43.寄り道でロック砦 黒鳥2
既に三人の特級王宮魔術師、ルークは闇に紛れ、ラナとロンは未知なるものへの探求だ、と嬉々として洞窟探検、ではなく調査に向かった。
ポツンと一人残され、光玉一つでトボトボと暗闇を歩く、と言っても始めだけである。自然洞窟の足元は岩でゴロゴロしているので先程から飛行に切り替えた。
風魔法では風が通り抜けずに戻ってきたので、どこかで行き止まりになっているのだろう。時折見かけるトカゲぽい何かや、コウモリぽい何か。時折困る極端に狭まった箇所。
何かを追い払いながら横向スレスレ、四つん這い、ほふく前進、よじ登りで進んでいる。
「そういえば、一応令嬢なのよね‥‥」
まあいいかと今度は緩やかに下降する。光から隔絶された無音の空間は時の感覚を失わせる。
そこで、無理をせずにお腹が空いたら菓子を摘み、疲れたら休む。それを何度か繰り返していたのは、この頭に響く高音を耳にする前までだった。
キーンと微かに響く高音。自分の耳が原因なのか、それとも他にあるのか。両手で両耳を塞いだり、外したり、もう一度試したり。どうやら耳鳴りなどではなく、どこか遠くから音がする。
音の発生源を探すにしても、洞窟の中のあっちこっちで反響しているので難しい。高音を耳にした場所から慎重に歩き、耳を頼りに一歩一歩足を進める。
上下左右、どこからかは分からないが側面から響いてくる。時々、耳を当てながら進んでいると、側面に何らかの模様を発見した。よく見えるように袖で軽く泥の汚れを払う。
「‥‥模様、ではないようね。壁画かしら?」
周辺の土を払っていると、何か構造物のような鋭い傾斜の壁が現れ、どことなく間の抜けたような動物か魔獣のようなものが描かれていた。ころりとした胴体で脚が短い。
「ふふっ、これがテリーの言っていた『ヘタかわ』ね」
他にもないかと土を払っていると、その壁の地色が黒だとわかり、かなりの大きさであることもわかってきた。磨き上げられたようなつるりとした手触りに漆黒の輝き。良質な黒大理石のようにも見える。
一度全体を見ようと後に下がると、何となく少し窪んでいるような箇所がある。これも壁画だろうか。
「‥‥‥っ!!」
力を入れてその箇所をキュッキュと袖で擦っただけなのだが、なんと壁がくるりと回転したのだ。まるで王宮の避難用回転扉のように。
とっとっ、とたたらを踏み、前にツンのめて派手に転んでしまった。
「くぅ、床もつるっとしてるのね」
むくりと起き上がるとかなり広い空間のようで光量が足りない。光玉を一つ二つと増やし、周りがじわじわと明るくなっていく。
「暗闇にいたから、目に沁みるほど眩しいわ」
眩しくて目を開けていられない。せめてもと目線を下げると、足元にくっきりとした濃い影が伸びている。
慌てて顔を上げると、そこには幻のように聳え立つ巨石建造物があった。
「‥‥‥こ、これは?」
所々倒れたり、崩れ落ちたりとしているが、高さも形もバラツキのある巨石郡が円を描くように並んでいる。
周りを見回すと黒大理石でできた四角い箱の中に巨石郡。まさに、なんじゃこりゃである。
あれこれ考え始めると止まらなくなりそうで、思考を払い除けるように頭を振ってから調査の再開だ。かなりの時がかかったが黒大理石には新たな発見も壁画もなし。
次は寂然とした巨石群だ。外側から一つ一つ見て回る。
「うーん、壁画もなし、危険もなし‥‥ただの古い巨石のようね」
そして倒れている巨石を避けて次は内側だ。
———キ———ン、———キ———ン、———キ———ン
巨石郡の内側に足を踏み入れると耳鳴り程度だった音が、耐え難い高音となって耳を襲う。
「‥‥‥っ!!」
それと時を同じくして本能的に恐怖を覚えて慄え上がる程の重圧、遅れて眩い光の玉が神速で胸を貫いた。
薄れゆく意識の中で、走馬灯のように三回目の人生を振り返っていた。道なき道を進む大冒険、自然と微笑が溢れる。
◇◇◇
———ガラガラガラ、ドド、ドドンッ!!
天地が逆さになるような凄まじい轟が続き、地を揺さぶり、大気が振動する。
「‥‥えっ? なっ? ええっ?!」
状況が全く分からない。
ぽやぽやした光に包まれて浮いているし、落石と思われる物が降り注いでいるし、何かが崩壊しそうだ。とにかくここから脱出しなくてはならない事は理解できた。
「『転移』!」
陽が照りつけ、何もかもが眩しい。懐かしい森の匂いが心地よく、そよそよと風が頬を撫でていく。
————ドタドタドタ、ガタン、バンッ!!
「リリアナっ?!!」
ごく最近、同じことがあったような? まだ目が慣れてないようで、白くぼやけて見える。
「な、何これ、一体全体どうしたの?!」
抱えるよ、と聞いたような気がして、意識がスーッと落ちた。
目を覚ましたのは夜になってからだ。静かな家の中でお茶を淹れる音だけがする。コポコポとポットから注がれたお茶は甘い花の香りだ。
「はい、お茶。いつまでも、そんな狐につままれた顔しない」
イリシオンには幻なの? と尋ねて本気でドン引きされてしまった。時間遡行も含めて全てが夢だった気もするし、すっかり思考が停止状態である。
「ちょっと、これ見て」
イリオンが悪戯っ子の顔で全身が映る水の姿見を出したので、立ち上がって覗いてみる。
「‥‥あらっ? 髪が伸びてる?!」
「えーとね、それだけじゃないよ。顔つきも大人びてるし、背丈も伸びたと思う」
まじまじと姿見を見ると年齢に二歳を足した、十八歳ぐらいの自分に驚く。青の瞳の面影はあるが多色の輝きの瞳になってしまった。遠目に見ると青の瞳に金色が輝き、とにかく摩訶不思議な瞳である。
「まあ、老けたとも言えるよね」
イリシオンの最後のダメ出パンチが直撃して、よろけてしまった。
「ほら、リリアナ。まずは座って」
「‥‥痛たたた」
髪を巻き込んで座ってしまったので、一度立ち上がって髪を纏めてから座り直す。髪も腰ほどの長さが、腰下になってしまっていた。
呆然とイリシオンに勧められるがままに花の香りのお茶に口をつけた。
「ぶふぅっ——-! すっ、酸っぱっ!」
まるで、頭に雷が落ちたような酸っぱさである。ぼーっとしていた頭が一気に冴え渡る。
「イ、イ、イリシオンが淹れたの?!」
最近、お茶は精霊魔法で淹れてくれていたので、すっかり油断していた。この痺れる酸っぱさはイリシオンのお茶に違いない。
お陰でまだ三回目の人生中であることがはっきり、くっきりした。
「そんなに酸っぱいかな? ぐふぅ!」
二人とも口元を押さえて暫し悶絶してしまうほどの酸っぱさ。まるで気付け薬のようなお茶である。
「ごふっ、ごほっ。そう、洞窟が崩落して‥‥まずは、無事だとラナに連絡しないと」
黒ひよこのピヨちゃんに洞窟から出て元気でいる事を伝えてもらう。
湯気が立ち上る花の香りの酸っぱいお茶に、たっぷりと蜂蜜を入れてかき混ぜる。そして、甘く爽やかな味わいのお茶を啜りつつ夜更けまで尽きぬ洞窟冒険譚をしたのだった。
翌朝、ピヨちゃんがラナからの手紙をくちばしに咥えて現れた。
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リリちゃんへ
リリちゃんなら大丈夫だとは思っていても心配してたんだからね。大捕物の話とか、すっとこどっこいのポールとロンがやらかした話(あの崩壊は二人が犯人よ!)は、また今度ね。
追伸
ルークが闇の魔獣を洞窟から連れて来たわよ!
なんでも隷属させたとかで、変な顔の魔獣を背中に貼り付けて歩いているから爆笑ものよ。ぶっ、今思い出しただけでも、あははっ!
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あのクールなルークの背に変な魔獣を想像しただけでもギャップが可笑しくて噴き出してしまう。しかも、どう貼り付いているのか気になるところである。




