37.寄り道でロック砦 白銀1
真夜中の魔の森、深奥から波動の欠片を微かに感じとり、地を割ったような崖とその下に広がる深い谷を発見した。
そうして、深い谷の奥底、この襲いかかるかのように大きく口を開ける漆黒の縦穴洞窟の前で立ちすくむ。
「‥‥‥っ」
ここから、あの波動を感じるのである。密かに市井の流行本『地底人』が頭をよぎるが、頭を振って考え直す。
「ここまで来たのだから、尻尾を巻いて逃げられないわ」
もう少しばかり踏ん張ることにする。改めて眼下の縦穴洞窟を覗き込むと圧倒的な暗闇で本能的な恐怖を感じとる。しかも、『探索』でかなり深いことはが分かった。
「くっ、うおりゃーーっ!!」
『ガクブル』から『ヤケクソ』に変わった瞬間である。
『浮遊』を解きながらゆっくりと降りていく。かなりの時間が経ったような気がするし、そうでないような気もする。ここにはただ深い闇が広がっていた。
まだまだ洞窟は下方へと伸びている。
「ほ、ほいほいほい! どこぉーまで、続いてるぅー?」
狭い部分もあり、体を擦るようにギリギリ通り抜けたりもしながら、鼓舞するために自作の曲を歌うことにした。音痴だが恥も外聞も知ったこっちゃない。
声の反響が闇に吸収されるような感じに思わず泣きべそになる。めげずに歌い続けていると、声が段々と反響してくるようになってきた。
「ほいほいほい! もーしかして、ここーからぁ、出られるぅぅぅ、うっ?!」
うっ、と声が詰まったのは下方に青い光、光明が差し込んでいるからだ。青でもなんでも色彩があるのはいいものだ。実にほっとする。
そして、すっかりと時間の感覚をなくした頃に、ぽこんっと地下空間に飛び出した。
そこは途方もない巨大地下空間が広がっていた。こんなところにと瞬きすら忘れてしまう。
自然結晶洞窟とでも呼ぶのだろうか。薄水色の宝石のように煌めく巨大な結晶柱が天井や床、そして側面から四方八方無秩序にあらゆる方向から突き出ている。
両手でも抱えられない巨大なものから枝のように細いものまで、天井と床を繋ぐように垂直だったり、傾斜があったり、しかも傾斜の度合いも様々だ。
あまりにも美しく神秘的な光景に思わず息を呑んだ。
「‥‥それにしても広大ね。王宮が丸々二つは入りそう。高さは三階建ての建物が三つ程だから‥‥十階ほど?」
『探索』で危険がないのを確認してから、浮遊を解いて静かに降り立つ。息が詰まりそうな圧迫された洞窟からの開放感は堪らない。
小躍りして喜びたいところだが、今まで張り詰めていた緊張感も雪のように解けてしまい、どっしりした疲労感に押し潰されそうだ。そこで英気を養うために少し休憩することにした。
空間収納からテリー特製花柄シートを広げて、へなへなと座り込むのと同時にお腹がぐぅーと情けない音を発した。
今まで気を張っていて気づかなかったが、ひどくお腹が空いていたようだ。空間収納から夜食になりそうなものを幾つか取り出した。
素朴な味わいと食感の丸パンにしっかり塩が効いている干し肉、新鮮なシャキシャキ野菜とチーズを挟んだサンドをがぶりっと食べる。
夜食の締めは魔法瓶からの熱々紅茶。お気に入りのティーカップソーサーへゆっくりと注ぐ。
「ふふっ、青に輝く結晶を眺めながらの紅茶、これが乙な味なのかしら?」
熱々紅茶を一口づつ味わいながら、これからを考える。
「波動の欠片を微かに感じるから、この地下空間を調べて、それから決めましょうかあぁぁあっ?!!」
刹那で出現した巨大な黒霧の塊に激しく体当たりで飛ばされ、しかも上から押し潰されたのだ。何が何だか分からないまま、ずっしりとした重量感が体にのしかかる。
「ぐふぅぅぅーーっ?!!」
理解不能のまま、犬が獲物を咥えて立ち上がるように、かなりの高さまで体が持ち上がった。そしてぶんっと勢いよく横に放り投げられたのだ。
「ぶぶぅぅぅーーっ?!!」
最後にトドメとばかりに二度ほど蹴り飛ばされて散々である。
念の為の防御陣付与の指輪と三つの腕輪、それと祝福の外套で何とか助かった。先程の最後の一撃で腕輪は全て粉々に砕けてしまった。
「ちょ、ちょーー!!『三重結界』、『光檻』、『光檻』、『光檻』」
動揺しながらも、重ね掛けの三重結界で身を守る。よく分からん巨大黒霧に向かって何度も光檻を飛ばすが、巨大黒霧が刹那で動き、捕らえる事ができない。
そして、またもや巨大黒霧に咥えられ、激しくぺっ、と吐き出されるように上から下へと叩き落とされて蹴り飛ばされる。粉々のお気にりティーカップソーサーも目にし、もう怒り心頭である。
「こ、このっーー!!『光球』、『光弾』、『光刃』 」
怒りに突き動かされて、数撃ちゃ当たる作戦で攻撃光魔法の連発である。
黒霧が削り取られるかのように徐々に小さくなるので、どうやら光魔法の効果はあるようだ。また捕らえられたりもしたが、段々と黒霧の力が弱くなってきた。そして最後の一発。
「『光陣』!!」
地下空間が眩い光に包まれ、黒霧が完全に消滅した。
一体全体なんだったのか、さっぱり分からないうちに全てが片付き、残ったのは大量の結晶の残骸だけである。
「は、反省点、は‥‥初めから『光陣』?」
ふーっと体中の力が抜け、安心感で息をつく。
「‥‥疲れた。正体不明に‥‥正に振り回されたわ」
限界を超えてしまったのか瞼が重い。くらっとして、そして気を失った。




