12.そうだ冒険に行こう 邂逅
食堂から出ると、いつの間にか夜の町を包むように雨が降っていてた。
外套のフードを深く被り、襟を寄せて、人気のない小道を足早に歩く。
ふと弱々しい猫の鳴き声が聞こえたような気がして足をとめた。
「猫‥‥?」
耳を澄ますが雨音しかしない。気のせいかと肩をすくめてから歩き始めると、今度は猫の鳴き声というより、怪我人が発するような微かな呻き声が聞こえた。
「‥‥‥っ!」
底冷えのする雨の中、声のした方へ耳を傾けながら探すと、建物と建物の間、暗く影になった部分に肩幅ギリギリの隙間があった。
しゃがんでその隙間を覗き見ると、暗闇に慣れるにつれて形が顕になってくる。
「こ、子供?! あなた、大丈夫?!」
うつ伏せで倒れている子供に声を掛けても応答がない。慌てて横歩きでスレスレの狭い隙間を進む。子供のすぐ横でもう一度声を掛けるが無反応だ。体を横に曲げるように手を伸ばすと猛烈な匂いが鼻を突いた。
(この匂い‥‥死臭?)
状態を確認してから動かそうと思っていたが致し方ない。
「『浮遊』」
一旦心を沈めてから、子供を小道まで運び出した。
子供を仰向けにして様子を見ると腹部が微かに動いている。まだ息があることに驚きながらも、額に手をやると燃えるように熱かった。
「目立った外傷はないわね。早く体を温めて、回復薬を飲ませれば助かるかもしれない」
ギルドの一階で楽しげに酔っ払っている冒険者達を横目に、子供を背負ったまま借りた三階の部屋へと駆け上がった。
◇◇◇
「んっ‥‥」
「ふふっ、おはよう。やっと目が覚めたわね」
子供を支えるように起こして、水を飲ませる。ぼーっとした焦点が合わない様子でしばらくいたが、辺りをゆっくり見回してから、どこで寝ているのかを確認するように目線を下げた。
そして体に掛かっている毛布を上げ下げしてから呆然としている。
少しの間があって、思い出したかのように慌てた声を上げた。
「‥‥お、おい、なんで、なんで裸なんだ。服、服は?!」
「服? ボロボロだったし、雨で濡れていたから脱がせたのよ」
「ぬ、脱がせ‥‥た」
「体を温めなくてはならなかったし。大丈夫よ、目を閉じて毛布でぐるぐる巻きにしたから」
子供は衝撃を受けた表情で固まっている。
「あなた、五、六歳ぐらいでしょう。そんなに気にしないの」
「‥‥‥‥」
「話せるほど元気になってよかったわ」
黙り込んでいる子供の横顔を改めて見ると、まるで絵画の天使のようだ。黒色に暗灰色が混ざった髪はふわふわしていて、長い睫毛に見たこともない金色の瞳。それに陶器以外は例えようのないつるつるの白い肌。
少し気を取り戻した様子の子供に名前を聞いた。
「俺は‥‥ウィル。お前が思う程より、ずっと、年上だっ」
(まあ子供は年上に見られたがるものよね)
「はいはい、ウィル。私はリリーよ。今、消化の良い食べ物を持ってくるから、ちょっと待っててね」
その後も歳上だ、と可愛い顔で睨みを利かせているウィルにスプーンであーんと食べさせる。しばらくするとウィルは食べながら寝入ってしまった。ぷくぷくほっぺの幼い寝顔が可愛らしい。
「おい、リリー‥‥風邪、風邪引くぞ」
「ん?‥‥あ、いつの間にか寝てしまったのね」
椅子に座ったまま、壁に寄り掛かって眠っていたようで、体のあっちこっちが強張っている。少し伸びをして体をほぐした。
ウィルに水を飲ませて、食堂から運んで来たほろほろに煮込まれたシチューを食べさせようとしたら、ムッとした顔でスプーンを奪われてしまった。どうやら自分で食べたいらしい。
自分でスプーンを口に運び、うさぎみたいにひたすらもぐもぐ食べている。
(まあ、可愛いい! でも口にすると怒りそうね)
「ウィル、食べながら聞いてね。三日前に裏路地で倒れていたのを見つけたの。これからの事も考えたいから、事情を教えてくれると助かるわ。もし話したくないなら、話さなくても良いわよ」
「‥‥‥‥」
少しの間、目線を横に外し、ひと呼吸置いてウィルは話し始めた。
「まずは礼を言う。毒食らって殆どくたばりかけてたからな。逆にどうやってここまで回復させることが出来たんだ?」
「暗い裏路地から運び出して、明るいところで見たら顔色は真っ青でどうしようかと思ったわ。特徴的な毒薬の甘い匂いがしてたから、急いで解毒剤を飲ませて治癒魔術を試してみたの」
その毒は知る人ぞ知る、毒殺を病死に偽装するのに用いられるタチの悪い毒で、体を内から腐らせる。
王女であった祖母のマリアンナにその毒の見分け方と対処方法を教えてもらっていた。手持ちの解毒剤と念の為に回復魔術より効果がありそうな賢者の本の治癒魔術を試してみたのである。
「治癒魔術‥‥‥か。まあ、とにかく助かった。感謝する。それと事情だったな。正直に言う。俺は‥‥その、マルネス帝国から脱出して、あ、別に犯罪者とかじゃないからな!」
「ふふっ、六歳が犯罪者とは思わないわよ」
ウィルが言うマルネス帝国とは、このノーエル王国の北西に隣接する国で、優秀な魔導師や魔導具で有名な国だ。
「ノーエル王国を経由して東のデルネス神聖国に向かう予定だったんだ。けど、途中でタチの悪い連中に捕まっちまって、奴隷商人に売られそうになったんだ」
「えっ、奴隷商人?」
「ああ、気をつけてはいたんだがな」
俯いてウィルは目線を逸らせた。
ノーエル王国では奴隷は違法で王国法で重く罰せられる。しかし、どこでも犯罪行為を行う者とのいたちごっこが止まらない。
「とにかく、逃げ出せそうになかったし、隷属の紋で縛られるくらいならここまでだと手持ちの毒薬を食らったんだ。気が付いた時にはここからそう遠くない場所に捨てられていた」
この近くだとしたら、人目のつかない時間帯に森に遺棄して、小型魔獣に片付けてもらう予定だったと考えられなくもない。
「よく覚えてないが、ここまでふらつきながらやって来た。途中で倒れ込んじまったようだが」
他人事のように言い、ウィルは手をパンと叩いて、この話はここまでだと言う。
リリーの眉間の皺が酷いことになっているからな、との少し揶揄うような物言いに少し気が楽になった。




