第11話 鋼鉄の仮面の監視官
暗い森に、静かな緊張が張りつめていた。
濃密な霧の中に、鋭い気配が浮かぶ。
枯れ枝を踏む音一つ、咳払い一つ、命を落とすには十分すぎる夜だった。
ザガード魔王直属の処刑官。
鋼鉄の仮面の奥には、感情の一滴もない。
そこにあるのは、「命令を遂行する」という、無機質な意志のみ。
彼は、静かに口を開いた。
「ギアチルドレンG-04。命令を再送する。
裏切り者・アルを抹殺せよ」
さっちゃんの瞳がわずかに揺れた。
その手には、かつて魔王から与えられた黒刃が握られている。
「……アルは……裏切ってなど、おらぬ」
「命令に背く者はすべて裏切り者だ」
ザガードは一歩、霧の中から現れる。その黒い外套が地面を這い、森を冷たく染めていく。
「貴様の“感情”は、機能障害だ。ギアチルドレンに“心”は不要。記憶の誤作動が、判断を狂わせている」
「それでも、わしは……あの人を守りたい」
「……ならば、“処分”対象は二人に増えるだけだ」
刃を振るうでもなく、ザガードの声には何の揺れもなかった。
まるで、落ち葉を掃除するような無関心さで。
「さっちゃん、下がれ」
アルが前に出る。肩は傷つき、魔力は限界に近い。だが、その目はまだ戦意を灯していた。
「ザガード、おまえの正義には、心がない。機械のように命令を繰り返すだけで、人を裁く資格などない」
「貴様に“裁き”を語る資格はない。かつて我らを捨て、人間界に逃げた裏切り者が」
ザガードの手に、呪術の紋章が浮かぶ。地面が黒く染まり始める。
「じゃが、俺は逃げていない。
アルは拳を握る。
「選んだんじゃ。人間も魔族も、どちらかに染まることをせず……おまえのような“魂なき監視官”にならんことを」
その瞬間、ザガードが動いた。
空間を断ち割る黒刃。さっちゃんの前に飛び出したアルが、その一撃を受け止める。
「アルッ!!」
衝撃で吹き飛ばされながらも、アルは微笑んだ。
「さっちゃん……選ぶんだ。命令じゃない、“おまえ自身の意志”で」
「黙れ」
ザガードが冷たく言う。
「意志で動く者など、制御不能のバグにすぎん。貴様のような異端者は、存在そのものが害悪だ」
そして、次の瞬間
ザガードの刃が、さっちゃんの胸元を貫いた。
「……!」
「ギアチルドレンG-04、これで貴様も処理対象だ。任務は失敗と見なす」
さっちゃんは崩れ落ちた。
しかし、その目は死んでいない。むしろ、初めて“生きている”光を宿していた。
「ザガード……」
アルがさっちゃんを抱えながら、血を滲ませた声で言う。
「もう、貴様のようなやつを……この世に生かしてはおけん」
静かな森が、魔力の奔流に震え始める。
「……まだ、そんなこと言えるのか」
声が、震えていた。
「見ろよ。
こいつは……今も、俺を見てる」
さっちゃんの指が、わずかに動いた。
アルの服を、掴もうとしている。
「……アル……」
かすかな声。
それだけで、アルの胸が締めつけられた。
「大丈夫だ。
今度は……俺が守る」
ザガードの仮面の奥で、
歯が軋む音がした。
「……やめろ」
低い声。
「それ以上、俺を試すな」
アルは立ち上がる。
さっちゃんを背に抱え、剣を握る。
「試してるのは、俺じゃない」
目が、まっすぐザガードを射抜く。
「お前自身だ」
「黙れッ!!」
ザガードの怒りが、ついに制御を失った。
「俺は!!感情を捨てた!!
迷わないために!!間違えないために!!」
魔力が、爆発する。
森が、悲鳴を上げる。
「選ばないことを選んだ俺を!!
否定するなァァァァ!!」
仮面の奥から、
押し殺してきた叫びが漏れ出す。
アルは一歩も引かない。
「だったら聞く」
低く、しかし真っ直ぐに。
「お前は今、怒ってないのか?」
一瞬。
ほんの一瞬。
ザガードの動きが、止まった。
怒り。
焦り。
嫉妬。
恐怖。
それらが、仮面の裏で渦巻いている。
「……違う」
絞り出すような声。
「これは……正義だ」
アルは、剣を構えた。
「違う」
はっきりと。
「それは、お前が“心を持つのが怖い”だけだ」
ザガードの咆哮が、夜を裂いた。
「黙れえええええええ!!」
刃が振り上げられる。
魂を否定する者と、
魂を選んだ者。
その衝突が、今避けられない形で始まろうとしていた。




