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第48話 私は力足らずでした

 ”それ”は突然、フレイスリアたちの前に姿を現した。

 この世界の生態系の中で最上位に君臨する竜種の中でも、白銀竜と並び強大な力を有するとされる黒竜が、フレイスリアたちに向けて咆哮する。

 その巨体を宙に浮かせる翼を羽ばたく度に突風が吹き荒れ、森が波打ち、木々の葉とともに細い枝も風圧に負け、巻き上げられて飛んでいく。

 強烈な咆哮にはマナが混じり、その威容と相まって大半の者が気圧され、自身の意思に反して体が凍ったように固まって動けない。


 巨大な体躯を宙へと浮かせ、地上にある物を空へと巻き上げる突風を伴う羽ばたきを続けながら、黒竜はその双眸で目の前にいる小さき者たちを値踏みする。

 見積もりが終わったのか、小さい唸り声を上げながら、黒竜は高度を下げていく。


 そして、その巨大な体が地面に降り立った瞬間、最初に立ち向かったのはフレイスリアだ。


 懐に飛び込んだ彼女は手にした戦鎚を、黒竜の腹目掛けて右脇から一気に振り抜いた。

 強烈な衝突音が響き渡るが、音が凄まじいだけで黒竜の胴体に傷らしい傷は無い。

 それでも、諦めずフレイスリアは身を翻し、回転した勢いを利用して今度は左から一撃目を上回る威力の戦鎚を、先程と同じ個所に叩き込む。

 その瞬間、腹を覆っている鱗の一部が割れたのか、彼女の目の前を何かの飛沫が光を反射してキラキラと輝く。

 どうやら、腹の鱗は背中側よりも、多少柔いようだ。


 フレイスリアの連続攻撃には、さすがの巨体も揺らいだ。

 しかし、それも僅かに揺れた程度であったものの、生態系の最上位にいる黒竜のプライドを刺激するには十分だったのだろう。

 人の体と同等以上の大きさがある右前脚を上げると、フレイスリアに向かって振り下ろしてきた。

 あっちもやられるがままなわけが無いことを見越していたフレイスリアは、予備動作から仕掛けてくる攻撃を予測し、後方に退きながら反時計回りに回転して勢いをつける。

 そして、その勢いのまま振り下ろされた黒竜の前脚に、戦鎚を真上から叩きつけた。

 フレイスリアを捉えられなかった黒竜の前脚が地面と衝突した際に轟かせた地響きが止む間もなく、彼女の戦鎚が前脚を捉え、硬いものがひしゃげるような鈍い音が重なる。


 普通ならミンチになっていてもおかしくない一撃だが、そこは強大な竜種だけあって痛覚など無いかのように無反応だ。

 ただ、フレイスリアのことを目障りに思ったらしい。

 前脚に叩き込んだ一撃の反動を立て直す暇を彼女に与えず、首を下げて角を突き入れてきた。

 足で回避することが不可能と判断したフレイスリアが、衝撃を逃がすために後ろへと飛び退きつつ、咄嗟に背中に回していた大盾を構えると、硬質な衝突音とともに彼女の体が勢いよく後方へと飛んでいく。

 どれだけ異相力で体や武装を強化していようとも、圧倒的な質量差には敵わない。


 勿論、戦慣れしているフレイスリアにとって、そんなことは織り込み済みである。

 後方へと飛ばされた体が、地面と接触する瞬間、受け身を取って体を丸めつつ、バク転の要領で跳ね起き、体勢を整える。


「彼女を守れ! 一斉射撃!」


 フレイスリアが黒竜に視線を向けた直後、レオナルドの号令が下された。

 統制の取れた騎士たちのクロスボウによる掃射を受け、黒竜は傷こそ負わないものの何とも鬱陶しそうに目を細める。

 騎士たちの攻撃が止んだ瞬間、数人の冒険者がマナで形成した炎の槍を放った。

 炎の槍が黒竜の巨躯に当たって爆発するが、これも効果らしい効果は見えない。


 それでも、諦めずに騎士と冒険者たちは攻撃を繰り返し、レオナルドも彼らを鼓舞する。

 有効打を与えるための糸口を探るフレイスリアの元にリザが駆け付けた。


「おじょ……フィリア! 怪我はありませんか?」

「ええ、大丈夫よ。でも、困ったわね。打開策が浮かばないわ」


 二人が黒竜に目を向けると、断続的に攻撃が続けられている。

 相手もやられてばかりではいないので、自分に攻撃を続ける者たちに狙いを定め、前進しようとするが、それを前衛陣が抑えていた。


 攻撃自体はたいしたこと無いが、目の前をちょろちょろされるのが気に入らないらしく、黒竜の足は止まっている。

 ただ、あの強固な鱗をどうにかしなければこちらの攻撃は通らない。

 こちらの攻撃のほとんどが痛手にならない黒竜とは違い、こちらは相手の攻撃のどれもが一撃で戦闘不能に陥ってもおかしくないため、肉体的にも精神的にもきつい状況にある。


 注意深く黒竜の巨体を見るフレイスリアの目に、僅かに光の反射具合の違う箇所が見えた。

 彼女が連続で戦鎚を叩き込んだ部分だ。


「ライザ、もしもに備えて聖女様の近くにいて」

「しかし! ――」

「お願い」


 頭部を完全に覆う兜でフレイスリアの表情は見えなかったが、声音から真剣さが伝わったリザはそれ以上、何も言わずに彼女の言葉に従う。


 ――こちらに注意が向いていない今がチャンス!


 フレイスリアは大盾を背負い、戦鎚を地面に刺して両手を空ける。

 次に左半身の姿勢で両足を大きく開いて重心を落とし、右手を腰脇に置いて構えた。

 一つ大きく息を吐き、目を閉じて自身の内に意識を向けて異相力を練る。

 フレイスリアから伸びるエーテルが、黒竜の鱗にできたヒビまで一本の線となる。

 刹那、フレイスリアは開眼し、左足を踏みしめた。

 “ダイミサル”――通常は岩の破片を無数の弾丸として撃ち出すのだが、今回は岩の特大弾丸を単発で作り出す。


 特大岩石弾丸が自分の背後に浮き上がった直後、フレイスリアが右拳を突き出した。

 フォースとエーテルの複合技である不可視の弾丸がヒビの入った鱗に着弾し、間髪入れずに不可視の弾丸を追随する形で射出された岩石弾丸が同一箇所に襲い掛かる。


 鈍い音ともにはっきりとわかる程に鱗のヒビが大きくなった。

 自身の体に亀裂とも言えるだけの傷を負わされた黒竜がフレイスリアに顔を向けると、両前脚を交互に振り払いながら彼女に突進する。

 下手に動いて動線を乱し、余計な被害を出さないようにするため、フレイスリアはギリギリまで黒竜を引き付けると、大盾を構えながら横に跳んだ。


 直撃こそ避けられたが、前脚の振り払いを受け、その威力の大きさでうまく受け身が取れず、体を地面に叩きつけられた痛みで顔が歪む。

 その様子を見たクラウディアがすぐさま駆け寄り、オーラで回復してくれたのだが、それがまずかった。レオナルドたちを含めたほぼ全員が一ヶ所に集まってしまったのだ。


 自分の体に傷を負わせた相手と、傷を癒す力を持つ者、邪魔な連中が固まっていることを認識した黒竜は翼を羽ばたき宙へと舞い上がると、膨大なマナを収束させる。

 即座に危険を察知したフレイスリアは、背後のレオナルドたち守るため、異相力で巨大な岩の防壁を作り上げる。自身の前にも小さいながら岩の防壁を作り、戦鎚の異相形成を解除して大盾強化に集中させた。


 フレイスリアが大盾を地面に突き刺して構え直すと、僅かの間も置かず黒竜のブレスが彼女たちに向けて放たれた。

 黒い炎に見えるそれは純粋なマナの奔流であり、他の何物にも変換をしていないので僅かの損失も無く、あるがままの膨大なエネルギーがフレイスリアたちを襲う。

 彼女が作り出したレオナルドたちを守る頑強な岩の壁は、その前を守るフレイスリアによって受ける威力が半減されていることもあり、僅かの揺らぎも無い。


 しかし、フレイスリアが自身の正面に作り出した岩の壁は、既に粉砕され、彼女が構える大盾にその全質量が圧し掛かった。


 そもそも、人と竜では異相内包量が段違いだ。

 いくら彼女の力によって大盾が強化されていると雖も、その圧倒的な差の前に末端部分から、威力に負けて徐々に塵と化していく。

 しかも、炎のように見えるこの黒いブレスは、本物の炎とは違い外からの熱は感じないが、盾を形成する異相回路を通して自身の中へと侵食してくるような感覚があり、侵入を許した内側から焼けるような痛みがある。


 ――このままじゃ……エーテルのラインはまだ繋がっている。それなら一か八か。


 このままでは、いずれその膨大な質量差の前に屈する未来しか無いと察したフレイスリアは賭けに出た。


 ブレスの範囲外にいる面々が、飛び道具で攻撃を続けているが、全く効果が無い。

 主力勢がブレス攻撃に晒されている現状、黒竜の強固な鱗を一から破る策は無いが、それを抜かないことには決定打は与えられない。

 ならば、先の攻撃で亀裂を入れた箇所に、更に強力な攻撃を叩き込むほかない。

 だが、この強力なブレスの中を進めば、岩石の弾丸は目標に到達する前に形が無くなってしまうだろう。形が残っていたとしても、期待した効果は見込めない。


 つまり、別の方向からブレスを掻い潜って攻撃を叩き込まなくてはならない。

 幸いにも、黒竜はブレスを放つことに集中しているためか、他に注意を向ける気が無いようだ。


 フレイスリアの得意とする属性は地だ。

 大地に干渉し、地に足がついている時、その力は最大限発揮される。

 フレイスリアが先に放った岩の弾丸も大地から離れているため、本来であればその威力は大きく減衰するところであるが、彼女はエーテルを駆使して大地と見えない繋がりを作り、その威力を損なわず、また、対象に向けて的確に放つことができた。

 更に彼女が繋いだエーテルの軌道は、まだ維持されている。


 フレイスリアは自身の防御に回す異相力を最低限に絞ると、右の拳を地面に突き入れた。

 黒竜の真下の地面から巨大な岩の杭が出現し、目標へと一瞬で突き刺さる。

 強固な鱗も亀裂が入っていては、その威力に耐えられずに砕け散り、岩の杭に貫かれた黒竜は脱力してそのまま杭に身を預けた。

 この瞬間、黒竜の討伐は成ったのだ。


 しかし、代償も大きかった。


 自身の防御を最低限にした結果、岩の大盾はブレスに耐えられずに砕け散り、素体となった盾は原形を留めない程に熔解していた。

 そして、ブレスをその身に受けたフレイスリアは、自身が作り出したレオナルドたちを守るための岩の壁とブレスに挟まれることとなり、彼女が身に付けていた鎧も大半が熔け落ちた。


 フレイスリアが生み出した黒竜を仕留めるための岩の杭も、レオナルドたちを守るための岩の壁も消え去る。

 それは彼女が異相を維持できなくなったことの証――


「フレイ!」

「お嬢様!」


 岩の壁が消え、視界が開けたレオナルドの目に飛び込んできたのは、絶命して大地へと墜落する黒竜と、力尽き崩れるように倒れゆくフレイスリアの姿だった。

ご覧いただき、ありがとうございます。

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