第57話 私は魔物駆除中です
長らくお待たせしました。
再開です。
フレイスリアは領内をうろつく魔物を昂然と叩き潰していた。
彼女には護衛も兼ねて騎士をはじめ十数人が同行している。これはフレイスリアを心配したレオナルドの指示によるものだ。
フレイスリアの実力は彼もよく知るところであるが、それとこれとは別の話で、大切な妻を案じるのは当然のことだろう。なにせ自分は別件の処理にあたらなくてはならず、同行できないのだから、余計に気をもんだに違いない。
――『レオ様、心配無用です! 必ずや良い結果を持ち帰りますから!』
――『うん。別にそっちは心配していないのだけどね……』
当のフレイスリアは夫の心配など、どこ吹く風というように意気揚々と出発していった。
別に彼女はレオナルドの心遣いを無視したわけではない。ただ単純に気付かなかっただけである。
遠征に赴くフレイスリアの背を、寂しそうな目でレオナルドが見送っていたのは言うまでもないだろう。
そんな夫婦間の温度差は置いといて、件のフレイスリアはその凄まじい武力を遺憾なく発揮している。
今日の彼女はいつもと少し武装が違う。
普段なら全身鎧に巨大な戦鎚と大盾なのだが、今は急所と手足を守る装甲に両手にいつもよりも一回り小さい戦鎚を携え、大盾は背負っている。
装甲が薄い分だけ軽いので機動力を確保でき、二振りの戦鎚による怒涛の攻撃は強力無比であり、時折、背負った盾を利用した体当たりを繰り出すなど、まるで敵を寄せ付けない。
ちなみに二振りの戦鎚は小さいと言っても、大人の胴体が隠れる程の鎚頭を持つ程度には大きいので、その重量は尋常ではなく、装甲を薄くしているとはいえ、金属鎧を身に付け、背中には大盾を背負ったその総重量は、果たして如何程のものか。常人なら立つことさえ適わないだろう。
それほどまでの質量を振るうのだから、当然のごとく彼女の戦い方はまさしく嵐の如くである。
振るった戦鎚が地面に衝突すれば、凄まじい衝撃力により地鳴りが起き、空を切れば、暴風が吹き荒れた。
だが、振るう本人は華奢な体躯の可憐な容姿、舞うたびに広がる白金糸の髪が陽の光を浴びてキラキラと光る様は、幻想的でもあり妖精のようにも思える。その厳つい装備と何もかも粉砕できそうな得物が無ければ。
フレイスリアに同行する者たちは一様に思った。見た目との差がありすぎる――と。
「よいっしょー!」
フレイスリアは何とも気の抜けるような緊張感の無い掛け声を発しながら、着々と魔物を駆除していく。
途中からは同行している者たちは、彼女の周りから離れている。
それでは護衛の意味が無いでは無いのか――と、問われそうだが、これについては兄に代わって同行しているクロードからの指示だ。というのも、彼自身もレオナルドから厳命されているだけ。『フレイの近くで戦うな』と。
確かにフレイスリアの戦いぶりを見れば、レオナルドがそう厳命した理由もわかるというもの。下手に護衛としての責務を果たそうとすれば、かえって彼女の足を引っ張ることとなる。
「本当に義姉上は規格外ですね」
ほぼ単独で苦も無く魔物の群れを成敗したフレイスリアの姿は、伝承にある戦乙女を思わせるように神々しい。手にする得物が、とんてもなく不釣り合いなことを除けば。
戦いを終えたフレイスリアが、義弟の姿を見つけて手を振る。それに敬愛半分、呆れ半分な言葉を漏らしながら、クロードは義姉に手を振り返した。
「きゅーい!」
「わふ! わふ!」
夜営の準備から締め出されたフレイスリアは、魔物の残骸を食い漁るキューイとシフの姿をぼんやりと見ていた。
彼女の目線の先にある光景は結構酷い有様であり、普通の令嬢であれば一発卒倒ものなのだろうが、そこは暴風令嬢の異名を取るだけあって、全く動じない。幼少期からの軍事教育に冒険者生活。しかも、扱う武器は相手を漏れなく無残な姿に変える代物なのだから、彼女にとっては見慣れている光景だ。
「義姉上、おひとつどうですか?」
「ありがとう、クロード。頂くわ」
クロードは何もすることが無く、ただただ呆然としていたフレイスリアに温かい紅茶と薄紫色の四角い食べ物を渡す。
初めて目にする不思議な食べ物を、フレイスリアは小首を傾げて眺める。
香りはほんのり甘いような気がする。触った感触は弾力があって柔らかい。
あらかた観察し終えたフレイスリアは、その謎物体にかぶりついた。
口の中に広がる優しい甘さと爽やかな酸味に、鼻腔をベリー系の良い香りが抜けていく。
フレイスリアは初めて食べる美味なものに瞳を輝かせながら、これを自分に渡したクロードに顔を向ける。
その顔には『これは何?』と、書かれているかのようで、クロードは思わず小さく笑った。
「これは試作段階でまだ名前は無いんです。こういった遠征では娯楽が無いので、精神的に厳しいことが多いですよね?」
「そうね」
「そこで少しでも和らげる効果と、糖分の簡易的で十分な補給を目的とした保存食を開発中なのです」
クロードの研究に大いに感銘を受けたフレイスリアは、感嘆の声とともに彼に拍手を送る。
実際、フレイスリア自身も遠征の時には、無性に甘い物が欲しくなることが何度もあった。それは決まって心身に負荷がかかった時であるため、それを和らげることができれば、従事する者たちへの良い効果が期待できる。
「クロード、素晴らしいわ! 常々、こういうものが欲しいと思っていたの!」
フレイスリアは純粋な瞳を向けながら、クロードに称賛を送ると、残っていた名前の無いお菓子の残りに噛り付いた。
対してクロードは目元を手で覆ってそっぽを向く。顔の隠れていない部分が、赤いことから照れているのが窺い知れる。
クロードは大きく息を吐くと、フレイスリアに向き直る。
「義姉上、お聞きしたいことがあります」
「なにかしら?」
「兄上のどこを好きになったのですか?」
フレイスリアは唐突なクロードからの問いかけに目を瞬かせた後、柔らかく微笑んだ。
「私をいつも見守っていてくれて、我が身を顧みずに駆けつけてくれるところかしら。私は脳筋だから、護衛も何も必要ないでしょ? だから、レオ様が私を気に掛ける必要も、まして御身を危険に晒す必要なんてないのに」
少し間が空いてから、「それでも、私の身を案じて来てくれるの」と、フレイスリアは続けた。
その声音はとても穏やかで落ち着いていながら、熱を感じさせるのは想いの深さ故か、はたまた彼女が頬を薄らと紅く染めていた故か。
ともかくクロードは、「そうですか」とだけしか返すことができなかった。
それはそうだろう。これだけのものを見せつけられては、他人が入り込む余地などない。
クロードは安堵しながらも、ちょっと残念なような寂しいような思いを抱いた。
「きゅーい!」
「わふ!」
「二人とも、もう満足したの?」
クロードとの会話がちょうど終わったところに、食事を終えたキューイとシフがフレイスリアの元に戻って来て彼女に甘える。
フレイスリアはそんなキューイとシフを優しく撫でて甘やかした。
夜の帳が下り、見張り番の者以外が寝静まった頃、フレイスリアは異様な気配を感じて自分のテントから出ると、異変が起きていることがわかった。
本来なら周囲を警戒しているはずの見張り番が、全員地面に倒れ伏しているのだ。ざっと見たところ外傷は無く、呼吸もしっかりしている。傍目から見れば、単に寝ているだけだが、試しに声をかけて揺すっても目を覚ます気配が無い。
――何かの襲撃かしらね。
フレイスリアはこの状況から、自分たちが何者かからの襲撃を受けていると判断し、すぐにクロードの元へと急いだ。
今回の遠征で中核を担っているのはフレイスリアとクロードだ。しかも、奇襲で狙うのであれば大将首というのは定石である。
フレイスリアがテントの中に入ると、クロードは朦朧としながらも何とか表に出ようとしているところだった。
「クロード!」
「義姉上……」
「動かなくていいわ。シフ、クロードを背負ってレオ様の所へ。きっとこちらに向かっているはずだから。キューイ、念のためについていってあげて」
「義姉上、危険です」
「平気よ。心配しないで」
最後まで納得できないという顔をしていたクロードだったが、満足に体を動かすこともできず、シフの背に乗せられて夜営地を発った。
残った一人まともに動けるフレイスリアはというと、気を失っている者たちを守るため、姿を現した襲撃者と対峙する。
「ケガをしたくなければ、退くことをお勧めするわよ」
フレイスリアは一応警告する。
しかし、当然の如く彼らに耳を貸す様子は無い。
フレイスリアは武器を握る手に力を込めると、敵中へと駆け出した。
しばらくして、フレイスリアたちの夜営地から、程近い場所に停められている馬車の周りに人が集まっていた。
彼らは馬車の扉を開けると、丁重に一人の女性を座席に寝かせる。
それは後ろ手に縛られたフレイスリアだった。
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