第12話 ザガードとの死闘
暗く深い森に、血のにおいが漂っていた。
倒れ伏すさっちゃん。その胸から赤黒い血が滲み、地を染める。
その傍らで、アイゼンハワードは膝をつき、震える手でその体を抱きとめた。
「さっちゃん……!」
少女の目はかすかに開いていた。
痛みに歪むその表情に、感情があった。
怒り、哀しみ、そしてアルを見つめる微笑み。
「やっと……わかったの。あたしは……機械じゃない……」
アルの胸を、鋭い熱が貫いた。
魔界も、人間界も、さっちゃんを「選ばなかった」。
彼女はただの兵器として作られ、命令と戦闘の中に生きてきた。
だが、今
「わたしは、魔界も人間も選ばぬ」
アルは立ち上がった。
その双眸に宿るのは、長く封じてきた“心”だった。
「わたしは、おまえを選ぶ」
魔力が解放される。
周囲の空気が震え、雷鳴のような音が大地を打った。
空が裂け、魔力の奔流がアルの体を包む。
「……愚かだな」
ザガードが一歩、踏み出した。
その手には黒い魔剣――《断罪ノ刃〈ギロティーナ〉》。
抜かれた瞬間、空間が悲鳴を上げた。
その刃に封じられていたのは、アル自身がかつて開発した
魔剣“魂の殺戮術式”。
「皮肉なものだな。貴様が作った術式で、貴様の魂を斬る……これぞ正義だ、アイゼンハワード!」
「それは正義ではない。裁きだ」
アルの声は冷静だった。だが、その奥には怒りと哀しみが渦巻いていた。
「おまえの正義は、誰の心にも触れない」
「心など不要。意思と命令があればいい。それがギアチルドレンの本質だ」
「違う。あの子は……さっちゃんは、もう“ギアチルドレン”ではない!」
次の瞬間
二人の魔力が激突した。
黒と金が森を焦がし、空を裂いた。
重たい静寂の中、宝石を散りばめた黒マントが風を裂いて翻る。
レースのシャツに紅の薔薇のブローチ。
その姿は夜会の貴公子。
あるいは――血を浴びずに血を支配する、優雅な血塗られた伯爵。
アルの足元に、かすかに呻く声があった。
「……っ、ある……!」
瀕死のさっちゃんが、血に濡れた地面から顔を上げ、叫ぶ。
「いけぇええーーっ!!」
その瞬間、アルの眼が燃えた。
一閃。
銀の閃光が宙を走り、虚空を裂く。
魔剣ギロティーナが唸りを上げて振るわれるも
アルの細剣はそれを風のようにすり抜け、
舞うように、裂くように、ザガードの首筋を―
斜めに貫いた。
「断罪――」
冷酷な呪詠が、森に響く。
「その魂、闇で計られし者に死を。」
ザガードの体がわずかに震え、
蒼白の仮面がひび割れた。
数秒後、地面に崩れ落ちるザガード。
その瞳は、死の意味すら理解しないまま、閉じられることはなかった。
アルは剣をひと振りし、血を払う。
その細剣に穢れはなく、空気すら斬ったかのように静かだった。
「……さっちゃん」
「……へへ、やったね……!」
アルは彼女を抱き上げ、夜の森に背を向けて歩き出す。
マントが翻るたびに、闇は押し戻されていった。




