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第54話 私は合同軍事演習に行きます

 フレイスリアがレオナルドと結婚式を挙げ、正式に夫婦となってしばらく経ったある日のこと。

 レイクイン大公家にアスタリオとプロキオンとが行う『合同軍事演習』が可決されたと、王家から来た使者によって伝えられた。

 演習の実施場所はメルフスタンとヌフダントという二つの国の、ちょうど中間地付近の国境沿いになるので、アスタリオからはかなりの距離があるが、この話を聞いたフレイスリアが興味を抱かないわけが無い。

 合同軍事演習と聞いて、フレイスリアは瞳を輝かせる。


「レオ様、私も行きたいです!」

「うん。わかってたけどね。でも、遠いよ?」

「勿論です! 何も問題ありません!」

「いいよ。一緒に行こう」

「ありがとうございます!」


 自分の問いに即答したフレイスリアに、少しの呆れと多分な愛しさを含んだ微笑みでレオナルドが承諾する。

 その言葉を聞いたフレイスリアは勢いよく立ち上がると、何も無い所に何度も拳を突き出した。

 レオナルドは元よりフレイスリアが同行を願い出ると予測していたし、彼女を置いて行く気も無かった。以前、聖地巡礼の際にその行動力を思い知ったからだ。

 それに夫婦になって一緒に過ごす時間が増えたとはいえ、愛する妻と離れている時間は無い方が良い。目的が演習という華やかさの欠片も無いものではあるが、これも一つの旅行みたいなものだ。

 それはどうやらレオナルドだけが思っていたわけではないようで――


「ふふっ。大所帯ですけど、何だか旅行みたいですね」


 拳を突き出すのをやめたフレイスリアが、頬を染めてはにかみながらそんなことを言うものだから、彼女への愛しさを抑えきれなくなったレオナルドによって、口付けの嵐を降らされたフレイスリアなのであった。



 演習予定地に到着したフレイスリアは吹き抜ける風に目を細める。

 背丈の低い青々とした草が一面に広がる大草原は、吹き抜ける風に揺らされて波打つようにさざめいている。少し離れた場所には小高い丘がいくつかあり、布陣位置で地利の差が出ることを考慮し、地形的条件などを変えて数種類の想定で行われる。


 しかし、それは明後日以降の話であって、到着したばかりですぐに始めるということは無い。


 今回の二か国合同演習は、友好関係にある両国間の繋がりを更に強める目的もある。

 そのため、初日の今日は野営地にて演習会場とは思えない程に豪勢な食事が並び、それを所属に関係なく一緒に卓を囲む予定となっている。

 野営の準備も終わっていないが、さすがのフレイスリアも、ここで自分が手を出しては周りに気を遣わせてしまうことはわかっているため、まだ日は高いので、暇潰しに野営地の周りを散策することにした。


 ――護衛は必要無いから、私だけでいいんだけどな。


 散策に出たフレイスリアに付き従って三人の護衛が五歩と離れない位置を保っている。

 少し前なら面と向かって護衛に下がるように言うか、自身の能力を生かして振り切っていたことだろう。だが、今は立場がある。アスタリオ王家を支える筆頭のレイクイン大公家次期当主の妻となったのだから、自分勝手な行動は厳に慎まなければならない。


 それにまた“お仕置き”は避けたいというのが、フレイスリアの本音だ。


 正体を隠して聖地巡礼に付いていった時の負傷が癒え、結婚式を挙げた後、当時のことを蒸し返され、フレイスリアはしこたまレオナルドからお仕置きと称した自分への愛を教え込まれた。

 決して苦痛は無いし、嫌でも無いのだが、物凄く恥ずかしいので勘弁してほしい。


 ――でも、慣れたら恥ずかしさも無くなるかな?


 フレイスリアの脳裏に一瞬そんな考えが過ぎったが、そんなわけ無い――と、すぐに頭を振って霧散させた。

 すると、突然、フレイスリアの視界が闇に覆われた。

 フレイスリアは顔に触れる感触から手で目隠しされているのだと察し、自分にこんなことをする人の名を呼ぶ。


「レオ様ですね」

「当たり」


 目隠しをしていたレオナルドの手がそのまま下へ向かい、肩に回されて抱き込まれる形になった。

 近くには護衛しかいないとはいえ、見られていると思うとフレイスリアは恥ずかしさに薄く頬を染める。


「あの、レオ様……恥ずかしいです」

「うん。でもダメだよ。私に黙って出歩いて。これは“お仕置き”だ」


 言葉とは裏腹にレオナルドの声音はどこまでも甘い。

 フレイスリアは耳元で囁かれ、レオナルドの吐息が耳にかかり、くすぐったさと恥ずかしさで増々、顔が赤くなっていく。

 戦場では先頭に立って勇ましく、常に冷静さを保つフレイスリアなのだが、こういう類については未だに慣れないでいた。

 フレイスリアのイメージとはかけ離れた姿に、レオナルドは彼女への愛しさが加速してしまうため、フレイスリアは嬉しくも翻弄されている。


「耳まで赤くして可愛い」

「あ、あの、アス兄様はそろそろアナスタシア殿下とお会いできた頃でしょうか?」


 フレイスリアはこのままでは自分の身が持たないと感じ、苦し紛れに何とか興味を逸らそうとする。


「そうだね。野営が終わるころには、こっちと合流できるんじゃないかな」


 フレイスリアの兄であるアーサーは、プロキオンの王女であるアナスタシアと婚約し、アナスタシアがリーシュベルト公爵家に嫁いでくる予定となっている。それと今回の演習は関係ないのだが、演習の話を聞きつけたアナスタシアが演習予定地に出向くことになり、婚約者のアーサーが急遽、護衛も兼ねて迎えに行くこととなった。

 軍事に優れたリーシュベルト家の長子にして、フレイスリアの兄だけあってアーサー自身の武勇も凄まじく、彼が率いる兵もまた精強であるため、王女の護衛としては申し分ない。


「フレイ心配?」

「いえ、お兄様と精鋭が付いていますので」

「そうだよね。だからさ――」


 レオナルドがそこまで言ってわざとらしく言葉を切る。

 フレイスリアがそれに対して恐る恐る顔を向ければ、そこには不敵に笑うレオナルドの顔があった。


「こっちはこっちで楽しもうよ」


 それもうなんか悪役のセリフ――なんてことを思ったフレイスリアは、この先もレオナルドには敵わないのだろうなと半ば諦め気味に悟るのだった。

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