48.寄り道でロック砦 最高の鍛治職人2
超偏屈、超頑固、超融通が利かない、でも腕はピカイチ。鍛冶職人としての誇りと責任感を背負い、気に入った仕事しか受けないと評判の鍛冶師は、いとも簡単に堕ちてしまった。
「ふん、ふ〜ん、ふふん、ふん」
鼻歌まで歌ってご機嫌である。
古傷が刻まれた獰猛な面構えだが、その獰猛さがどこかに飛んでいってしまった。つぶらな瞳をきらきらとさせて、『天からの贈り物』と呼ばれる極めて稀な鉄石の角度を変えて眺めては感嘆の声をあげている。
「「「‥‥‥‥」」」
ウサギネズミのおじさん、野盗親分と共に先程から放置されているのだ。ご機嫌を損ねたくはないが、さっさと帰りたい。勇気を出して声を上げる。
「では、明日の昼に来るよう伝えます」
「ん? ああ、銀の杖、剣二振りだったな」
「短剣一本分ぐらいは残ると思いますので、報酬の一部として受け取ってください」
「本当か?!! 短剣一本分だとしても、王都で屋敷を買える程の値がつくんだぞ!!」
おっさんの大声で耳がキンキンする。
「ならよー、報酬は短剣一本分だけで十分お釣りつく。お代はいらねーよ。類まれなる機会に最高の素材を提供してくれて、ありがとな。あ、剣の真ん中に浮彫入れてもいいよな。格好がいいからよ。それでよー、若い若いと思っていても体のガタが気になり始めてたんだ。何年も前に魔獣にやられた片足も痛みが酷くてな。足の踏ん張りが利かなくなってよ。もうすぐ職人として終いだ。最後の花道を飾らせてもらうぜ。くっ、職人冥利に尽きるなー‥‥」
長い間、独りで饒舌に語っていたが、最後には片腕を目に当てて男泣きになってしまった。
ウサギネズミのおじさんと野盗親分はボケっと突っ立っているだけで役に立たないし、おっさんを放ったらかしにして帰るには気が引ける。
何年も前に魔獣にやられた足の痛みの話から、冒険者パーティー『銀の杖』の努力の結晶、改良を重ねている回復薬をおっさんにあげることにした。
元々魔獣討伐などで負った怪我の後遺症に苦しんでいる兵士や冒険者の為の薬だ。
「『銀の杖』は薬草から後遺症回復薬も調合しています。
この回復薬の薬効はかなり高いです。ただ、回復薬を試したメンバーによると時が経った古傷ほど痛みが激しく、傷の癒着を剥離されるようなえげつない痛み、場合によってはのたうち回るような痛みを伴います。
気が向いたらでいいので、一口ずつゆっくりと飲んでください」
涙で濡れた顔でキョトンとしているおっさんの熊のような掌に小さなガラス瓶をのせた。今が絶好の機会である。機を逃さず帰る事にする。
「では、よろしくお願いしますー」
ささっと扉を開けて逃げ出すことに成功したのである。
先程来た道をのんびりと引き返す。ふむむ。この辺の店名は吟遊詩人が名付けたような店が多い。こっちは『貴女の瞳に乾杯』で、あっちは『天空へご招待』。
何の店だろうと不思議に思う。ふと後ろからの気配を感じて振り返るとあの野盗親分が立っていた。
「あっ、野盗、いえ、その、先程ぶりですね‥‥」
「‥‥‥野盗?」
つい口が滑ってしまった。首を傾げている野盗親分に慌てて違う話をする。吟遊詩人が名付けたような店が多くて興味深い話を振った。
「あ、ああ‥‥‥。さっきの作業場の裏に商人が使用する階段がある。市場への近道だ。これからはその階段を使うといい」
何故かふぅーとため息をついた親分だ。
「昼時だ‥‥飯でもどうだ? この辺の美味い店には詳しい」
二人とも首巻きで顔を覆っているし、どう食べるのか疑問である。二人で首巻きの下からもそもそ食べる姿を想像して噴き出しそうなのを堪える。
「ぷふぅ、と、友を待たせているので、今日はこのまま帰ります」
「そうか‥‥なら、市場まで送ろう」
市場までならいいかと頷いた。
「先程の回復薬には礼を言う。稲妻が走ったような激痛が全身を駆け抜けたと脂汗を流しながら言っていたが、長年の痛みが大分引いたそうだ。足の踏ん張りが利くようになったと、踏ん張っては泣いていた」
どう踏ん張っていたのかは気になるところだが、時を置いてから、もう一本服用すると更に具合が良くなる事を伝えた。
野盗親分とおっさんは古くからの付き合いがあると言う。確かに野盗親分は獲物が必需品のような雰囲気が漂っているので納得だ。
「そこのパン屋がロック砦で一番の人気店だ」
店主が焼き立てほやほやの黄金色のパンを並べている。この地方の干し果実や木の実が混ぜ込まれていて、素朴だが味わい深いそうだ。そのずっしりとした重いパンを何個か買った。
「あっちの食堂のスープはー‥‥」
すっかり案内人になった野盗親分がいろいろと教えてくれる。
それにしても昼の一番混雑する時間帯を自由に見て回れるのはササーっと両側から人が捌けるからである。
確かに顔を隠すように首巻きをし、ボロボロの外套を目深く被っている野盗親分。それだけではなく剣呑な雰囲気も漂わせているので危険人物ぽい。
雰囲気はともかく、似たような格好をしている二人組なので怖さ倍増なのかも知れない。当の親分は知ってか知らずか、淡々と案内を続けて市場通りの終わりまで辿り着いた。
「この町をどう思う?」
唐突に尋ねられたので驚いたが、正直に答える。
「良いと町だと思います」
顔は見えないが、野盗親分が満足そうな笑みを浮かべたような気がした。
宿に戻り、程良い渋さの紅茶と先ほど買った干し果実と木の実のパンにたっぷりとジャムを添えて、テリーとクリスと共に昼食にする。
「ふふふ、なんと領一の鍛治職人に二人の新しい剣を頼んできたわ。すぐに取り掛かりたいから、明日にでも来て欲しいそうよ」
嬉しそうに顔を輝かせている二人を見ると、こちらまで嬉しくなる。
紅茶を飲みながら、窓から外を眺めると高く澄み切った空がどこまでも続いていた。




