44.寄り道でロック砦 副作用
「ほら、集中しろ、ぼけっ!」
今まで狼だと思っていた白銀先生の指導が手厳しい。
あれは三日前の出来事だった。
洞窟の巨石建造物やヘンテコ光玉に胸を貫かれた話をうんうんと聞いてくれていたイリシオンだが、ちょっと待っててと転移でどこかへ行き、白銀を連れて戻ってきたのだ。
「イリシオンから聞いたぞ。まあ、大変だったな」
「ぶふぅ!!」
お茶を噴き出してしまった。くるりっとイリシオンに顔を向けると、イリシオンは真剣な顔でうんと一つ頷いてみせた。
『がっ、がうぅ!』の白銀が喋っているのだ。それも流暢に。
密かに喋っているかのように見せかける腹話術かとも思ったが違うようである。
「あなたは白銀なのかしら?」
「見ればわかるだろう、ぼけっ」
「‥‥‥‥」
もふもふの銀色の毛並みにつぶらな瞳。可愛い白銀が、口の悪いおっさんになってしまったのである。がーん、という音が聞こえそうなくらい衝撃を受けている中、白銀が話し始める。
「長い話だから、どこから話すかだな‥‥。お主の言うところのヘンテコ光玉だが、暴れる我を封印するために据え置かれた神の力の一部だ。
重石のように上から押さえつけるような役割だったはず。我が解放されたこともあって不安定だったところに、お主がのこのこ入り込んだようだな。
偶然だろうが加護の重ね掛けされているお主は器としてもちょうどよかったのだろう」
封印について尋ねるも白銀は沈黙を押し通した。
加護のうんぬんは王宮魔術師団長ロズウェルが言っていた。『指輪は時の加護、外套はさしずめ防御の加護、そして賢者の本は叡智の加護』。それに森人の言う現人神、北のの加護もだろうか。
「今はお主の中で安定して、眩いくらい発光し輝きを放っておる。力の一端を感じる事ができるだろう?」
その発光が多色の輝きとして瞳にも表れているそうだ。確かに清涼で凛と冴わたる感覚が漲る。温かいぽやぽやした光に包まれているし、おまけに体も成長して目線も高くなった。
「波長が人のそれよりも古代種の森人、神獣に近くなっておる。後で確かめるとよい」
違う意味でがーんである。
「まあ、お主には礼を言おう。
クソ痛い魔法を手酷く喰らったが、我を正気に戻し、あの暗闇から解放してもらったからな。
それに契約もだ。お主が神の力の一部を取り込んだことで、力もある程度は戻り、もう魔結晶も齧らなくて済む」
あの洞窟の結晶石は溢れ出た魔力が集約された魔結晶だという。魔力不足で齧っていたそうだ。
「‥‥色々と聞きたいことはあるけど、契約とは何かしら?」
白銀によると契約の実を食べると契約が結ばれると言う。なんとあの悶絶するほどの不快な苦味、えぐみで泣きそうになった銀色の実のことだった。
「契約の実は友の実とも言う。共に食することで、魔力の譲渡や相互協力ができるようになるのだ」
そう言って立ち上がると白銀の体がむくむくと大きなる。頭から背にかけて、そして胸の毛並みがもふもふし、両脚の脛と尻尾の長毛が風もないのに揺らめき、たなびいている。
新月のように銀色に光り輝く姿は神々しい。
「まあ、この世ならぬ美しさね‥‥それに大きいわ」
爪先立ちで手を伸ばして、やっと背に手が届くほどの大きさだ。よく見るとあの個性的な眉毛は相変わらずで微笑ましい。
「これが本来の姿だ。神力を失った元神獣だがな。これから、お主を守護することを誓おう」
「ふふっ、守護してもらえるなんて光栄だわ」
白銀はフンッと誇らしげに胸を張った。
そして、その三日後、白銀から神の力の一部が馴染むと全ての攻撃や状態異常が無効化される事を聞き、喜んだのは束の間だった。そう、副作用もあったのだ。
「イリシオン、艶かしい‥‥」
「ん? 何か言った?」
「な、何も!」
ゆるんで少し開く唇、息遣い、小さく喉が鳴る音。
そう、あれ以来、すっかり視覚、聴覚、嗅覚、全てにおいて力に振り回されている。なんでも超感覚、万能感知ともいうそうだ。
窓から外を眺めれば、遠くの葉上の朝露一滴も目にする事ができ、下に滴り落ちる音も耳で拾えるほどなのだ。
今は溢れ出しそうな力を抑制する事を学んでいるが、そもそも貰いたくて貰った力でもない。不満に鼻を膨らませながらも練習に励んでいる。
上位古代種の森人でもあるイリシオンの助言は、力の解放と抑制の『切り替えがキモ』だと言う。
早速、手本を見せてもらう。莫大な力を一気に解放してから、きゅっと体内に秘めるまでの見事な切り替えは圧巻である。
白銀も同じくであの巨体をきゅっと大型犬の大きさまで自由自在だ。
「ね、簡単でしょ?」というイリシオンに抗議の意味で眉だけをきゅっと寄せて見せた。
そして半月が経った頃、起きている間は気を抜かない限り、力を内に引っ込める事ができるようになった。
「イリシオン、どうかしら?」
「まあまあかな。僕もそうだけど、これは一生の課題だからね。気長に取り組むといいよ」
白銀先生はゴロリと冷たい床に寝そべったまま、片耳だけこっちらに向けている。お小言がないなら、まあ及第点と言ったところだろうか。
窓から外に目を向けると陽射しが眩しい。木陰で魔馬達が気持ち良さそうにドカっと横に転がっている。初めて目にした時には、その矢で射られたような転がりぶりに皆で悲鳴を上げたものだ。
魔馬達は今日もいびきをかいて気持ちよさそうに寝ていて、傍ではテリーとクリスがキーンと冷えた麦酒を片手に長椅子で王国チェスに興じている。
まだ涼やかな風が気持ちの良い、夏の終わりの午後だった。
◇◇◇
翌日にはロック砦に戻り、ラナとロンとの待ち合わせの場所、冒険者ギルドに併設されている食堂兼酒場へと向かっている。
冒険者の知り合いも増えて、あちらこちらで片手を軽く上げて、この地方の挨拶を繰り返す。
「「「よおっ、兄弟!」」」
冒険者ギルドの食堂兼酒場を覗くと、この地方特有の大柄ながっしりした体つきの冒険者達でひしめき合い、熱気を帯びている。まだ残暑も厳しいのに実に暑苦しそうである。
「だからヨォ、こうだよ。こう!」
入り口で怯んでいると奥からロンの酔った声が聞こえてきた。声のする方へと進むと美男美女、特級王宮魔術師の黒鳥隊員、ロンとラナが既に出来上がっていて、ロンがくだを巻いている。
「あっ! リ、シルバーちゃん、ラナお姉ちゃんのところにおいでっ。あれれ、大きくなったぁ?」
「ふふっ、もう、二人とも顔が真っ赤よ」
「なんてったってヨォ、打ち上げみたいなもんだ。ワハハハ!」
楽しそうで何よりである。場所を移してから遮音。そして、その打ち上げに参加する。二人の酔っぱらいの話によると、どうやら、洞窟から無事に生還できたことを祝っての飲み会のようだ。
洞窟内部で黒服を纏った魔術師と思われる者達と途中で戦闘になったという。ロンが勢い余って洞窟内部を破壊してから、連鎖の崩落が始まったらしい。
「‥‥‥‥」
同じく黒鳥隊員のポールも考えもなしにその辺の極端に狭まった洞窟を破壊しながら進んでいたようで、崩落を加速させたそうだ。明るく元気なポールが楽しそうに破壊したり、岩を投げている姿を簡単に想像できてしまう。
「‥‥‥‥」
ラナが口を尖らせてロンに文句を言い、ロンが只今応戦中である。
「だからヨォ、その怪しい奴らが悪いんだって。何人かとっ捕まえて、隊長に引き渡したしヨォ、俺、頑張ったんだぜ。誰も褒めてくれねーけどなっ」
背を丸めて、ちびりと酒を煽る姿には哀愁が漂っていた。
捕らえられた魔術師達は他国の者だそうだ。あの洞窟には何らかの秘密がある。そしてロンとポールが破壊した‥‥。それだけが今明らかになっている事である。
それから洞窟の魔獣の話で盛り上がった。縦洞窟とは違い、横洞窟には色々生き物がいたそうだ。
キィキィと鳴きながら自由自在に翼を動かして急旋回、上下反転できる不思議な生態の黒魔獣。巨大トカゲぽいのが最悪だったとラナとロンが口を揃えていう。
ただ可愛いのも一種類いて、地上のウサギネズミの巨大版。見た目は可愛いがノロマで鈍臭いらしい。
二人の魔獣の話は面白く、好奇心いっぱいで会話に耳を傾け、
冷たい麦酒を二、三杯、くいっくいっと空け、皆の無事を祝う。
状態異常を無効化してしまうので酔う事はないが、冷たい麦酒は喉越しもよく、すっきりと爽快だった。




