第60話 私は護衛の必要ありません
本編最終話です。
サブタイトルに難儀しました。
レイクイン大公領内にある平野では、吹き抜ける風によって草穂がさざなみのように揺れ、寄せては返すそれに似た音が鼓膜を揺らす。
とても穏やかな風景が眼前に広がる中、レオナルドは少し遠くを眺めていた。彼の後ろにはリザをはじめとした護衛が三人と、生まれたばかりのレオナルドとフレイスリアの息子『アルベルト』を抱く乳母や侍女の姿がある。では、肝心のフレイスリアはどこにいるかというと――
「よいしょー!」
何とも気が抜けるような掛け声の後、穏やかな草原の風景には似つかわしくない、巨大な岩石でも落下してきたかのような破壊音が周囲に響き渡る。その中心にいるのは、もちろんフレイスリアだ。
今日は目撃情報のあった魔物を討伐に来ているのだが、何故だか討伐に赴くような装いではない。こちらの件も、やはりフレイスリアによるものだ。彼女曰く、「討伐が終わったら、そのままピクニックでもしましょう」と、魔物討伐をまるで遊びのような軽さだった。
レオナルドは当然反対したが、惚れた弱みとでも言えばいいのか、呆気なく押し切られた。その時の彼を見る周囲の視線と言ったら、たもったものじゃなかった。
今もフレイスリアは魔物を殲滅せんと、戦鎚を振り下ろしている。
戦鎚を振るうたびに、「そぉーい!」とか「うんしょー!」とか、緊張感に欠ける声が彼女を離れたところで見守るレオナルドたちに届く。
アルベルトは母の声や振るう戦鎚が引き起こす轟音が聞こえると、途端に上機嫌になって音の方へと顔を向け、手を伸ばして笑い声をあげる。
それを何とも言えない顔でレオナルドは見ていた。
目標の討伐が終わり、敷物の上に広げられた昼食を頬張り、フレイスリアは笑みを浮かべる。
ひとしきり動いて空腹だったのか、とても美味しそうに次々と口に運んでいる。その隣では乳母に抱かれたアルベルトが、穏やかな寝息を立てていた。
リザは甲斐甲斐しくフレイスリアの飲み物を入れたり、取りやすいようにバスケットの位置を変えたりしている。護衛も交代で腰を下ろし、同じ敷物の上で昼食を取っている。
不意にレオナルドから笑みが溢れた。
「レオ様? どうしましたか?」
「いや、幸せだなって思ってさ」
唐突に笑ったレオナルドを見て、フレイスリアが小首を傾げて聞いてみれば、そんな言葉が返ってきた。
「はい! 私も同じです」
それを聞いたフレイスリアは、満面の笑みを浮かべて同意すれば、レオナルドが良い笑顔で「フレイ」と、愛称を呼びながら彼女に体を寄せる。
レオナルドから何となく感じる圧にやや押され気味になっているフレイスリアに、彼は何の前触れも無く口付けをした。
驚きと羞恥で顔を真っ赤にしたフレイスリアは、頬を押さえて抗議する。
「いきなりはやめて下さい!」
「どうして? そんなに恥ずかしがること無いだろ?」
「みんなが見ていますか……ら?」
逃げるようにフレイスリアが周りを見ると、いつの間にか護衛もアルベルトを抱いた乳母もリザさえも、近くにいなかった。少し先に目を向ければ、遠くでこちらに背を向けている。
「本当に優秀な者たちで助かるよ」
心の中で『こんな時ばかり空気を読まないで!』と、フレイスリアは叫んだ。
レオナルドの膝の上に抱きかかえられる形となり、抵抗することを諦めた彼女に口付けの嵐が降って来るのだった。
アスタリオでは新たな王が誕生した。
王太子レーヴェリアンが国王となり、王太子妃であったフレデリカが王妃となった。
二人は画期的な制度を数多く制定し、国力を大きく増強させる。
また、国王夫妻は二男一女に恵まれており、アスタリオの未来は明るい。
夫婦仲は良好なようで、レーヴェリアンは妻の尻に敷かれているのだとか。
デュークフリードは宰相を任され、変わらずレーヴェリアンの右腕として辣腕を振るっている。
その傍らにはエリザベートの姿があり、陰ながら彼を支えている。
時折、素直になれずつれない態度を取る彼女の本心を理解し、甘い言葉で溶かす様は邸内の名物と化しているのだとか。
第二王子オーギュストは、レーヴェリアンが王座に就く前の年に臣籍降下し、ダグストン大公家に入った。それに伴い、ピアローゼと正式に婚姻し、大公夫妻として兄王の治世を支えている。
生活の質を良くするための研究に余念の無いオーギュストは時々、自分の生活を疎かにしてしまう。そんな自分を容認してくれるピアローゼは、彼にとって無くてはならない存在であり、彼女にとってオーギュストは、放っておけない可愛い旦那様なのだとか。
今代の聖女の座を引き継いだクラウディアは、国内の様々な場所に赴き、国民の精神的支柱として役割を担っている。
彼女を守るように夫となったテオドールが、常に同行して新聖女の身も心も守っている。
そんな凛々しいナイトな彼も二人きりになると、年上の妻に甘えることが多々あるのだとか。
プロキオンから愛するアーサーの妻として、リーシュベルト公爵家に嫁入りした元王女のアナスタシアは自由で活発でありながら、しっかりと社交もこなしている。
国防の要であるリーシュベルト家の次期当主としての重責を双肩に担うアーサーは、彼女の明るさや家政を支えてくれるに癒されながらも、振り回されることも多々あるのだとか。
そして、フレイスリアとレオナルドはというと……夫婦仲はとても睦まじく、二人揃って領内の問題解決に赴いている。
おとなしく待っている性分ではないフレイスリアに折れる形で同行を許し、その我儘の対価としてレオナルドが満足するまで彼女を甘やかす。これで本当に対価になっているのか――と、フレイスリアは何度も疑問に思うが、とても満足そうな笑みを浮かべるレオナルドを見て、そんな疑問は瞬く間に霧散するのだとか。
フレイスリアは母と同じく五人の子宝に恵まれることとなる。
しかし、彼女は五児の母となっても変わらず、たびたび前線に立った。
夫のレオナルドや義両親、ずっと自分に仕えてくれているリザから、散々前に出ることを止められ、せめて護衛を付けるように言われているが、フレイスリアはいつも笑顔でこう答える。
「護衛は必要ありません。私は暴風ですから!」
フレイスリアは今日も元気に不届き者を成敗している。
暴風令嬢の本編はこれにて終了となります。
ここまでご覧頂いた皆様には感謝で言葉もありません。
本当にありがとうございました。




