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第53話 私は大公家に伺います

 聖女の治療を終えたフレイスリアはレオナルドに誘われ、王城にある庭園へと来ていた。

 王弟であるレイクイン大公の子であるレオナルドは、臣籍王族なので出入りができる。フレイスリアも独りでは入れないが、婚約者であるため、レオナルドと一緒に入ることが許されている。

 様々な花が咲き誇り、吹き抜ける風に花弁を揺らせば、運ばれてきた芳しい香りが鼻腔をくすぐり、フレイスリアの表情が自然と緩む。


「とても良い香り。あっ、レオ様見てください。ユリがありますよ!」

「そうだよ。ここには色々な――」

「きれい……良い匂い」


 フレイスリアは話しかけておきながら、レオナルドの言葉を待たずにお目当ての花に駆け寄り、顔を近づけて笑みを浮かべている。

 半ば放っておかれたような形になったレオナルドだが、この程度のことで機嫌を悪くすることは無い。むしろ、彼女のそういうところも気に入っているのだから。


 レオナルドはゆっくりと歩く。フレイスリアが花を楽しむ時間を十分に取れるように。

 フレイスリアはレオナルドが近くに来たことに気付き、花から顔を離して立ち上がると、彼の方へと振り返って申し訳なさと気恥ずかしさの入り混じった微笑みを向ける。


「レオ様、申し訳ありません」

「フレイ、気にしなくていい。それよりも聞いてほしいことがある」


 それまで浮かべていた甘い表情から一転、レオナルドは真剣な面持ちでフレイスリアを見る。

 フレイスリアも同じく表情を引き締めてレオナルドに向き合う。


「この前のことだ。君をあのような目に遭わせてしまってすまなかった」

「レオ様、そのことでしたら気にしないでください。私自身の勝手な行動が原因でもあるのですから……それはともかく、私からもいいですか!?」

「何かな?」

「今度からは臣下のためとはいえ、あのようにご自身の命を粗末にするようなことはお止め下さい」

「……フレイ、そこは訂正させてくれ」

「何ですか?」

「臣下だからではない。私はフレイだからあの時、自分の命と引き換えにしてもいいと思えたのだ」

「はい? えっ?」

「私にとってフレイは臣下などではない。自分の命を懸けるに足る人なのだ。だから――」


 レオナルドは徐にフレイスリアの額に口付けを落とし、「だから、私の妻となってほしい」と伝える。

 突然のことに言葉が出ないフレイスリアは、はくはくと口を開け閉めしながらも何度も頷いて承諾の意を返す。

 レオナルドはそんな彼女の姿が愛しくて堪らず、フレイスリアの唇に自身の唇を重ねたのだった。



 後日、完全に復調したフレイスリアは自分の体の中に取り込んだ新たな力を、自在に扱えるように鍛錬に励んでいた。

 黒竜の異相力は凄まじく、元々人より秀でていた彼女の力を更なる高みへと導いた。今日も彼女は朝から内なる力に磨きをかける。そのおかげで邸にある訓練場はぼこぼこだ。


「相変わらず規格外ですね」

「何だか更に拍車がかかったように思えます」

「二人の感想は間違いじゃないよ」


 鍛錬に励むフレイスリアから、天を衝くような気が立ち昇っているかのように錯覚したルイスとネミアが、思わず感嘆の言葉を漏らし、フレイスリアの専属侍女であるリザがそれを肯定する。

 リザの腕の中で大人しくしているキューイは、フレイスリアが力を放つたびに嬉しそうな鳴き声が上げ、脇で行儀よく座って待つシフも元気良く尻尾を振っていた。


 ちなみに今日は家族揃ってレイクイン大公家へ訪問する予定が入っている。

 そんなことはお構いなしの娘に、母のレイチェルが頭痛を覚えたのは言うまでもない。



 リーシュベルト公爵家の三人はレイクイン大公邸の賓客室にて、レイクイン大公夫妻とその嫡男であるレオナルドと対面していた。

 今日の集まりはもちろん、フレイスリアとレオナルドの結婚に関することだ。

 当人同士は事前にお互いの胸の内を確認している。

 グランバルドとレイチェルも娘の意思を尊重し、レオナルドも娘と同じだと知っているので、リーシュベルト公爵家側はこの結婚に反対する理由が無い。

 しかしながら、レイクイン大公家側はそうでもないようで、婚約者の同行を止めなかったばかりか、それを知っていて危険に晒し、怪我まで負わせたとあってはおいそれと承諾するわけにはいかない。

 怪我をさせたのだから責任を取る――というのも一つの考えだが、リーシュベルト公爵家は軍事に秀でた家柄で、娘のフレイスリアも幼少期から訓練で過酷な環境に身を置いていたことを知っている。だからこそ、負傷云々がこの婚約に及ぼす影響は限りなく小さいことはわかっていた。婚約の段階で両家の間で合意が取れているからだ。


 では、何が問題なのか。

 それは偏に自身の息子の不甲斐なさであり、もしかすると、フレイスリアが自分を守れなかったレオナルドに愛想を尽かしたのではないかと、大公が懸念したが故だった。

 やや張り詰めた空気の漂う中で、最初に切り出したのはレイクイン大公だ。


「フレイスリア嬢、今一度問いたい。私の愚息と一緒になる気持ちに変わりは無いか?」

「はい。一時は解消も考えましたが、今ではすっかり体も癒えましたので、大公閣下と大公婦人がこんな私でもよろしければ、レオナルド殿下と添い遂げたいと思っています。何より殿下には私の全てを知られてしまっていますので」


 フレイスリアの言葉で部屋の温度が一気に下がる。

 レイクイン大公夫妻が自分たちの子であるレオナルドを見遣るその目には、絶対零度の冷たさを感じさせるものがある。対して公爵夫妻は娘のとんでもない発言に、表情こそ変えずに保てているが、動揺から何も言葉が出ない。


「フレイスリア嬢、その、なんだ。『全てを知られている』とは、いったいどういうことかな?(まさか男女の仲にというわけではあるまいな)」

「はい。言葉どおりの意味です(冒険者フィリアの正体を知られてしまったし)」


 途端に大公は眉間に手を当てて顔を顰め、婦人に至っては微笑みを浮かべる顔が引き攣っている。ちなみにグランバルドとレイチェルはフレイスリアの後ろで、「いつの間にそんなに進展していたの?」「わからん」なんて会話をしているが、当のフレイスリアには何のことかさっぱりわからない。

 なお、今この場で最も顔色が悪いのは、勿論のことレオナルドである。


 部屋の空気が変わったことを感じ取ったフレイスリアだったが、その原因がわからず小首を傾げながらレオナルドに目を向けると、俄かに彼と視線が交錯する。

 フレイスリアは自分の発言を思い出し、気恥ずかしさから薄っすらと頬を染めて微笑めば、それにレオナルドも笑んでくれた。ただ、何となくぎこちないような笑みだったが。


 その後、フレイスリアが投下した爆弾により、レオナルドに多大な被害が及んだことは言うまでもない。

ご覧頂いている皆様、ブクマ登録・評価などをして下さる皆様のおかげで意欲が保てています。

誠にありがとうございます。

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