第8話 ザガードの牙 暗殺部隊
夜の廃村。
地図から消え、名前も忘れられた場所。
崩れかけた家々が月明かりに照らされ、
風が吹くたび、壊れた扉が軋んだ音を立てる。
焚き火の前に、二つの影。
アルと、さっちゃん。
炎が揺れるたび、さっちゃんの白い頬が橙色に染まり、
次の瞬間には闇に溶ける。
アルは剣に手をかけたまま、低く言った。
「……息を殺せ」
一瞬の沈黙。
「来るぞ。あいつらは“捕まえに”じゃない。“殺しに”来る」
さっちゃんの義眼が、かすかに光を帯びる。
胸の奥で、何かが不規則に脈打った。
魔界暗殺部隊《黒牙》。
その名を聞くだけで、魔族でさえ背を向ける。
忠誠のために感情を切り捨て、
命令のためだけに存在する、粛清の影。
次の瞬間。
ドンッ!!
爆風が夜を引き裂いた。
廃屋の屋根が砕け、瓦礫と共に影が落ちてくる。
巨大な鎌が月光を反射し、唸りを上げた。
「――標的確認」
無機質な声。
「アル。いやアイゼンハワード
並びに、回収対象・個体G-04。排除を開始する」
仮面に刻まれた“零”の文字。
その背後、闇から十を超える影が次々と現れる。
囲まれた。
逃げ場はない。
「……ようやく来たか」
アルが吐き捨てる。
「“ザガードの牙”ども」
剣が抜かれた瞬間、
村を裂くように青白い閃光が奔った。
殺気が、ぶつかり合う。
暗殺者の刃が投げられる。
「――ッ!」
アルが身を翻す。
「さっちゃん、離れろ!!」
「いや!」
さっちゃんが叫ぶ。
「わたしも戦う!」
その瞳が、赤く燃え上がる。
背中が割れ、内蔵式重装クローが展開。
超振動爪が火花を散らし、空気を震わせた。
一撃。
仮面が砕け、肉と骨が裂ける音。
「……!」
自分の中から湧き上がる衝動に、さっちゃんは息を呑んだ。
「この感覚……」
心臓が、痛いほど鳴っている。
「わたしは……守りたい!」
跳ぶ。
木を蹴り、闇を裂き、
重力を無視した回転。
右腕で背中を切り裂き、
左脚で首をへし折る。
「アルを……殺させない!!」
その叫びは、命令でもプログラムでもなかった。
一方、アル。
背後の刺突を、殺意の気配だけで読み切る。
剣で流し、踏み込み、斬る。
「技量が足りん」
冷たい声。
「“命を奪う”にはな」
一閃。
首が宙を舞った。
暗殺者たちは無言で迫る。
感情がないからこそ、ためらいもない。
二対十。
刃の嵐。
血と火花。
互いの背中を、何度も庇い合う。
「アル、後ろ――!!」
さっちゃんが、考える前に体を投げた。
刃が、彼女を深く裂く。
「さっちゃんッ!!」
赤い冷却液が噴き出す。
視界が揺れる。
それでも、彼女は立ち上がった。
震える声で、言葉を絞り出す。
「わたしは……」
歯を食いしばる。
「命令で動く、機械じゃない……!」
その瞬間。
義眼が、虹色に変わった。
オーバーライド・モード解放
「“アルを守れ”】【最優先目標、上書き】
世界が、遅くなる。
一瞬で距離を詰め、
一体、二体、三体。
切り裂く。
壊す。
叩き伏せる。
アルもまた、完全に解放された剣で敵を断つ。
最後の一人。
“零”が、手榴弾を掲げる。
「……道連れだ」
「させるかッ!!」
二人は同時に跳んだ。
爆発。
火花と衝撃。
そして、沈黙。
煙の中、二つの影が立っていた。
仮面の破片が、地に転がる。
暗殺隊《黒牙》。壊滅。
夜明け。
さっちゃんの頬を、何かが伝った。
「……また……」
声が震える。
「目から、水が……」
アルが、そっと手を伸ばす。
「それは……涙だ」
指先が、彼女の頬に触れる。
「誰かのために命を賭けたとき、人は……泣く」
「わたし……泣いてるの?」
「ああ」
一拍置いて、アルは言った。
「お前のためなら、わたしは」
喉が、わずかに詰まる。
「もう、命令すら斬る」
さっちゃんは、泣きながら笑った。
初めて、心から。
朝日が、二人の背中を照らす。
逃亡者ではない。
兵器でもない。
選んで戦い、生きる者として。
彼らは、再び歩き出した。




