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死に戻りの公爵令嬢は、三度目の人生もひた走る!  作者: とり
第二章 新天地

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36.寄り道でロック砦3

矢のように日々が過ぎ去り、既に一月もロック砦に滞在している。ロック砦の生活は実に快適だ。必要な物は揃っているし、人々は明るく生き生きしている。


その理由の一つにウィルソン辺境伯の統治の手腕がある。魔の森と国境最前線で舵取りが難しい中、軍が駐在して砦の防衛と安全維持に力を注ぐ。


更に負傷で引退を余儀なくされたり、命を落とした兵士や冒険者、それとその家族達が積極的に雇用されているのだ。その他にも救済策を巡らせて、安全と安心を提供している。


その恩の報いようと住民が自主的に町を掃除したり、治安を守ったり。商人達も含めて自然と人、物、金が集まる好循環で栄えている。



ここでの暮らしを謳歌していて、今では他の冒険者パーティと同じように、冒険者ギルド近くの宿を月単位で借りている。


借りているは三階部分。例によって間口が狭く奥行きの深い造りで、縦長の渡り廊下が奥まで通っている。手前に居間、そして三つの部屋が奥に向かって一列に並ぶ造りだ。


何はともあれ、イリシオンの家への転移も人目を憚る必要がなくなって楽になった。


朝食は決まって屋台通りで摂る。今朝も通りを歩くと食欲をそそる匂いが辺り一面に漂っている。


「お嬢さまっ、あのパンぷぷぅ、どうやっ、ぷっ」


噴き出してしまったテリーの目線の先には美味しそうな丸パンがあり、魔物に蹴りを入れている冒険者と『どうやっ!』の文字が焼印されている。


のぼりには『名物どうやっ!』、近くの屋台には『名物こいやっ!』もある。


まずは『どうやっ!』。栄養たっぷりの雑穀が入った素朴なパンで、噛めば噛むほど雑穀の深い味わいが口に広がる。


「懐かしい味で美味しいです」

クリスも気に入ったようで何よりだ。


隣には魔獣肉を特製タレに漬けて焼いた『パワー足りとる? パワーバンボン!』。その横には『薬草茶』とあっさりした屋台名だったり、ごちゃ混ぜで活気に溢れている通りは歩くだけでも楽しくなる。



「お嬢さま、またあのごっついおじさんがいますよっ。しかも友達付きですっ」


例のウサギネズミ討伐で一緒になったごっついおじさんである。友達と屋台の小さな椅子に窮屈そうにちんまりと腰掛けて、パワーバンボンを食べている。


「最近よく見かけるわね」


「体幹もそうですが、身のこなしの一つを見ても、かなり腕の立つ軍人かと」


「ぷふふぅ、冒険者服着てますけど、下は軍服のままで詰めが甘いですっ」


「まあ、なんだか面倒ごとになりそうだから、見なかったことにしましょう」


「「了解です(っ)」」



屋台での朝食の後は、柔軟や剣の鍛錬。そして午後からは薬草を調合をしている。


負傷直後の回復薬はあるが後遺症の回復薬はない。そこで、日々の生活に支障がある兵士や冒険者達の為に、痛みを緩和する後遺症回復薬の調合に試行錯誤している。


北連合国の北のから学んだ知識はあるが、それを使うと完全治癒薬が出来上がってしまう。そう、過ぎたるは及ばざる如しである。ほどよい調整の調合にもうひと工夫を目指している。


調合している間、テリーは縫い物や市井の流行本を読んで過ごし、クリスは冒険者ギルドで依頼を受ける日もあれば、体の鍛錬に励む日もある。


そんな穏やかな日々を過ごしている。




◇◇◇




「よし、準備完了。決行ね」


誰もいない部屋で声を上げた。テリーとクリスはそれぞれの部屋で休んでいる。


このロック砦に来てから、夢かうつつか、眠りに落ちるほんの一瞬に何かに反応して心が揺れる、弱い波動のようなものを感じる事が何度もあった。


テリーやクリスは特に感じないと言う。しかし、例えるなら水面に落ちた一粒の水滴が波紋となってゆっくりと広がるように感じる。寝ぼけているのかとも思ったが、こう何度もあるとその一粒が気になってくる。


あまりにも小さく、あまりにも一瞬で、探知に手間取って一月が過ぎてしまった。日中は人も魔獣も活動するので全く感じない。夜のふとした一瞬に集中する。


そしてつい二日前に方角が分かったのである。ここから北西、魔の森からだ。行くべきか行かざるべきか、迷ったが直感に従い行くことに決めた。


昨日はその準備として、せっせと手持ちの指輪に光魔術陣の『浄化』を付与していた。もしもこの世ならざるモノの場合‥‥速やかに退散して頂く予定である。


そう、万全の準備で今夜の決行だ。


魔法でサッと行って戻ってくる予定である。これまではそのまま伝えて、魔術が使えないテリーとクリスが、護衛として同行することも出来ないと萎れた青菜のようになってしまっていた。


いるだけで十二分で心強いと伝えても、肩を落とすばかりだったのである。今回は転移でイリシオンの家に行くとだけ伝えてある。


今までに何度もイリシオンの家に行き来し、時には二、三日後に戻ったりとしているので、疑問にも思われなかった。


「サクッと行って、戻りましょうか」


颯爽と色々と付与されている祝福の外套を羽織り、浮遊で静かに窓から外に出て、静かに窓を閉める。


「よし、飛行で一気に魔の森へ」



「とおーっ!」と元気よく飛行していたのはついさっきまでである。

夜の魔の森を舐めていたようだ。凝縮された恐ろしさに泣きそうである。


眼下には底知れぬ黒暗が広がっていて、黒絵の具を何百回も塗り重ねて、これ以上には望めない真の漆黒。


魔の森の圧倒的な存在感に髪が逆立つほどの戦慄を覚える。口をきゅっと結び、早く帰りたいのを我慢して、あの波動の探索に集中する。


目を閉じて、北西を意識しながら感覚を研ぎ澄ませる。森の中へ、奥へ。そしてそのさらに奥へ。まるで森で麦粒を探すような労力だ。


「‥‥困ったわ。魔獣達の蠢く音と数の多さで探索が難しいわね」


障害物はたくさんあるし、広大な森なので楽ではない。山地と呼ぶには低く、平地としてはでこぼこ。


その四方まで丁寧に探索を拡げるいると、額から汗がしたたり落ちた。

そして、永遠に続くような時の後に手応えがあった。


「‥‥ん?!」


上着の袖で汗を軽く拭いながら、安堵からため息がこぼれる。


直ぐに飛行で向かうと、かなり遠く離れたところに松明の火が並んで見える。位置的に北の国境と西の魔の森に睨みを利かせている辺境伯領ガブリストーン砦のようだ。


「そうすると、この辺はマルネス帝国との隣接地帯というわけね」


隠蔽の付与された外套を着ているが、念のために外套のフードを深く被る。


それにしても、こんもりとした密林である。着地できる場所もないので力技で行く事にした。両腕で体を抱き締めるようにしてから浮遊を解く。


すとんっと足から急速落下、真下の枝と枝が絡み合う深い森へ。防御のおかげで痛くはないが、派手なバキバキ、ボキボキと枝が折れる音が森に響いて、隠蔽の効果が薄いような?


———ドドド、ドンッ!!


そのままの派手な音とともに着地した。落下の衝撃で地面が少しばかり抉れてしまったが、どんまいである。


「これが冒険者語の『バレバレ』なのかしら?」


それにしても吸い込まれそうな漆黒で一歩先もよく見えない。可視強化では力不足のようだ。


「『暗視強化』」


四方から感じる蠢く魔獣の獰猛な息遣い。まるで地獄の化身のようにヒタヒタと忍び寄る。


「『去ね』」


淡々とすべき事をし、周囲を一望する。残ったのは全てを消し去ったような無音に暗黒。魔獣がいないと、もっと怖かったのである。


「す、すごく怖いわ。確かこれが『ガクブル』ね‥‥」


更に探索を重ね掛けると、深奥から波動の欠片を微かに感じる。

辿ると地を割ったような崖とその下に広がる深い谷を発見した。


「ガ、ガクブルゥーー!!」


「ガクブル」が静かに反響して深い谷に落ちていた。

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