第51話 私は聖女様のお力で完治しました
サブタイトルは最後の最後で僅かに出て来ます。(苦笑)
フレイスリアとレオナルドは奥の間へと、グリンに案内されていた。
あの後、追撃しようと迫るフレイスリアに気付いたグリンが二人に悪ふざけが過ぎたと謝罪した。実際、レオナルドが持っていた短剣は、彼がフレイスリアの元に通される際、持っていた武器と引き換えに渡された物で、その脆い刀身は少し力が加わると、崩壊するようにできていた。
ちなみに鞘が刀身を守っていたのだが、抜身状態の短剣をフレイスリアが叩き落したので、既に刀身は粉々になっており、それを見た二人は呆気に取られて短い声を漏らした。
『ちょっとした意趣返しさ』
何故、こんなことをしたのかとグリンに問えば、そんな言葉が返って来た。
その顔から後悔の色が窺える。きっと、自分たちの王を止められなかったこと、王を止めてくれたこと、自分たちの失態の尻拭いをしてくれたことは感謝すべきだけど、やはり、王を殺されたことに複雑な思いなのだろう。
散々な目に遭わされた二人だったが、とりあえずはグリンの謝罪を受け入れた。
その後、グリンがどうしても食い下がるので、彼の願いを聞き入れて奥の間へと来た次第だ。
そこは岩肌を削って作られたとは思えない程に環境が整えられている。
部屋の温度は丁度良く、空気は程よい湿り気を帯び淀みも無い。
天井は岩の隙間から陽の光が差し込んでいて、何とも幻想的な光景だ。
その部屋の奥に楕円形の丸い何かが鎮座している。
よく見るまでも無く、それは大きな卵だ。実にフレイスリアの背丈の半分くらいはある。
竜たちが住まう地の奥、しかも、こんな荘厳な部屋に安置されているのだから、それが重要なものだということがわかる。
とすると――
「王が遺した卵だ」
聞くまでもなく、グリンが教えてくれた。
フレイスリアは自分の考えが会っていたことがわかると、そのまま思考を延ばしていく。
竜は鱗のある大きな爬虫類のような見た目こそしているので、見た目どおり胎生ではなく、卵生だったのか、とか。ここに一つしか無いということは、一回の産卵で一つしか産まないのか、とか。これだけ大きな卵で目玉焼きを作ったら、それだけでお腹いっぱいになりそうだな、とか。
それはもう、果てしなくどうでもよいことばかりだ。
フレイスリアが思考を宙へと彷徨わせていることに気付きながらも、特に困ることは無いのでそのままにしているレオナルド。そして、そんな彼女に気付かないグリンは、「もう孵ってもいいだんが」と続ける。
その時、突然、卵が小刻みに震えだした。
予想外の事態に短く吃驚した二人は食い入るように卵を見つめる。ちなみにフレイスリアの思考は、まだこちらに帰ってきていない。
「きゅーい!」
震えていた卵に亀裂が走った刹那、盛大に卵の殻を破って幼竜がその姿を見せた。
生まれたばかりの幼竜の体にまだ鱗こそ無いが、その姿形は竜であることを疑う余地の無いものだった。
フレイスリアは幼竜が上げた産声に我に返って視線を向けると、彼女と幼竜の視線が交錯する。
まるでそれが合図であったかのように、幼竜が小さな翼をはばたかせ、フレイスリアへと飛翔するが、生まれたばかりではうまく飛ぶことができず、彼女に届く前に傾いて墜ちそうになった。
それを見ていたフレイスリアが咄嗟に幼竜を受け止める。
フレイスリアに抱き留められた竜の幼子は縋るように、彼女の胸に頭を擦り付ける。まるで、今はもういない母の温もりを求めるかのように。
「きっと、貴殿の中にある王の気配を感じているのだと思う」
フレイスリアが首を傾げて幼竜が自分に懐く理由を考えていると、グリンがその理由を教えてくれた。
ちなみにレオナルドがとても羨ましそうな目で、フレイスリアの胸に抱かれる幼竜を見ていたが、そんなことには気付かないフレイスリアなのであった。
フレイスリアは自身から離れない幼竜を連れて帰ることにした。グリンも最初は渋っていたが、離れようとしないのでは仕方ないと、已むに已まれぬ様子だった。
それでも、蒼龍スカームが近寄ると、幼竜も顔を近づけ、お互いの顔を擦り合わせたので、別にここが嫌なわけではないのだろう。今は生まれたばかりで、親の気配がするフレイスリアの傍にいたいというだけのことであり、きっと、年が経って親離れの時になれば、ここに戻ってくるはずだ。
――この子は私が立派に育てて見せる!
フレイスリアはスカームと顔を擦り合わせる自分の腕の中の幼竜が、自分の元から旅立つその時まで家族として守ると決意した。
――でも、竜って何を食べるんだろう? お肉とかでいいのかな?
しかし、早くも育成計画に暗雲が立ち込めようとしていた。
フレイスリアは幼竜に『キューイ』と名付けた。この子の鳴き声から取ったわけで、何とも安直だが、満面の笑みを浮かべながらキューイと呼ぶフレイスリアと、彼女からもらった名前が気に入ったのか、幼竜が嬉しそうに鳴いて彼女に頭を擦り付けているので、微妙な顔をしたレオナルドとグリンは名前について言いたいことを飲み込んだ。
集落の入口まで案内されたフレイスリアの姿を見つけたリザが彼女に駆け寄ると、そのまま抱き着いて安堵の声を漏らす。
フレイスリアは普段の冷静沈着な彼女からは想像も付かない行動に、どれだけの心配をかけたのかを実感して申し訳なく思った。
視線を上げると、その先にはこちらも眦に涙を溜め、顔を歪めているクラウディアの姿があり、数年来の友人にも要らぬ心配をかけたことを痛感するが、フレイスリアの視線に気付いたクラウディアは彼女の心境に気付いたのだろう、穏やかに微笑んで静かに頷いた。
フレイスリアが自分に縋りつくリザの背中を摩って宥めると、落ち着きを取り戻したのか名残惜しそうにしながらも、リザが体を離した。
「お嬢様、ご無事でなによりです……って、何ですか? この小さい竜は?」
――あっ、やっと気づいたのね。
リザは体を離し、フレイスリアの全身を視界に収めて、初めて彼女の肩にいるキューイの存在に気付いた。
リザはフレイスリアの事になると視野が狭まる。そんな彼女にこれまでの事を説明しようとすると、いきなりグリンが近寄って来ると、リザに向かって跪いた。
「結婚してくれ!」
グリンから脈絡もなく、放たれた言葉に一同は面喰って言葉を失ったが、一足早く立ち直ったリザが、「はっ?」と、心底冷たい声で返していた。
最後の最後でとんでもない障害が現れた聖地巡礼を終え、一行は無事に王都へと帰還を果たした。
途中途中でクラウディアがフレイスリアの体の痣を消そうと頑張るが、完全に消し去ることはできなかった。それでも、だいぶ薄くなってはいる。
そんな状態で帰ったものだから、フレイスリアの痛ましい姿を目にしたグランバルドが卒倒した。アーサーもテオドールもあたふたしている。
リーシュベルト家の情けない男勢とは対照的に女勢は然程動じない。
サリーシャとルーシィは体調を気遣いながらも、大好きな姉が帰って来たことを喜び、早速、彼女に甘える。
レイチェルは簡単なあらましを聞き、自分の身を呈して大切な者を守った娘を褒めた。
フレイスリアは外で今ではすっかり大きくなったシフが、新参のキューイを警戒しているのが見えたので、シフを宥めるとキューイがフレイスリアの肩に乗る。
シフがそれを見てショックを受けたように項垂れた。
「別にシフを嫌いになったわけじゃないわ」
フレイスリアが項垂れるシフの頭を撫でながら、そんな言葉をかければ尻尾を振ってシフが元気を取り戻した。
「本当に……よく無事に帰って来てくれたわ」
娘の背中を見ながら嗚咽を堪えるレイチェルからは、安堵の声が漏れたのだった。
翌日、レオナルドがリーシュベルト家を訪ねてきた。
賓客用の応接室に通されたレオナルドの対面にあるソファには、真ん中にフレイスリアが座り、両脇を父と母が固めている。おかげで広いソファが心持ち狭く感じる。
何とも重苦しい空気が室内に漂う中、レオナルドが切り出した。
「フレイの身を危険に晒し、傷を負わせたこと誠に申し訳ございませんでした」
「殿下、そのように頭を下げる必要はありません。この子が勝手に付いていったのです。それに無事に戻ってきましたし」
グランバルドは頭を下げるレオナルドに恐縮したような言葉をかけるが、謝意を受け取るとは言っていないし、その声音は抑揚が無く兵站であり、尚且つ、冷え切ったその表情は妻のレイチェルともども大公家次期当主に向けていいものではない。
つまり、言葉では取り繕っても、内心は怒りが煮え滾っているということだろう。
グランバルドはそれを裏付けるかのように一段低くした声音で、「ただ――」と続ける。
「娘はこのような傷を負ってしまい表に立つことは難しいでしょう。レイクイン大公家を支えることは困難だと考えます。よって、殿下とフレイスリアの婚約を解消――」
「その必要は無い。いや、認められん。私はフレイを愛している」
「――っ! どの口が――」
「おっと、これは間に合ったのかな?」
応接室の扉が勢いよく開き、銀髪の男性と薄っすらと赤みが差した金髪の女性が入ってきた。男性の顔の造形はレオナルドに似ている。
「レイクイン大公殿下」
入ってきたのはレオナルドの両親、レイクイン大公夫妻であるルーカスとレフィーナだった。
場の剣呑な空気をものともせず、途中参戦してきたルーカスが息子の援護を開始する。
「グランバルド殿、色々と言いたいことはあると思うが、私としてもこの愚息の伴侶はフレイスリア嬢以外、務まらないと思っている。他に魅力十分な令嬢がいたにも関わらず、幼い頃からの恋情に向かって突っ走ってきたのだ」
ルーカスは自分の息子を一瞥し、すぐに視線をグランバルドたちへと戻す。
「我が家とリーシュベルト家は武門ということで相性も良い。領地も接していることだしな。だが、そんなのは建前だ。私は自身の息子が心から愛している女性と添い遂げてほしいのだ」
「父上……」
いつになく熱の籠った父にレオナルドは目頭が熱くなる。
だが、ルーカスの言葉を聞いても、グランバルドの表情は硬いままだ。
それも当然だろう。
例えレオナルドに非が無かったとしても、可愛い娘が命の危険に晒され、大きな傷を負って帰って来たのだから。
けれども、娘の受けた痛みにそんな態度を取る父を和らげるのも、また娘だった。
「お父様、私の為にありがとうございます。でも、やっぱり私はレオ様と一緒にいたいです」
「フレイ……」
「レオ様が私を愛してくれているように、私もレオ様を愛しているのです」
「あなた……もういいでしょう」
フレイスリアはレオナルドを愛していることをはっきりと伝えた。
自身も負傷した直後は婚約を見直すべきと考えていたが、どうあってもレオナルドと離れたくないと思い、彼も同じ思いでいることに勇気をもらい、言葉にすることができた。
娘の強い意志を感じさせる言葉を聞き、レイチェルが夫を宥める。
先程までの緊張感に支配されていた空気が霧散しつつある中で、ルーカスが驚きの発言をする。
「そうそう。フレイスリア嬢の治療に聖女様が力を貸してくれるそうだよ」
まるで何でもないことのように告げられたその言葉に、時が凍り付いたかのように固まった後、邸内に驚愕の叫びが響き渡った。
そして、フレイスリアに残っていた痣は聖女の力によって、あっさりと消え去ったのだった。
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