第9話 魔王の裁きの勅令
王座の間は、闇そのものだった。
光がないのではない。
光という概念が拒絶されている空間
空間そのものが呻き、天井から吊るされた“哭く心臓”が
ズゥゥン……ズゥゥン……と、
世界の終わりを刻むような鼓動を打ち続けている。
その鼓動は、心臓ではない。
魔界の意志だ。
玉座に座す存在
魔王ガルヴァ・ネクロデス。
漆黒の甲冑に覆われ、顔すら見えぬその姿は、
生物ではなく、概念だった。
恐怖、死、秩序、絶対
それらすべてを束ねた“圧”。
その目前に、ひとりの男がひざまずいていた。
粛清執行者
ザガード・メル=ファング。
長い銀髪が床に散り、
拳は震えている。
怒りか。興奮か。
否。迷いだ。
(……なぜだ)
胸の奥で、何かが軋む。
(なぜ、あいつの名を聞くだけで……)
ザガードは歯を噛みしめる。
感情など、不要だ。
それは弱さだ。そう教えられてきた。
そう信じてきた。
「魔王陛下。報告いたします」
声は、完璧だった。
一切の揺らぎもない。
“粛清執行者”としての声。
だが、内側では叫んでいる。
(やめろ……この先を言うな……!)
「アイゼンハワードが――」
名を口にした瞬間、
胸の奥で何かが焼け落ちる。
(違う……あいつは……)
「ギアチルドレン第4号“Lilith Byte”を伴い、命令なく魔界を離脱」
鼓動が、一拍遅れる。
「人間界旧領に潜伏中と見られます」
沈黙。
魔王の前では、
沈黙すら裁かれる。
ザガードは、言葉を止めなかった。
止められなかった。
(俺が止めなければ……誰が裁く?)
「彼は……」
喉が、ひりつく。
「“ギアチルドレン4号”に対し明確な感情的愛着を抱いております」
言ってしまった。
(……アル)
脳裏に浮かぶのは、
戦場で背中を預け合った男の姿。
「かつて我らが破壊と死を刻むために生み出した戦闘兵器に、です」
“兵器”。
そうだ。
そう言い切らなければならない。
(違う……あれは……)
「ふむ」
魔王の声。
その一音で、
世界の温度が落ちる。
漆黒の甲冑の隙間から、
骨のような手が現れ、宙を握る。
空間が裂け、巨大な魔紋が出現する。
「粛清対象:アル=アイゼンハワード」
その瞬間、
ザガードの心が叫ぶ。
(やめろォォォ!!)
「執行形式:“魂の処刑”」
声に、慈悲はない。
紫黒の魔紋が脈動し、
数千のルーンが魔界中枢へと解き放たれる。
「その魂、記録からも削除せよ」
(消すな……!)
「“存在”そのものをこの世界より抹消せよ」
ザガードの口元が、歪む。
笑みか。
否。狂気による仮面だ。
(そうだ……これでいい……)
「仰せのままに」
声が、震えない。
「奴の魂、私がこの手で断ち切ってみせましょう」
(俺がやるしかない……!)
「二度と裏切りの火種を残さぬように」
魔王が、首をわずかに傾ける。
「ただし」
その一言で、
背筋が凍る。
「……今回は貴様に“情”が入りすぎていないか?
ザガード」
見抜かれている。
背中に、冷汗が流れる。
(情だと?違う……これは……)
「……恐れながら」
ザガードは、頭を垂れる。
「忠誠の証にございます」
(そうだ……これは忠誠だ……!)
「ならば、見せてみよ」
魔王の声が、世界を縛る。
「裏切り者を裁く
正義の刃を」
「はっ……!」
ザガードは立ち上がる。
背に仕込んだ漆黒の魔剣
《 ギルティーナ 》を抜き放つ。
刃が鳴いた。
それは、かつてアルと共に設計した剣。
(俺たちは……)
「正義と粛清をその胸に、ザガードよ」
魔王の声が、刻まれる。
「我が魔王軍の爪たるにふさわしくあれ」
「御意」
その瞳に宿るもの
かつての“仲間”への哀しみ。
それを塗り潰す、
正義という名の狂気。
そして。
漆黒の空を切り裂き、
魔翼を広げて飛翔するザガード。
地上を見下ろしながら、
彼は叫ぶ。
「アル……!」
声は、怒号だった。
「なぜだ……なぜ裏切った……!」
魔剣を抜く。
刃に浮かぶのは、
アル自身が設計した
“魂の殺戮術式”。
「皮肉だな……」
笑っているのか、
泣いているのか、
自分でも分からない。
「貴様が作った術式で貴様の魂を斬る……!」
叫びが、空を裂く。
「これが正義だ!!アイゼンハワード!!」
物語は、裁きという名の、最も残酷な再会へと進む。




