第7話 ザガードの監視の目
魔王城、監視塔。
黒曜石で組まれた回廊に、靴音が響く。
乾いていて、迷いがない。
まるで処刑台へ向かう死刑執行人の足取りだった。
「……やはり来ていたか」
アルは振り返らない。
その背後、闇の中から現れたのは
魔界治安統括監視官、ザガード・メル=ファング。
鋼の牙を持つ狼頭。
黒い軍服に身を包み、背筋は刃のように真っ直ぐ。
魔界の“秩序”を具現化した存在。
かつて
アルが「ティアラ姫暗殺を阻止した」と記録された事件。
その調査官こそ、ザガードだった。
「アイゼンハワード・ヴァル・デ・シュトラウス」
低く、噛み殺すような声。
「貴殿の言動は、再び“裏切りの兆し”を孕んでいる」
アルはゆっくりと振り向く。
「兆し? 言葉遊びが好きだな、ザガード」
「遊びではない。判断だ」
ザガードの黄金色の瞳が、獲物を測るように細められる。
「よって通達する。
本日より、貴様の監視体制を強化する」
「……好きにしろ」
アルは感情のない声で答えた。
その態度こそが、魔界が“信頼”してきた証だった。
冷酷で、従順で、情を捨てた殺戮者。
――そう、誰もが信じていた。
だが、ザガードだけは違った。
彼は見ていた。
戦場での、ギアチルドレンG-04の異常。
無抵抗の民間人に対する、わずかな攻撃遅延。
そして何より――
アルが、少女に向けた“言葉”。
「命令に従うだけがすべてではない……?」
ザガードの声に、明確な怒りが滲む。
「貴様、何を吹き込んだ」
一歩、距離を詰める。
その圧は、尋問ではない。断罪だった。
「その少女型ギアは“武器”だ。
感情など不要。意志など害悪」
鋼の牙が覗く。
「それを揺らがせた責任――取ってもらおう、アル」
そして、はっきりと言い切った。
「貴様の存在そのものが、魔界秩序への反逆だ」
一瞬、空気が凍る。
アルは笑わなかった。
怒りも見せなかった。
「……相変わらずだな、ザガード」
「秩序は変わらん。それが私だ」
「だから嫌われる」
「だから信頼される」
二人の視線が、正面からぶつかる。
どちらも退かない。
その夜、ザガードは即座に動いた。
魔界密偵部隊を編成。
罠は緻密に、冷酷に。
アルが、かつて戦場で助けた人間の少女。
その“生存情報”を匂わせる偽情報。
「居場所を教えよう」
そう囁かせ、人間との共謀という大罪を捏造する。
完璧な手順。
完璧な正義。
だが、ザガードは知らなかった。
アルがすでに次の裏切りを始めていたことを。
夜。
人気のない訓練場。
月明かりの下、さっちゃんが空を見上げるアルに問いかけた。
「アル……どうして最近、ずっと空を見てるの?」
沈黙のあと、彼は答える。
「……お前を、ここから出す方法を考えている」
「え?」
さっちゃんの瞳が、わずかに揺れる。
「お前には、ここにいる資格がない」
アルは淡々と言う。
「“命令を守れないギアチルドレン”は、すぐに廃棄される」
「でも……」
さっちゃんは胸に手を当てた。
「わたし、アルに命令されたから……考えたんだよ」
その言葉に、アルの表情が一瞬だけ歪む。
「……皮肉だな」
彼は、ほんのわずかに微笑んだ。
それは勝者の笑みではない。
罪を引き受ける者の、苦い笑みだった。
「次は、俺の番だ」
その視線は、魔王城の奥
秩序の中心を見据えている。
“裏切り者”
アイゼンハワード・ヴァル・デ・シュトラウスは、再び牙を剥く。
魔界そのものに。
そしてザガード・メル=ファングという、唯一の宿敵に。




