30.いってきます
武者修行から戻り、あっという間に半月が経った。
ロズウェルが予め父オーランドに話を通してくれていたので、『薬草調査』でウィルソン辺境伯領地へ向かう事と『テリーとクリスだけで乗馬での出立』も眉間に皺を通り越して溝を寄せていたが、了承を得ている。
薬草調査はともかく、乗馬での出立には北連合国で馬術訓練を積んだ事。公爵家の動向を探っている諜者の目眩しと機動性が身の安全につながる事。最後に防御付与の装飾品。もう一つおまけで王宮の影も付ける、でやっと説得できたそうだ。
それにテリーとクリスの実力も説得材料となった。武者修行で鍛錬を積み重ね、いつの間にか剣の腕前は公爵家の若手騎士団員も負かす程になっている。
騎士団長の判断は及第点だが、これからも礼儀作法と武術の修練を積む事を条件として、辺境伯領への出立に合わせた騎士叙任式が行われることになった。
権威付けで公爵家騎士の形を取っているが私の専属護衛騎士である。父オーランドと公爵家騎士団長らの立ち会いのもと、跪くテリーとクリスの両肩を剣で軽く叩く。
この刀礼は騎士として受ける最後の打撃で、これより先は不名誉な打撃を受けてはならない。二人に忠誠を誓われ、公爵家騎士服に剣と武具一式を授与する。
朝日に照らされて光る二人は誇り高く胸を張る。
そして、新米主君としては身が引き締まる思いなのである。
なんやかんやで、下準備完了である。就寝前にノーエル王国の地図を引っ張り出して、辺境伯領地までの道のりを再確認する。
赤色でバツを書き込んだ二箇所が襲撃されて命を落とした場所である。
「うっ、胸の動悸が激しいわ」
ふっーと深呼吸してから改めて地図と向き合う。ウィルソン辺境伯領地はノーエル王国の西の端、防衛の要だ。
少し歪んだ長方形で上から北部、中部、南部と三地域に分かれている。北部がマルネス帝国と国境を介し、南部はレルエル国とだ。
「そして西側一帯が広大な魔の森。魔獣の被害が年中報告されている魔の森とはどんな森なのかしら?」
◇◇◇
「では、第二十一回、定例会を行います。お嬢様、どうぞ」
翌朝、窓越しに差し込む初夏の日射しの中で、シャッキと背筋を伸ばしたクリスの声が静かに響く。
月に一度、定期的に行われている三人会議。臨時も合わせて回数を覚えている辺り、さすがは真面目で几帳面なクリスである。
「それぞれが心身と鍛錬を積み重ねた武者修行も無事に終わったわね。お疲れ様」
「はいっ、武者修行、楽しかったですっ!」
クリスもテリーの横で頷いている。二人の横顔を見るとたった一年弱でそれぞれが成長したと思う。
ただ兵役から戻ってきたような鋭い眼差しと引き締まった面構えは護衛騎士というよりは兵士のような?
「これからの予定は前回話した通り、ウィルソン辺境伯領での薬草調査よ。調査期間は一年。一年間を乗り切ることに全力を尽くしましょう」
「はいっ、あの、やはり風当たりは強そうですかっ?」
テリーが心配しているのは周囲が総て敵となり、孤立無援の状態だろうか。
王都と辺境は一般的にいがみ合っている。王都では辺境の者を野蛮や粗雑者と言い、辺境では王都の者を傲慢で鼻持ちならない奴らとしている。
付け加えて、二百五十年前まではウィルソン辺境伯領はウィルソン王国だったこともあって、辺境伯領ではノーエル王国と王族に批判的な目もあるのだ。
「その傾向はあるわね。四面楚歌の心意気で挑めば大丈夫よ」
言葉には出さないが、テリーとクリスがそれぞれ、『やっぱりかー』、『そんな心意気って‥‥』の表情をしている。
さあ、出立は三日後である。
◇◇◇
そして、飛ぶように三日が過ぎ、出立の日になった。
令嬢としては異例の冒険者服を着込み、乗馬での出立だ。しかも、護衛はテリーとクリスの二人だけである。
家の体面もあるので、日暮れに裏門からの静かな出立となる。
「‥‥気を付けて行きなさい」
屋敷の裏玄関で眉が下がった父オーランドと心配そうな表情の兄ローレンが見送りで待ってくれていた。二人とは昨夜の夕餉に心置きなく楽しいひと時を過ごしている。
食べて、笑って、少し泣いて、宝石箱に仕舞い込みたいほど大切なひと時だった。
昨夜を思い出すだけで自然と笑顔になる。
挨拶を交わしていると何やら騒がしい声が上がった。
「あ、あれは‥‥一体?」と従者達が驚いたように指し示す方向に目をやると、遠くで砂埃が舞い上がって、凄い勢いで馬が駆けてくるようにも見える。
「「「‥‥‥っ?!」」」
———見覚えがある獰猛な面構え、次兄ブライアンである。
近衛騎士の寄宿舎から抜け出して、見送りに来てくれたようだ。思いがけないブライアンの登場で、少ししんみりとしていた雰囲気が綺麗さっぱりとふっとんでしまった。
馬からひらりと降りて、照れくさそうに持っていたものを差し出してくる。
「ほら、これやる」
見ると精巧な黄金イボガエルの首飾りである。
(うっ、こ、これは本物そっくり‥‥‥)
ブライアンが小声でぽつりという。
「何だ、その、いつでも帰ってこれるように、カエルだ」
一回目と二回目の人生の見送りにはブライアンはいなかった。今回は仲良くなれたのかと嬉しく思う。
胸がじいんと暖かく、涙が溢れそうである。お礼を伝えるとブライアンは照れくさそうに肩をすくめた。
最後に三人に挨拶をして馬に騎乗する。三度目の見送りだが、こればかりは慣れない。
———行って参ります。
第一章はこれで終わりです。お読みいただきありがとうございました!
第二章には明日から取り掛かります。




