39.寄り道でロック砦 白銀3
すっかり、ずぶ濡れになってしまった。纏わり付いて邪魔な服をぽいっと脱ぎ捨て、下着だけでゆったりぷかぷか身を任せて浮かんでいると、全身の疲労や緊張が抜けるような感覚が心地よい。
————チャポン
時折雫が上から落ちてきて、きらきらと光っては水面に消える。静かで落ち着いた雰囲気に包まれ、心まで安らぐようだ。
子犬も十分ぷかぷかを堪能した後に犬かきで進み、止まっては「ついて来い、ぼけっ!」の表情である。
「はいはい、またですか。行きますよー」
癒されてスッキリ爽快。しかも汚れも落ちて身綺麗になったと思う。湖から出ると、子犬がいつの間にか咥えていた何かを目の前に転がり落とした。
拾い上げると片手に収まる大きさの水晶球のようで、湖と同じ色の気泡がキラキラと輝いている。
子犬が顎をくいっとして「預かって置け」の表情をする。
「ふふ、眉毛があるからかしら? 表情豊ね」
「がっ、がうぅ!」
それを空間収納に収めてから、ついでに予備の冒険者服を取り出して、濡れたぼろぼろの服を収納する。仕上げに魔法を使って体を乾かし、服を着込んで準備完了である。
子犬も乾かすともふもふの毛並みになった。抜群の触り心地に癒されていると、はたと気がついた。
体が軽い。しかも魔力が漲り、一風呂浴びたように体がぽかぽかだ。
「‥‥‥何にせよ、取り敢えずひと休憩しましょうか」
「がっ、がうぅ!」
焼き菓子と結晶石を空間収納から取り出し、焼き菓子を食べながら冷えた湖の天然水を頂く。子犬にはもちろん結晶石だ。
「気のせいかしら? あなた、大きくなってない?」
洗い立てのもふもふだからかとも思ったが確かに大きくなっている。小さな子犬が中型犬に。焼き菓子を摘んでいる間に大型犬の大きさにとなったのである。
つぶらな瞳で首を傾げてる仕草を見ると可愛くて何でも良くなってしまう。
「ふふっ、テリーが言っていた『可愛いは正義』の意味が分かったわ。でも、これ以上大きくなったら一緒にいるのが難しくなるの。出来ればそのままの大きさでいてね」
「がっ、がうぅ!」
「ふふっ、食べ終わったら、転移して外に出るけどいい?」
浮遊と飛行で休み休み戻る予定でいたが、魔力も回復して転移ができそうだ。大型犬を抱き抱えての飛行にならなくて何よりである。もし飛行なら多分どこかで詰まっていたと思う。
食べ終わって、どこらしょっと立ち上がり、犬に寄り添う。
「『転移』」
イリシオンの家の前へと転移した。
目の前が真っ白、射るような眩しさが目に染みる。お日様でほこほこの土や草、木々の匂い。風がやさしく通り過ぎていく。
————ドタドタドタ、ガタン、バンッ!!
「リリアナっ?!」
陽の光に目を眇めると金色が眩しく散らばる。相変わらず、綺麗な金髪に美しい顔立ちだ。それにしても、音を立てて家から飛び出すような慌てふためく様は初めて目にする。
「どうしたの、イリシオン?」
「どうしたのって、えっ?!」
イリシオンはそれだけ言うと犬を凝視して、凍ったように動かない。
「ふふふっ、可愛いでしょう。洞窟にいたのよ」
「‥‥ん、そう、そうなんだ。お茶を、用意するよ‥‥」
「ありがとう。さあ、ワンちゃんは足を拭きましょうね」
窓越しに差し込んでくる午後の日差しを受け、犬は部屋の片隅で丸くなって、くうくうと寝入っている。
そしていつもの席で焼き菓子を摘みながら洞窟冒険譚を話す。
イリシオンは、いつもよりちょっぴり言葉少なく神妙な顔つきで相槌を打った。
「うん。リリアナがワンちゃんと呼んでいるのは狼とだけ、言っておこうかな。やれやれ、信じられないよー、本当に。これが度肝を抜かれるって事だね」
「まあ、眉毛があるからただの犬とは思っていなかったわよ。鳴き声も『ワンワン』ではなく、『ガウガウ』だしね」
「ちょっ、眉毛よりも根源的な力で判断しようよー。リリアナが転移してきた時に感じた凝縮された圧にひっくり返りそうになったんだからね」
「もう、大袈裟ね。ふふっ、初めてあたふたしているイリシオンを見たわ」
「多分、似たような波動同士、少し共振してるのかな。はぁ、リリアナは物事に対して柔軟性があると言うか、包容力があると言うか、器がでかいと言うか」
「色々と考え過ぎよ。テリーがスルー力が大事だと常日頃から口にしているわよ」
そう、世の中は不思議でいっぱいなのである。うんうんと頷いているとイリシオンが声を上げた。
「えー、それってリリアナが何かやらかした時だよ、きっと」
「‥‥‥‥」
違うとは即答できなかったことが何気にショックである。ともかく、テリーとクリスが心配しているかもしれないので、雑談を早めに切り上げることにした。
空間収納から取り出した本と籠いっぱいのパンや薬草を手渡す。
「はい、テリーから預かっていた市井の流行本『ノリノリ魔術少年 学園編』全七巻、それとパンとか、いろいろね。クリスからは魔の森で採取した薬草よ」
「うわぁ、ノリ魔、楽しみにしてたんだよ!」
本当に楽しみにしてたと言うような明るい笑顔で嬉しそうだ。
部屋の片隅で丸くなっている大型犬に見える狼に、一緒に行くかと声をかけると、立ち上がって眠たそうな顔で首肯を一つする。窓からの光陽に縁取られて毛並みが眩いほど銀色に輝いた。
「まあ、よく見ると瞳の色も銀色なのね。名無しさんだと呼びづらいから、白銀と呼んでいいかしら? 銀色、雪を意味する言葉よ」
「がっ、がうぅ!」
「よろしくね。白銀」
イリシオンに視線を移すと、あちゃーという顔で天井を仰ぎ見ている。今日のイリシオンはとても変である。




