2.三回目の祝福
馬車に乗り、ひやりとする早春の風を頬に感じながら王宮へと向かった。
「リリアナ、ため息が出るほどの優雅な礼儀作法だったわよ。お兄様、いえ、先代国王陛下ね。先代国王陛下も目を細めていらしたわ」
非公式の謁見後に祖母のマリアンナは嬉しそうに微笑んだ。
「幼少よりお祖母様直伝、王女礼儀作法をそれはもうバシバシと叩き込まれたからですわ」
「まあ、言ったわね」
互いに軽口を叩きながら向かう先は王宮奥の闇黒の地下通路である。
王族のみに伝わる石造りの地下通路は千年をも超えるとも云われる歴史があり、最初は亡者でも出そうなその恐ろしさに肌が粟立って大変だった。
今は幼少時に地下通路が遊び場だったマリアンナと家族の近況などを楽しく雑談しながら、古代魔術ランプにぼんやり照らされた地下通路をスタスタと進む。
(死に戻りで亡者には親近感が芽生えたのよね。仲間意識で既に怖さなんて吹っ飛んでしまったわ)
迷路の様に続いた地下通路の最下層で、マリアンナは何の変哲もない石壁の定められた箇所を順序よく丁寧に押していく。するとガッと石壁が動き、ぽっかりとした暗闇の入り口が現れた。祈りの間である。
「さあ、行くわよ!」
若い頃は冒険者に憧れを抱き、王宮奥の地下通路を闊歩していたマリアンナが鼻息荒く足を踏み入れた。それに続くと背後でガッと石壁が閉じる音がする。
「ねえ、リリアナ。石壁が閉じて、暗闇で、しかも静寂に包まれたじゃない? 冒険者だったらどうするのかしらね。何かこう‥‥景気付けに歌でも歌うのかしら?」
「え、ええ、お祖母様。確かに歌を歌えば勇気が出るような?」
立ち話をしていると、風もないのにきらきらと金粉のような美しい輝きが舞い、そして背丈程の黄金の両扉が現れた。
暗闇の中でも煌びやかに光るその扉には古の文字とノーエル王国の旧国章、王冠の下に宝珠を咥えた一頭の国神狼が彫り込まれている。
「まあまあまあ、これが伝説の扉ね! この彫られている文字、これは古の文字で『祝福』よ!」
ここ数年、古の文字を学んでいるマリアンナは手を胸の前で組んで感激の声を上げた。
マリアンナが十五歳でここに来た時も、他の王族の時もこの扉は現れなかったという。
(うっ、喜んでいるお祖母様には申し訳ないのだけど、既に三回目なのよね‥‥今回も扉は開くのかしら?)
この国神狼の恩恵、あの(・・)祝福で生かされている。今回こそ、未来を変える事ができるのかもしれない。
複雑な気持ちではあるけれど、与えられたやり直しの機会には感謝の気持ちが浮かぶ。扉の国章に手を添えて心の中で感謝を捧げた。
「さあさ、しきたりの祈りを捧げまー‥‥」
「もう、終わりましたわ」
「え、あら? もう?」
そして、そのまま押すと、扉がゆっくりと重そうな音を立てて開き始めた。
「まあまあまあ、やっぱりね! 古書曰く、『王家に連なりし十五の者よ、輝く光の導きにより、選ばれし者に祝福を現さん』」
どうやら古書を暗記したらしいマリアンナの声が不思議と神秘的に響いた。マリアンナは頬を真っ赤に上気させて続ける。
「歴史書には二百五十年前に祝福を与えられた者がいたとだけ一行書かれていたの。これは歴史的瞬間ね! マオちゃんも連れて来ればよかったわ!」
因みにマオちゃんとは国王陛下である。
何度来てもこの凛とした神聖な雰囲気に圧倒される。少しの緊張とともに扉の先、真っ白な空間に一歩を踏み出した。
マリアンナが気になって後ろを振り返ったが、既に扉は消え去っていた。
改めて前を向くと、まず視界を捉えるのが豪華な装飾の大宝箱。複数が手前に並び、中には光り輝く金貨に黄金、宝石がぎっしりと詰まっている。何ともなしに手で触れようとしたが空を切った。
「そうそう、前に金貨の絵柄が気になって手を伸ばしたのだけど、その時も空を切るだけだったのよね。ふふっ、幻影のように手に取ることができないなんて、相変わらず『ちょっと失敬』が出来ないわ」
宝箱の横を通り過ぎると、透き通って輝く棚らしきものが奥の方まで平行に何列も並んでいる。
その棚には光石や木の枝、剣や槍、布に壺まで、さらに何やら怪しげな物までもずらりと並んでいて、何度見ても興味深く胸がわくわくする。
「さてと、今回も祝福を頂けるのかしら?」
ぎゅっと絞り込むように探していると、少し離れた隅の棚にまるで心が釘付けされた様に吸い寄せられる。何があるのかと歩みを進めると、そこには幻想的な光を帯びた一冊の本があった。
金箔押しの繊細で豪華な装飾装丁。彩鮮やかな十二の宝石が幾何学模様に嵌め込まれ、読み手を選ぶようながっしりとした金の留金具が二つ取り付けられている。
厚みもあるし、金の留金具に宝石までゴロゴロ付いているしで実に重そうだが、手に取ると羽根のように軽い。早速どんな本かと開こうとするも留金具が外れなかった。
「あら、この留金具、鍵穴もないのに外れないわ」
小首を傾げながら本を抱えると、マリアンナが目の前にいた。
「‥‥‥‥っ!!」
外に出される時機がいつも違うので、飛び上がるほどびっくりする。
「まあっ! これは驚いたわねぇ!」
そんな事よりもと待ち構えていたマリアンナが少女のように目をキラキラとさせ、「中はどんな感じ? どんな秘宝があった? 抱えているのはひょっとして、いえ、しなくても祝福?」と間断なく話し続ける。
終いには「ゆっくりとお茶を飲みながら話を聞きたいわ!」とのことで、多忙な国王陛下マオちゃんの代わりに、マリアンナ曰く、暇な先代国王陛下とともに急遽お茶会が開かれることとなった。
そこでマリアンナが発見したのは、私以外にはただの幻影で本に触れることもできない事。三度目なので知っていたが、大伯父の先代国王陛下は勢いよく試して、テーブルに手の甲をぶつけてしまった。
「あいたっ!」
「あらまあ、手は大丈夫かしら?」
「う、うむ。それより、どこかでこの本を見たことがあるんじゃがな。どこじゃったか‥‥」
腕を組んでかなり長い時間うんうん唸っていた大伯父が手のひらに拳をぽんと落とした。
「肖像画じゃ! 宝物庫にあるアレじゃよ! ほれ、確かめに行くぞっ」
大興奮の大伯父を先頭に急ぎ王宮宝物庫に向かうこととなった。
いやはや、宝物庫の中は凄かった。思わず宝石の数を数えたくなるほどの大きな宝石が散りばめられた王冠などの宝飾品や豪華装飾の美術品の数々。
その宝物庫の片隅に保管されている肖像画は王族血筋も含めるとかなりの枚数がある。その内の一枚に黒の貴族服を纏った長い白髪に髭の老齢男性の肖像画があった。
少し色落ちした赤色の張地椅子に身を預けるように足を組んで座り、両肘を肘掛けにゆったりと乗せている。
そして、床には無造作に積まれた多くの書物があり、一番上の本が祝福の本と瓜二つなのだ。
少し気難しそうにも見えるこの男性の肖像画を手袋を嵌めた王宮鑑定師が改めて隅から隅まで調べていく。画布と木枠の境に最初は汚れかと思われた極めて小さな文字が見つかった。
消えかけて判別できない文字もあるが、『——賢———-ル』とある。
「んっ? ここは一にも三にも見えるな‥‥」
「『三』、『賢』、最後が『ル』かしらね」
「おおっ?! 最年少で王となり、後に賢王と呼ばれた第三代国王サリエルか?!」
「まあまあ、それは大発見ね!」
「第二代の愚王を廃位させ、未曾有の大災害をも英知で民を導いたと伝えられている賢王じゃ!」
「そうそう!」
王宮鑑定師の「あの、まだ不確かで断定はできず、その、詳しく調査を‥‥」を丸っと無視して、鼻息荒く捲し立てるように話し続ける大伯父と祖母の間に挟まれて、首をキレ良くブンブン左右に振る事になってしまった。
(うぅ、首が痛いわ‥‥)
最終的に祝福の十二宝石の本は『賢者の本』と名付けられ、それからも途切れることもない二人の会話が続いた怒涛のお茶会は日暮を前に終わりを迎えたのだった。




