第58話 私は囚われの……これ前にもやりましたね
本編終了まで書き終わったので、毎日投稿で突っ切ります。
「まさか……貴方が、ここにいるとは思い、ませんでした」
後ろ手に縛られ、馬車に乗せられたフレイスリアは、苦しそうな荒い呼吸をしていながらも、対面の席に座る相手を鋭く睨みつける。
そこには、かつてプロキオンで開催された武芸大会で顔を合わせたアルスターがいた。
―――――――――――――――
時は少し遡る。
フレイスリアは夜営地に現れた襲撃者に対し、果敢に単身で応戦する。
ところが、相手は積極的な攻勢に出ようとしない。数の面で明らかに襲撃者側が有利なはずなのに。
昔ならばいざ知らず、これぐらいの戦力差なら竜の力を得た今のフレイスリアであれば、単身であってもいかようにも切り抜ける自信があった。
そのため、わざと敵中に飛び込み、自身を包囲させようと誘いをかけているのだが、一向に乗ってこない。しかも、誘いかけにより、大きな音を立てても味方が覚醒する気配が無い。
今は人質を取る素振りは無いが、劣勢に陥ればなりふり構わず、どんな手段でも使ってくるだろう。
そうなると、意識の無い味方を守りながら戦う他なく、距離が空きすぎてしまうと、守ることが困難だ。
襲撃者は夜陰に乗じて仕掛けてくるだけあって、素早い動きでこちらを翻弄しながらも、物音がとても小さいため、死角で動かれると察知しにくい。ただでさえ、暗くて視認性が悪いので余計に性質が悪い。
――まあ、奇襲を仕掛けるのなら、それぐらいは当然なのだけど。
フレイスリアは敵方の洗練された動きに、半ば称賛に近い感想を抱く。
とはいえ、敵は敵だ。
こちらとてやられてやるわけにはいかない。愛しい人の元に帰るのだから。
――異相展開!
フレイスリアは地表にエーテルの網を張り巡らし、敵の数と位置を瞬時に把握する。
下手に異相力を解放して半端に人数を減らすわけにはいかない。やるなら、一度に全員を行動不能に追い込む必要がある。そのためのエーテル網である。
気配を察知しにくくとも、確実に周囲の状況を把握したことでフレイスリアの勝利は確定した――はずだった。
敵の数と位置を把握したフレイスリアが、攻撃に転じようとマナを発しようとした刹那、張り巡らせたエーテル網を介して自身の中に、異物が入り込んでくるような感覚を覚えた後、途端に異相が練れなくなってしまう。
更にそれだけでなく、フレイスリアは脱力感から立っていられなくなり、膝から崩れ落ちた自身の体全体が熱く疼いていることに気付いた。
――なに? なんなの、これは?
突然、自分の体に起こった異変に戸惑いつつも、フレイスリアは戦いの意志を捨ててはいなかったが、碌に動かぬ体ではたいした抵抗もできず、敵の手に落ちることとなった。
―――――――――――――――
時は今に戻る。
「俺はこれには自信があってね。五感が限定的な状況なら、前みたいに使うと思ったよ」
「意外、です。あの槍捌きと……動きで、フォースに秀でて、いると思っていま、したから」
フレイスリアは熱る体の内からせり上がってくる息が、吐き出すたびに一々熱を持っていることに苛立ちを覚えた。
まるで自分の体では無いようで。まるで自分が何かを求めているようで。
苦しそうな呼吸を繰り返すフレイスリアに向かって、アルスターは手を伸ばして彼女の頬に触れた。その瞬間、フレイスリアの体が小さく跳ねた。
「異相だっけ? それを通して君の体の感覚を少し敏感にさせてもらった。その状態ではまともに抵抗できないだろ?」
「……悪趣味、ですこと」
フレイスリアは先程よりも強く敵意を込め、射殺さんばかりにアルスターを睨んだ。
アルスターはこんな状態でも戦意が衰えない彼女への興味を強くしたのか、小さく笑って手を戻す。
「やはり、君は実に面白い。俺の妻に相応しい」
「ふざけないで!」
後ろ手に縛られながらも、上半身を僅かに浮かせたフレイスリアは、怒気を乗せて反発する。しかしながら、異相による干渉を受けた体では、長く体勢を維持することができず、萎れるように力無く体を横たえる。それでも、睨むことは忘れない。
「勇ましいことだ。……俺がヌフダントの王族なのは知っているんだろ?」
プロキオンでの一件の後、レオナルドが彼を調査してヌフダントの第五王子であることが分かっており、そのことはフレイスリアにも知らされていた。
アスタリオ自体はヌフダントと地理的に離れていることもあって、表立って対立しているわけではないが、友好国であるエデルラントはヌフダントと対立関係にあることから、アスタリオとヌフダントも間接的に対立していると言っていい。
それもあって、フレイスリアはずっとアルスターに強烈な敵意を発しているわけだが、氷雪世界よりも冷たい空気がフレイスリアから発せられているのに対し、飄々として意に介しない様子のアルスター。同じ馬車の中という空間でありながら、両者の周囲は中央を隔てて全くの別世界では無いかという空気感である。
「ええ。存じて、います。だから?」
「まあ、聞いてくれ」
それからアルスターは、ヌフダントの内情を滔々と話した。
――どれだけ王家と貴族が腐敗しているか。
――どれだけ民が苦しい生活を余儀なくされているか。
――どれだけ無用な戦で尊い命が失われているか。
時々、言葉に詰まりながらも、彼はフレイスリアに伝えた。
アルスターの言葉を信じるのなら、それだけの腐敗が進んでいる王家の中で彼は国を、民を憂う真に王位を継ぐべき者なのだろう。
そして、彼は続けた。「自分には力が足りない」と。
「伴侶云々はさておき、君が俺に協力してくれるならよし。そうでないなら、君の身柄でもって彼を焚きつけるまで」
かなり遠回しな言い方だが、軍事に関する教育を詰め込まれたフレイスリアは、自国と各国の関係に加え、それらを踏まえた情勢についても把握している。
それらを考慮して先を読むと、フレイスリアがこのまま連れ去られれば、複数の国が衝突する事態になることが想像できた。
それらを踏まえ、言外にアルスターは戦争も視野に入れていると言っているのだ。
彼がフレイスリアに言った前者の『協力』とは、何も彼女自身の力云々の話だけではない。
アスタリオ国内での立場から、全ての伝手を使って後押しがほしいという意味だろう。勿論、戦となった際の助力も含まれている。
対して後者の意味は、わざとフレイスリアを拉致したのが、ヌフダントの手の者であると情報を流し、攻め入ってもらう考えなのだ。
これによって、多くの血が流れることにはなるが、アスタリオもプロキオンもエデルラントも、良識ある者たちが治める国であるため、併合されるにしろなんにしろ、今よりは確実に国民の生活が良くなるとアルスターは確信しているのだ。
彼の一見無謀にも思える行動は、全て自国民の未来を憂いてのことである。そのためならば、自分がどれだけ汚名を被ろうとも厭わない覚悟が見える。
そして、アルスターを慕う者たちが、この無謀な計画に加担している。
フレイスリアにはそれがひどく面白くなかった。
――主を慕うのなら、こんな無謀な真似を止めるべきでしょうに。
フレイスリアが協力するにしてもしないにしても、どちらに転んでもアルスターの未来は明るくない。
きっと売国奴と罵られ、処断されることになる。
それでは、彼は自身が望んだ民の幸せな未来を見ることができない。本末転倒ではないか。
「色々言いたいことはあると思うけど、一晩考えてほしい。……良い返事を期待している」
変わらず自分を睨みつけているフレイスリアを見て、何を考えているか察したアルスターは馬車から出ていった。
彼が出ていった後、フレイスリアの耳に馬車の扉が外から鍵をかける音が聞こえる。
――動けない相手に周到だこと。
馬車の外は森だったが、夜ということもあってか、大変ありがたいことに周囲は物音一つしない程に静かだ。これなら自分の中の異相の流れを制御するのに集中できる。
――でも、私(暴風)を甘く見てもらっては困るのよね。
自分だけになった馬車の中で、フレイスリアは細く息を吐き、目を閉じて己の内側へと意識を集中する。
「フレイが?」
「申し訳ありません、兄上」
一方その頃、クロードはフレイスリアの読み通り、彼女の元へと向かっている途中のレオナルドと彼の夜営地で合流することができていた。
フレイスリアたちの遠征地とレオナルドが向かった地点を考えると、信じられないほどの短時間での合流である。
レオナルドの元に武装した他国の人間が不法侵入していると報告が上がっており、それと時を同じくして、魔物の被害報告も来ていた。
レオナルドはどちらかが陽動の可能性があると考えており、彼としては確実な策を取りたかったところだが、ここでフレイスリアが割り込んでくる。
状況を懇々と説明し、彼女を諭そうとしたが、結局は愛するフレイスリアの懇願に折れてしまった。
とはいえ、その実、レオナルドはこうなることを予測していた。
武装集団の外見的特徴と以前の合同軍事演習の件を含め、ヌフダントが関与している可能性が高いと推測、そのため、表向きは武装集団が目撃された地点を目指しながら、途中で部隊を分けて反転していたのだ。
「クロード、辛いところご苦労。今はゆっくり休め」
「しかし――」
「心配無用だ。フレイはこの程度の状況で屈するほどやわじゃない」
なおも言い募ろうとする弟を護衛に命じ、別のテントへと連れて行かせた。
そして、レオナルド自身はすぐに夜営地を発てるよう装備を整える。
「殿下」
「すまない。すぐに強行軍に耐えられる精鋭を選抜してくれ」
「既に待機させております」
「助かる。案内を頼めるか?」
「きゅーい!」
「わふ!」
レオナルドの心中は穏やかでは無かった。
憔悴した弟の手前、穏やかに冷静さを欠かさなかったが、心の中は暴風が吹き荒れていた。
確かにこういった可能性を考慮し、策を講じてはいるし、フレイスリアの力が突出しているのも理解している。
しかし、自分の愛する妻が危険に晒されていることを心配するのとは、話が別だ。
――フレイ。頼むから無茶をしないでくれ。そして、どうか無事でいてくれ。
レオナルドは精鋭三十人弱を率いて先を行くキューイとシフに続き、フレイスリアの元へと馬を走らせるのだった。
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