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調律される社会


「……次は、ここだよ、ラプラスちゃん(笑)」

シエラは両手の間に広がる小さな世界を覗き込む。

無数の光点。それはラプラスが見ている世界。

それぞれが、人であり、企業であり、意思だった。

その中に、歪んだ流れがいくつもあった。


「非効率が多すぎるんだ…」

彼女は迷わず、ラプラスの術式を書き換える。



地方都市。

「人が足りない……」

小さな介護施設の管理者が、頭を抱えていた。

若者は都市へ流出。

残るのは高齢者ばかり。

働き手は慢性的に不足していた。

「もう限界だ……」

だが、数週間後。

状況は一変する。

「え、統合……?」

複数の施設が、一つの法人に再編された。

人員配置は最適化され、

無駄な業務は削減され、

設備も共有化された。

「……回ってる」

現場の職員が、呆然と呟く。

「前より楽だし、給料も上がってる……」

誰も気づかない。

それが、誰かの“操作”によるものだとは。


「うん、ここは成功だね…ラプラス君」

満足そうに頷く。

「リソースの再配分。簡単」

彼女の視界には、ラプラスに流れる効率魔術式しかない。


「来月で契約終了です」

その一言で、空気が凍る。

不安定な雇用。

低賃金。

将来の見えない生活。

だが、その流れも変わる。

大規模な企業統合で正社員としての雇用の原資ができた。経験豊富有能な派遣社員は雇用形態が変わった。

「正社員登用……?」

信じられないという顔。

「なんで急に……?」

企業の人事担当者は説明する。

「長期的な人材確保のためです。あなたはこの業務に精通している。成果も出している。今までがおかしかったのです。あなたはを雇用する原資がなかった。利益が出てなかった。ですが、市場で足を引っ張り合うのはもう終わりました。」

合理的な理由だった。

彼女は泣いていた。

長い間この会社で必死に働いてきた。

でも、派遣社員…

それがやっと報われた。

だが、それはラプラスの道の上で起こった出来事だった。


「不安定要素は、固定した方がいい」

シエラがラプラスの道を修正してきだからだ。

「流動性が高すぎると、ラプラスの道からはみ出す。予測がブレる」

人の人生は、単なる“ノイズ”だった。


シャッターの閉まった商店街。  

もう何十年もこのままだ。

歴史ある街並みも壊された。

街には郊外の工場で働く外国人労働者の店ばかりだ。

「もう無理だな……」


店主が、最後の灯りを消す。

客は来ない。

後継者もいない。

ところがある時から移住者が増え始めた。

大規模な企業合併でいなくなった外国人労働者の代わりに大企業の工場の待遇が良くなったせいで、若者が仕事を求めてやってきていた。それは男性だけではなく女性にも影響があった。

待遇が向上したことで女性の就職先としても、また互いに結婚相手として適切な存在になっていた。

地元から都会に出ていった若者も帰ってきた。

全てがラプラスの道の上で起こった。



商店街としての役割は終わったが、駅近のその地域は居住地域として再開発計画が始まった。

大手企業デベロッパーが参入し、地域全体を巻き込んだ再整備が始まる。

今まで歴史ある街並み整備に消極的で郊外の工場ばかりかに予算を割いていた市役所が市長の交代で方針を変えたのだ。

選挙といえば、民意だ。

その民意さえ、遥か遠くから波が送られていた。

少しずつ少しずつ、全てがラプラスの道の上で起こった。みんな自分の意思で行動していると思っていた。

だが、それは一見全く無関係の遠く遠く離れたある小さな変化が元になっていた。


歴史的街並みを取り戻した昔の商店街は来訪者が次第に増えた。

元々歴史ある商店街だったその地域は街並みを取り戻したことで外部の人の関心を引きつけた。


「人が……戻ってきてる」

かつての商店街に、再び賑わいが生まれる。

戻ってきたのは地元の人ではなかったが、その土地の持つ歴史的何かが、土地の記憶なのか、結局意図せずその地域を再び商店街として蘇らせることになっていた。そこで働く人も女性が多くなった。


「あらあら(笑)」


その地域の変化をシエラはみていた。

「ラプラス君はなにもしてないのにね(笑)私もなにもしてないよ〜どこでどうなったんだろ(笑)でもこれで少子化も解決かな〜」


「局所最適じゃなくて、全体最適」

指先が、世界をなぞる。

「やっぱり、まとめた方が効率いい」


同じ再開発でもそこから弾き出された人々もいた。

「立ち退きに応じてください」

「ここで何十年もやってきたんだぞ!」

「補償は出ます」

「足りるかよ!」

怒号。

涙。

消えていく生活。



「なんか、最近よくなってない?」

「景気いいよな」

「就職も前より楽だし」

若者達に希望が生まれる。

未来が見える。

誰かが“調整した”未来。



その変化に、違和感を持つ者もいた。

「出来すぎてる」

「全部、同じ方向に動いてる」

「まるで……誘導されてるみたいに」

失った者たち。

救われなかった者たち。

彼らは、別の視点から世界を見る。

「これは自然じゃない」

その結論に至る。


両手の中の世界を見つめながら、

彼女は満足そうに笑った。

「ほら、ちゃんと良くなってる」

その言葉は、間違っていない。

だが――

それが誰の意思か、

誰のための“良さ”なのか。

その問いだけが、

どこにも存在していなかった。

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