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死に戻りの公爵令嬢は、三度目の人生もひた走る!  作者: とり
第二章 新天地

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32.いざ、辺境伯領へ 魔馬と森人2

「私はリリアナよ」


「僕は森人のイリシオン。改めて聞くけど、君は何者なの? それは?」


柔らかい笑顔で耳を指し示した。どうやら北連合国の森人、北のから贈られた耳飾りのことのようだ。


「これは北連合国で大切な人から頂いたものよ」

「うーん、ここだけの話をしたいから音を遮るよ。よしっと」


イリシオンは腑に落ちないという様子で首を傾げた後に、断りを入れてから遮音した。一切の音から隔離されて、音も無くサラサラと若葉色の小麦が揺れている。


「リリアナ、その耳飾り、大樹と呼ばれる神樹と同じ力が宿っているし、額に光り輝く紋章が浮き出ている。だから君は何者なのかなって」


イリシオンは困ったように微笑み、眼鏡をくいっと上げた。


「‥‥‥っ?!」


額の光る紋章とやらに驚いて、弾かれたようにおでこを袖でゴシゴシと擦る。紋章どころか、そもそも、光っているおでこなんて嫌である。


「ぐふぅ、それが見えるのは森人の中でも古代種の血筋だけだと思うよ」


イリシオンは笑いそうになるのを堪えているのか声が少し震えている。


思い当たるのは北ののおでこチューで、思い出すだけでも顔がカァーと熱くなるし、恥ずかしくて口にできない。


「あれ、顔が真っ赤だけど、どうしたの?」


「えっ、きゅ、急に熱くなっちゃって。それより、このノーエル王国で森人を見かけるのは初めてよ。あなたは旅人なのかしら?」


「うん、東大陸からの旅人だよ。旅する前は小さな村が世界の全てだったけど、旅に出てから世界が広がっていく。広い世界は鮮やかで、もう少しだけ旅人を続けるつもりだよ」


そう微笑むイリシオンは澄んだ緑の瞳をしている。


海で隔たれている東大陸については森人の北のから伝え聞いている。まるで神話や物語のように森人や妖精、神獣の子孫とも言われる獣人族が暮らしている大陸だ。


北連合国の森人は神々しく別格だが、イリシオンも似たような澄んだ波動と存在感がある。信頼できると判断して、御伽噺とも思えるような北連合国で出会った森人、北のとアノーリオンの話を少しだけした。


「ア、アノ、アノ、アノーリオン?! 英雄アノーリオン?!」


前のめりでずいっと森人特有の美しい顔を寄せ、キラキラと目を輝かす。なんでも森人に古くから伝わる伝説の英雄らしい。それと北のは現人神とも崇められる森羅万象の深淵を知る四人の守護者の一人だと言う。


「そ、そんな方々から‥‥‥人の君が加護を与えられるなんて‥‥‥」


そこまで話すとイリシオンは彫像のように固まってしまった。しかし、加護とは何だろうか。


「よし、決めたっ。うん、君と共にしばらく居ようと思う。その額の紋章にも、君にも凄く興味あるし。ひょっとしたら、英雄アノーリオンに会う機会もあるかも知れないよね」


ね、良いよね、と子犬のように瞳をキラキラさせて見つめられていると、パタパタ振られているしっぽまで見えてくるようだ。


「え、あの、えっ?」

全く予想もしていなかった展開に言葉が詰まってしまった。


取り敢えず、イリシオンの気が変わるかもと、これからの予定も含めてかいつまんで話すことにした。


アノーリオン達に会えるかは全く分からないこと。ウィルソン辺境伯領へ向かっていて、王宮魔術師団長の依頼で魔の森の薬草調査をする予定であること。


事情があって先触れもなしに行くので、言わば呼ばれぬ客で歓迎されないこと。付け加えで、ウィルソン辺境伯領主は婚約者で一年後に婚姻予定であることなど、話せることだけを端折って伝えた。


「うん、分かった」

「えっ? そんな簡単に決めていいの?」


「うん、ある意味、この何十年は一人旅をしていたから、そんな旅を経験してもいいかなって。それに一箇所に留まり続けるのはあまり得意じゃないから、時が来たらまた旅立つし、気にしなくていいよ」


そんな旅を経験してもいいかなって、そんな理由でいいのだろうか。心配である。


「そ、それなら、わかったわ。気が変わったらいつでも言ってね」


そうこうして、しばらく共に過ごす事になったイリシオンをテリーとクリスに紹介しながら食事を摂る。


「んんっ?! これ、もちもち、すごっく美味しいですっ!」


「でしょ。薬草と小麦粉を混ぜて練ったものに蜜を餡にして焼いたものだよ。リリアナとクリスも食べてみてよ」


イリシオンがご馳走してくれた保存食は爽やかな風味で優しくもっちりとした口あたり。どこか懐かしさも感じる味だ。


「それで、さっきリリアナが話してた魔の森だけど、近くに僕が住んでた家があるんだよね」


「まあ、そうなの?!」


「確かロンなんたら砦とブラックストーン村の間にあるよ」


地図を広げて確認すると、街道をこのまま西へ進むとウィルソン辺境伯領の領都城塞都市ウィスター。さらに街道沿いに西へ、中部城塞都市ブラックストーン、そして魔の森最前線であるロック砦がある。


「へえー、村が大きくなったんだね」

その他にも所々で話が噛み合わないので尋ねてみた。


「イリシオン、いつの話なのかしら?」

「うーん、ほんの二百年前ぐらいかな」


「「「‥‥‥っ!」」」


二十歳前後に見える人懐っこい森人はお爺ちゃんだったのである。


驚きで僅かに間があいたが、面白そうなので一度その家を見てみたいとの話で盛り上がり、領都をふっ飛ばしてイリシオンのお宅訪問の話になってしまった。


「いいよ。放ったらかしだったから、どうなっているかは気になっていたんだよね」


「それは楽しみですっ!」


テリーとクリスとで頭を突き合わせて、計画の練り直しをする。最終的に入領証明が必要なので、予定通り夕刻にウィルソン辺境伯領の関門を通って入領。


夜に紛れて転移でお宅訪問の運びとなった。夕刻までイリシオンは大木の上に戻って昼寝、他は天幕で休む。




◇◇◇




「おーー、ーーーー」

「ん‥‥‥?」


「お嬢さま、そろそろ、お時間ですよっ」


空を見上げると既に日が傾き始めている。小鳥もピヨピヨと忙しく帰り支度をしているようだ。


「これからが大舞台ですっ。着替えますよー」

「‥‥大舞台? ええっと、これから関門を抜けて‥‥」


突然起こされたので、頭がくらくらしていたが、だんだんと目が覚めてくる。


そう、関門では気を引き締め、ディフラン公爵家を代表して振る舞う。市井でいう『看板を背負う』だ。


予め用意していた皆の衣装を空間収納から引っ張り出した。衣装を手渡しながら、改めてをテリーとクリスを見るとまるで敗残兵である。


枯れ草や葉が絡まっているぼさぼさな髪、薄汚れた冒険者服、おまけに魔馬の甘噛みであちらこちらと薄ら濡れている。


「ぶふっ、北連合国では見慣れた姿だけど、改めて見ると二人とも凄い格好よね」

「もう、お嬢さも凄いですよーっ」

「先程、手と顔は洗ったんですが‥‥」


「手と顔だけ洗ってもダメでしょ」とテリーが揶揄うようにクリスに言い、思わず三人で顔を見合わせて笑ってしまった。


『清浄』『疲労回復』、それから天幕で身支度を整える。


今日の衣装は上品な光沢と滑らかな肌触りの最高級青絹。それを惜しみなく使い、腰から裾に向かって上品に広がる意匠だ。仕上げに黒色に変えた祝福の外套に帽子と手袋。


「乗馬ブーツが残念な感じですが、それ以外は優美でいて、かつ高貴な印象を与える‥‥完璧ですっ、はい!」


「まあ、ありがとう。テリーとクリスも公爵家の騎士儀礼服が決まっているわね」



「ねえねえ、僕はどうかな?」

「イリシオンさまもいい感じですよっ」


始めは不審者扱いだったが、テリーもイリシオンの人たらし笑顔に気を許したようだ。元々、知的で人の良さそうな風貌の持ち主でもある。おまけに三百五十二歳の古代種血筋の高位の森人なのだ。


テリーの一言『おじいちゃんには敬意を払わなくては、ですっ』に、イリシオンは衝撃を受けていた。


「ええ、とても格好いいわ」


そのイリシオンは魔術師服と文官服と軍服を足して割ったような黒緑色の異国風の礼服だが、とても似合っている。長い耳には認識阻害だ。


「昔、仕立てた服なんだけど、たまに着る分には悪くないね」

褒められて頬を染めて耳をピコピコ動かしている。


さあっ、出立だと魔馬に乗り、クリスが声を上げた。


「イリシオン様はどうなさいますか」

「これは誰かが二人乗りですかねっ」


テリーと一緒にクリスに目線を移すとクリスはなんともしょっぱい顔をする。

かと言って、女性陣と二人乗りはいただけない。


「ん? 僕、立ってるから気にしないで」

ひょいとクリスの魔馬の背に乗り、立ち乗りである。しかも得意げな顔で腕まで組んでいる。


「「「‥‥‥」」」


非常に、とてつもなく違和感があるし、クリスの魔馬、レオも気に食わなそうに鼻の穴を膨らませている。


イリシオンによると風魔法でバランスを取りながら、しかも最適な浮遊で重さも抑えているらしい。自慢げに立ち乗りのイリシオンを説得して、関門までは魔馬の手綱を引いてもらう事にした。


「いいよ。変な横乗りしてて危ないしね」

「ふふっ、貴婦人乗りね。イリシオンに馬を引いて貰えるなんて光栄だわ」



二度繰り返した人生とは違い、新しい真っ白な白紙の世界が目の前に広がっている。可能性が一杯の未知の世界へ向かって歩み出した。

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