5.そうだ冒険に行こう 魔術
「お嬢さま、お茶をお持ちいたしましたっ。読書ですか?」
春先の優しい日差しが差し込む窓際で朝からずっとお気に入りの椅子に座っている。のめり込むように本に目を通していて、テリーの声ではっと我に返った。
既にテリーが午後の紅茶と軽食を机の上に用意してくれていたようだ。
「気付かなかったわ。ええ、これは魔術理論の本よ」
「ま、魔術ですかっ?」
その魔術を行使するには魔力が必要で、全ての王国民は七歳になると魔力測定があり、ほぼ半数が魔力持っている。
その魔力を持っている者は大きく二つに分けられる。一つは身体操作に特化した自己の身体強化に魔力を行使できる者。これは、魔力量によって差が生じる。
例えば、代々公爵家に仕える諜報活動や暗殺を生業としている一族。テリーは魔力量が多く、高度な身体強化だけでなく、五感も底上げする事ができる。
そして、もう一つが魔力操作に特化している者。
まず、生活魔法を行使することができる。生活魔法とは水に適性がある者が魔法でグラスに水を入れたり、火に適性がある者が魔法で火種を起こしたりと、一言の短い詠唱で行使できる小さな生活の魔法のことだ。
更に一定以上の魔力量を有するものが学問として知識を深め、魔力を魔術陣を通して行使する事を魔術と呼ぶ。より威力的で極めて高度な術を発動する事もできる。
平民と比べると王侯貴族の方の魔力量が多い傾向があり、貴族令息は修得して王宮魔術師や魔剣士になる道もある一方で、貴族令嬢の場合は魔術を学問として学ぶことは一般的でない。
走ることと同じく、はしたないとされ、侍従や使用人、又は必要に応じて魔術師を雇う事が一家の経済的豊かさと社会的地位の物差しともなっているからである。
ここはやはり二度目の人生で剣術を修行した時と同じく、しばらく隠し通すことにする。
その為にはテリーの協力が欠かせない。なんと言っても前回の人生では共にかつらを被り、隠れて冒険者ギルドに通った仲である。
「テリー、魔術を学びたいの。今はお父様達にも秘密で隠れて学ぶつもりよ。協力してくれる?」
「えっ? あ、はい、お任せくださいっ! お嬢さまのためなら、喜んで協力させていただきます!」
テリーがいれば百万力である。嬉しくてニマリと緩みそうな顔を引き締めて、まずは魔術本を探しに図書室に行くことにした。
ディフラン公爵家はノーエル王国建国時から続く名門の一つで、図書室の蔵書数は王宮にあるそれと遜色なく、希少価値の高い本が数多く所蔵されている。
コの字型の屋敷なので近道、若葉の薄緑が美しい中庭をスタスタと通り抜けて図書室にたどり着いた。テリーが扉を開くと、すぐに深い木の香りに独特の本の香りに包まれる。
静けさとランプの仄明かりも心地良く、経年変化による深みのある飴色の本棚が落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「ふふっ、天井までぎっしりと詰まった本棚にこの香り、懐かしいわ」
テリーの水を差すような『お嬢さま、先週いらっしゃいましたよっ』は丸っと無視である。何せ前回ここに来たのは死に戻り前なのだ。
「魔術の蔵書は奥の棚だったわね」
幼い頃から図書室に入り浸っていたので既に頭に入っている。一直線に触れたことがない棚、魔術に関する棚へと向かう。
「ふんふん、『魔術初級編』から始まって『古代魔術』まで。思ったよりも沢山あるわね」
どれどれと『魔術初級編』の一冊を手にして最初のページに目を通す。
『まずは魔力を練って、次は‥‥』
「あら? 魔力を練る‥‥どうやって練るのかしら?」
「こう、こねる‥‥パン生地を練る要領ですかねっ?」
「‥‥‥?」
初級の一行目で頓挫してしまった。考えるに基礎のキから取り組む必要があるらしい。
仕切り直しである。七歳の魔力測定で判定された子供が最初に読む、魔法の本を取り寄せて貰うことにした。
そうこうして、取り寄せて貰った本は『よいこのまほうーななさいじ』。ゴリラ絵の絵本で、このゴリラのゴリくんが魔力はヘソの上にあると力説している。
『 <よいこのまほうーななさいじ 1>
まほうをつかうには まりょくがひつようだよ。
まりょくをだすのは おならをだすのといっしょ。
おなかにちからをいれると ブーっておならがでるでしょ 』
(え? そうなの?)
『 かたてをまっすぐまえにして てのひらにむかって
おなかにちからをいれるよ。
”えいっ、ブーっ!”
このブーっは くちでいってね。
てのひらがあったかくなったら、だいせいこう! 』
『 <よいこのまほうーななさいじ 2>
よいこのみんなー!
まりょくを ブーってだせるようになった?
つぎは まりょくを ゆびさきにあつめるよ。
まあるく まあるく さくらんぼのおおきさ。
できたかな?
よし、ぞくせいを いろで かくにんするよ。
ひ あか
みず あお
かぜ もやもや とうめい
つち ちゃいろ
ひかり しろ
やみ くろ
はい、よくがんばりました! 』
『(注)お子様が二つの属性持ちの場合、このような結果になります。
火属性 と 水属性 紫色
土属性 と 水属性 紺色
土属性 と 火属性 紅色
詳しくは専門家にご相談ください 』
「『はい、よくがんばりました!』でゴリラのゴリくん、口を大きく開けて牙を剥き出しにしてるけど、威嚇じゃなくて笑顔よね?」
◇◇◇
実践で魔力をブーっと出せるようになってから、さくらんぼの大きさにするのが大変だった。
溢れる魔力を小さく小さく、そして指先へさくらんぼの大きさに。
子供の頃に遊びでした中指と薬指の間をパカっと開ける練習のような、できそうでできない、むずむずするような、もどかしいような、そんな感じである。
三日間繰り返して、なんとかできるようになった。
「七歳児はもっと早くできるのでしょうけど。若いって羨ましいわ」
「そんなぁ、お嬢さまはまだまだお若いです! いつまでもお元気でいて下さいっ」
「‥‥‥‥」
テリーと同じ事を父オーランドに言ったような気がするが、気にしない事にした。
両手の指、全てで魔力を集めるとそれぞれが宝石のように輝いて美しい。
「わあ、キラキラの金色ですねっ、今流行りの爪化粧のようで素敵です!」
「金色って何属性かしら?」
「絵本には書いてありませんねっ」
「まあ、何色でも色があればきっと大丈夫よね」
「そんな気がしますっ」
通常は一属性のみ。金色は全属性であると知ったのは後々の話である。




