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神の調律


リゾートホテルの個室。 

ごくありふれたリゾートのそれも標準的なホテル。

さほど高くもない部屋。

外の景色は、穏やかだった。

畑が広がり、小さな町が点在し、人々はいつも通りに生活している。

――そのすべてが、導かれているとも知らずに。

「さて」

シエラはソファに深く腰掛け、両手をゆっくりと持ち上げた。

指先を合わせる。

そして――

左右に、開く。

そのわずかな空間に、世界が生まれた。

透明な水がその両手の掌の間、ちょうどシエラの肩幅程度だろうか。その間に漂っているかのようだった。

光りが反射した。

その水のようなものは動いてるようにもみえた。

光っているようにも。

よく見るとその中には小さな光の粒が見える。

もっとよく見る。

何倍にすれば見えるだろうか。

無数の線。

それは複雑に絡み合う魔術式。

それは縮小された世界そのものだった。

人の意思、企業の判断、市場の流れ――

すべてが数式と魔力に変換され、そこに詰め込まれている。

中央にあるのは、あの“神”。

会社のドームにいるラプラス。

「いい感じ…私が作ったラプラスはさすが!」

シエラは微笑んだ。

ラプラスが道を作り出す。

その道を全てが道の先に進んでいく。

でも、時々その道を外れことがある。

人が営む活動だから時にはそういうことも。

そういう時には彼女がラプラスを修正してあげる。


「ちょっと、ここズレてるな…」

指先を少し動かす。

少し何かが光ったようだ。

それはいくつかの術式を書き換えていた。

術式を詠唱する。

ラプラスが少し変化する。

それだけで、世界のどこかで“流れ”が変わる。 

彼女は軽く詠唱した。

短い言葉。

しかし、それは絶対的な修正命令だった。

術式が組み替わる。

ほんの、わずかな変化。

だが――


ある地方企業

「……倒産?」

男は呆然と立ち尽くしていた。

勤めていた中堅企業は、突然の大口取引先の倒産で資金繰り悪化、魔力債を売却するも連鎖倒産した。

会社は消えた。

「嘘だろ……昨日まで普通に……」

隣では、同僚が頭を抱えている。

「住宅ローン、どうするんだよ……魔力を担保に借りたのに…」

その声は震えていた。



「うん、収束した」

シエラは満足そうに頷く。

彼女の視界には、

ただ綺麗に整った魔術式しか映っていない。

「このラインのほうが効率いいね」

楽しそうに、また一つ修正する。

別の企業では

「合併、決まりました」

その一言で、空気が変わった。

長年低迷していた業界。

積極的に経営統合進める大手企業が現れた。

それはラプラスの作り出す道。

大手企業は中小零細企業を次々と統合していく。

そこにもラプラスが。

その統合によって重複事業や部門が統合される。

それは経営陣という人の判断なのだ。

その判断はラプラスが作り出す道にある。

道からはみ出せばまたラプラスが動きだす。


統合によって発生した余剰の労働者は他の人手不足の業界へと移動していく。

ラプラスの作り出す道に沿って。

それをみてる彼女はまた笑い出す。


「あはは〜そうだよね〜そうなるよね〜そりゃそうだわ!ラプラスちゃんえらい!いい子だね〜」


部屋に彼女の声が響き渡る。



「給与体系、見直しだって」

「マジかよ……」

「ボーナスも出るらしいぞ!」

ざわめきが、希望に変わる。

未来が、開けた。

成熟した市場のパイを分け合っていたせいで、価格競争が激しく、利益が少なかったが、大手企業数社に統合され、利益率が上がり、社員に還元できたのだ。

一方、それから取り残された企業は次々ときえていった。その労働者も人手不足の業界へ。

全てラプラスの作り出す道にあった。


それを確認するように、シエラの両は手の中の空間を見つめている。

その表情は子供が興味のあるものを一心不乱にみている表情だった。

自然と口角が上がる。



「だから、言ったじゃん!誰も聞かなかったけど!こうなるって!お互いに足引っ張り合ってれば誰も幸せにならないんだって!競争?あんなの競争じゃない!人手不足?何それ?笑わせる!」


すると

「ここも調整」

指先が動く。

魔術式が、滑らかに組み替わる。

彼女の表情は、純粋な好奇心と達成感に満ちていた。

「面白いなあ」

その目には、日々の生活をしていく人間は映っていない。

ただの“変数”。

ただの“流れ”。

「もっと最適化できる」



大きな工場が集まる地域。

そこは長年の労働者不足を補うため、外国人労働者を雇用していた。


外国人労働者たちが、列をなしていた。

「契約終了だ」

通訳を通じて告げられる。

「え……?」

企業合併で同じような製品を製造する工場がいくつかは必要なくなったのだ。

これからは工場も統合して生産量を確保することになったのだ。

効率化。

コスト削減。

結果として、彼らは“不要”になった。

「仕事……ない?」

「次の紹介先は未定だ。故郷に帰れ」

それだけだった。

不安。

怒り。

絶望。

だが、それもまたラプラスによる“最適化”の一部だった。


シエラの世界

両手の中の小さな世界。 

その中のラプラスに無数の光が流れ、収束し、また分岐する。

「きれい」

彼女は、うっとりと呟いた。

その一つ一つの変化の裏で、

誰かが職を失い、

誰かが家族を失い、

誰かが未来を失っている。

だが――

シエラは、見ない。

見ようともしない。

「これが、正しい形…私の理想…」

それだけが、彼女の真実だった。

リゾートホテルの大して豪華でもない部屋に彼女の笑いが響いた。


そして

いずれ

各地で、奇妙な噂が広まり始めるだろう。

「おかしい」

「偶然にしては出来すぎている」

「誰かが……操作しているのでは」

最初は、小さな違和感だった。

だが、それはやがて確信に変わるだろう。

仕事を失った者。

家族を壊された者。

人生を狂わされた者。

彼らは、点では終わらない。

繋がり始める。

情報を持ち寄り、

分析し、

仮説を立てる。

そして――

「何かが共通している」

誰かが口にした。

沈黙。

やがて、静かな声が響く。

「……探そう」

「この世界を弄んでるやつを」

怒りではない。

復讐でもない。

もっと冷たいもの。


シエラはまだ知らない。

自分が作った“最適化された世界”の中で、それを壊そうとする人々がゆっくりと形成され始めていることを。

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