張ってしまいましょう」
兵士達は手際よく野営天幕を張り終え、食事班は夕食の調理に取り掛かっている。美味しそうなにおいが辺りに漂い始め、兵士達は賑やかに談笑したり、鍛錬に励んでいたりと穏やかなひと時だ。
配膳台を囲むように円形に天幕が張られているので、夕食の配膳が始まると同時に屈強な兵士達が天幕から飛び出てきた。そして、いつものように夕食を手に入れた兵士達は地べたに座って賑やかに談笑しながら食べ始める。
野宿と比べると砦の中は安心感が違う。
今夜はゆっくりといい夢が見れそうだ。
◇◇◇
「おはよう! 途中まで一緒に行こう!」
「ふふっ、おはよう、ユルド。昨日はよく眠れたようね」
「そうなの、久しぶりに安心して眠ることができたし、ダグのお尻もだいぶ良くなったし!」
「お、おい、アイリ、バラすなよ‥‥」
ニコニコ笑顔の幼馴染三人組、冒険者パーティー『薬草』だ。最近疲れの色が出ていたが、帆馬車で痛めたダグのお尻以外はすっかりと元気になったようで何よりである。
『薬草』は魔の森深くへは入らずに周辺での薬草採取の専門だ。ギルドが推すだけあって手際が良く、安定量を辺境伯軍に提供している。
それに対して『銀の杖』は戦場のような騒音の魔獣討伐部隊を避けて、シンと静寂な魔の森の深遠で、稀少な薬草だけを採取している。
『探索』でさっくり探して終わるので、剣の鍛錬やきのこ狩り、必要に応じて魔獣討伐、と好きに過ごしているのだ。
時には沼地を見つけたり、巨木の倒木によってぽっかりと開けた場所に陽が差し込み、花が咲き乱れている景色を目にすることもある。
忘れてしまうのには惜しくて、位置図と共に記録としてしたためている。すると絵心のあるクリスが魔獣の絵を描き添え、情報収集が得意なテリーが魔獣の生態を書き綴る。そのうち、魔の森魔獣大図鑑のようなものが出来上がるかも?
今日は一度転移で湖に寄ってから、日が真上よりやや西へ傾き始めた頃に砦へと戻ってきた。
「ふふふっ、魚が大漁ね」
「あの湖、魚が多くて最高ですっ」
「食事班に声をかけてきます」
釣り糸がなかったので魚釣りではなく、魚岩投げだったのだが大漁である。ついでに下処理に串のようなものも準備したので、今日の間食は魚の串焼きだ。
「お嬢様、食事班の許可取れました。二時間後にぽつぽつ兵士達が戻るそうです」
「ありがとう、クリス。早速取り掛かりましょう」
慣れたもので、クリスが配膳台の近くに手頃な石で円を描くように丸く囲み、焚き火を熾す。その間、テリーとひたすら魚の串打ちだ。
串打ちが終わると、公爵家領特産の海塩をパッと一振り。特に焦げやすいひれにはたっぷりと。
「お嬢さま、ぽつぽつと帰還なら、時間差攻撃ですねっ」
攻撃なのかは不明だが、まずは五十本から。
うねるように串打ちした魚の頭を下にして、焚き火の周りに次々と立て並べていく。
「五十匹だと圧巻ね」
「みっちりですっ!」
テリーが野菜を摂らないと大変なことになるんですよっ、と常々力説するので、空間付与の皮袋から野菜も取り出して串打ちをしていく。クリスはいつの間にか二個目の焚き火を完成させていた。
出来るだけ焼きたてを食べてもらいたいので時間差でせっせと焼いていく。
始めは強火で、そして弱火でじっくりと焦げ目をつける。
じゅうじゅうの音と香ばしい匂い、それと美味しそうな焼き目。
いつの間にか焚き火のまわりには戻ってきた兵士達が集まり、焚き火の爆ぜる音に耳を傾け、炎のゆるぎを眺めている。
背側から焼いて、一時間。身はふわふわで外がカリカリの魚の串焼きが焼きあがった。
ひたすら焼き続けて、ふっと汗を拭きながら顔を上げると美しい茜色の空が広がっていた。
何せ大量の魚の串焼きである。帆馬車の同乗者でもある後援部隊の兵士達にも焼くのを手伝ってもらっている。
食事の調理などを共にして仲良くなったのだが、やはり元々は兵士で、年齢や怪我が元で後援部隊へ配属転換を願ったそうだ。
年配の彼らからは気楽に取り交わされる会話でも学ぶ事が多い。
例えば後援部隊の役割で、物資の配給や整備、兵員の展開や衛生、施設の構築や維持。それと食糧や武器の在庫管理なども幅広く含まれる。
魔獣に片腕を噛まれて今でも深傷が多数残っている後援部隊長ヤッコの兵站の話は示唆に富む。
「なるほど。『必要な物と量を、必要な時と場所に』が重要になるのですね」
「おうよっ。お前さんはなかなか見所があるな。もし辺境伯軍で働くなら俺が口聞いてやるぞ」
ヤッコはガハハハっと大きく口を開けて笑う。
兵站と云えば、宰相を務める父オーランドが戦略を練った後は戦術と兵站術の二本柱だとよく言っていた。指揮官の采配や軍隊の士気にも勝敗は左右されるが、それ以上に兵站術の影響が大きいと言う。
『どうすれば物資を供給できなくさせるか、機能を止められるか。隙間や弱点を見つけてそこを叩くのだ』と言っていた父オーランの悪い笑顔を思い出す。強面だけあってなかなか怖かった。
魚の串焼き業も粗方終わり、振る舞われたお酒と共に天幕に戻って魚を齧る。香ばしい焼き魚を片手にお酒が進んだテリーとクリスはほんのりと酔ってご機嫌な様子だ。
「お嬢様は何でもお出来になられるので、鼻が高いです」
「はいっ! 歌はイマイチですがっ!」
「ふふっ、私もテリーとクリスに仕えて貰えて鼻が高いのよ。こんな優秀な護衛に護ってもらえるなんて果報者ね」
嬉しそうにぐずりと鼻をならすテリーと頭の後ろを照れたように撫でているクリス。
秋夜は肌寒いが、心はほっこりと温かった。




