第47話 私はお忍びで同行します
フレイスリアは冒険者フィリアに扮し、ある一団と行動を共にしていた。
その傍らには、同じく冒険者ライザに扮したリザの姿もある。
二人が行動を共にする一団は、アスタリオの聖女として見出されたクラウディアの聖地巡礼に同行する旅団だ。
この旅団の構成員は、彼女の身の回りの世話や護衛を任務としており、その護衛を担う役割の指揮官にレオナルドが指名されていた。
「レオ様、私も聖地巡礼に同行したいです!」
その事を知ったフレイスリアは当然、彼に同行を願い出た。
クラウディアとはレーヴェリアンの婚約者候補だった時から仲が良く、最近はフレイスリアの弟であるテオドールと婚約の話が出るほどに懇意にしていることもあって、顔を合わせる機会も増えたことが手伝い、フレイスリアとクラウディアの仲は更に進展していた。
それだけに日頃から大変な聖女修行に励む、彼女のことが気掛かりであり、今回の聖地巡礼も無理をしがちな彼女のことを心配していた。
ただ、それ以上に、婚約してからこれまで仲睦まじくしていたとはいえ、婚約から数ヶ月で愛するレオナルドと離れるのが嫌だったというのが大きいだろう。
「いくらフレイの頼みでも、こればかりはダメだ」
しかしながら、大好きな妻が無鉄砲で暴走しがちなことを知っているレオナルドは、窘めるようにフレイスリアに自分の帰りを待つように言い聞かせる。
普通の貴族の令嬢ならば、これで解決なのだが、そこはやはりフレイスリアと言ったところか、素直に引き下がるわけがない。
表向きは未来の夫となる彼の言葉を聞いた素振りを見せ、裏ではギルドに依頼の来ていた聖女の聖地巡礼護衛をフィリアとして受け、何食わぬ顔でレオナルドたちに同行していた。
王都の外門前で依頼を受けた冒険者たちとの顔合わせの場にフレイスリアの姿を見つけたレオナルドは、思わず天を仰ぎそうになるが、何とか堪えて平静を保つ。
そして、自分の思慮の甘さを後悔し、過去に幾度となく思い知らされたフレイスリアの行動力を、改めて思い知らされた。
ちなみにレオナルドはフレイスリアとフィリア(おまけにリザとライザも)が、同一人物なのを知っている。知ってはいるが、フレイスリアにその事を伝えてはいない。
この場で牽制しようかとも考えはしたが、活発な彼女のガス抜きをする環境を奪うことは得策ではないのでやめた。
結果として、この時のレオナルドの判断が旅団の窮地を救うことになる。大きな痛みとともに――
同行するフレイスリアはいつもと同じく岩のようなフルプレートアーマーを装着している。
これは彼女独自の異相“ガイメル”で作り上げたものだが、今回は二ヶ月弱の長丁場となるので一から十までを異相で形成するのではなく、下地になる鎧を身に付けている。
武器についても同じで、固有異相の“アルムカヌス”で消費する異相力を軽減するため、戦鎚の芯になる金属の棒を携帯している。
ちなみにこの金属の棒はめちゃくちゃ硬い。それこそ、生半可な敵ならこれだけで殴り倒せるほどに。
そんな長期戦仕様のフレイスリアは、ガイメルを解除しても身に付けている顔を含めた全身を隠す軽量鎧のおかげで、傍目には彼女だと気付かれることは無い。
フレイスリアは兜のバイザーをずらして口元だけ開けると、露店で買った肉の串焼きを頬張る。
肉汁滴る串焼きの食欲をそそる香りに惹かれ、堪らずに購入した次第だ。
旅団は今日の宿泊予定地に恙無く到着していた。
あともう少しすれば空は夕焼けに染まり始める頃合いであり、明日の合流時間までは自由行動となっている。
フレイスリアの横には、当然リザの姿がある。
今日の宿を決めた二人は、夕飯の時間までの間、街中の散策に出ていた。
クラウディアたちは聖地巡礼を行う聖女が利用する施設に行ってしまっており、明日まで顔を合わせることは基本的に無い。
自分の正体を知られるわけにはいかないので、最低限しか接点を持てていないのは残念だが、聖女としての凛々しいクラウディアの姿を見られることができて、フレイスリアはそれだけでもついてきて良かったと思っていた。
無論、レオナルドが無事で立派に職務にあたる姿も、彼女にとっては嬉しい限りだ。
「おじょ……フィリア、あまり食べると、夕飯が辛くなりますよ?」
「…………それもそうね」
リザの忠告に三本目の串焼きを頬張り、しっかりと咀嚼して飲み込んだフレイスリアが同意を返すが、彼女がこれまで食べた量は明らかに普通の令嬢の許容量を遥かに超えている。
実際、リザは同じ串焼き一本でかなりお腹が膨れたぐらいだ。
それをフレイスリアは平然と三本も平らげたのだから、リザが心配するのも無理はない。
それでも、今のフレイスリアにとってこの量は少し物足りない。
というのも、彼女はここに至るまでずっと異相を展開しているので、相当量の力を消費している。加えて道中の障害を積極的に排除してきたので、余計に空腹感に見舞われていた。
レオナルドの指揮下にある聖女の周りを固める護衛騎士たちは、基本的に聖女の周りを離れることは無い。
まず手始めに事に当たるのは、依頼を受けて同行する冒険者たちの役割なのだ。
そのため、フレイスリアは率先して邪魔ものどもを排除していった。
他の冒険者も“テンペスト”の異名を持つ彼女の戦いぶりを目の当たりにし、フレイスリアの邪魔にならないよう、自分たちの動きに気を付けている。何よりその勇猛ぶりは聞きしに勝るもので、良い土産話ができると彼女の戦いぶりに目を奪われるばかりだ。
レオナルドはそんなフレイスリアの身を案じ、ハラハラしながら平静を装っている。
「う~ん……今日も終わったぁ!」
宿の一室でリザと二人きりになったフレイスリアは、全ての武装を脱ぎ捨て、ベッドの上に身を投げ出した。
「お嬢様、はしたないですよ」
リザはベッドの上に仰向けで大の字になっているフレイスリアに苦言を呈する。しかし、その表情は呆れを含みつつも、とても穏やかである。
彼女の言葉に反応したフレイスリアが上半身を起こす。
「まぁまぁ、いいじゃない。聖地も次で最後なんだから」
アスタリオ国には初代聖女が、国の安寧と繁栄を願い作った石碑を祀る祠が五ヶ所ある。
そのおかげでアスタリオは、土地が豊かで目立った災害に見舞われることもない。更に他国でちらほら話に出る魔物も、その力を大きく削がれるため、脅威となることはほとんどないのだ。
フレイスリアが同行している旅団は、既に四ヶ所の聖地巡礼を終え、明日はいよいよ最後の聖地である『竜峰の麓』へ向かうことになっている。
竜峰は文字通り、竜の住まうと言われる山々が連なる場所であり、そこには古来より竜を信奉する部族が住んでいる。
彼らは滅多に人前に姿を現さず、竜自体も目撃情報がほとんどないので、最早、お伽噺の中の世界に近い存在となっている。
――もしかしたら、竜を見ることができるかもしれない。
フレイスリアはそんな期待を胸に抱きながら、リザに促されて椅子に座ると、髪を梳いてくれる彼女の優しい手に身を委ねるのだった。
翌日、一行は目的地近くまで足を進めていた。
目の前には遥か高く、天を突く威容を誇る山々が広がっている。
その麓に最後の祠があり、クラウディアが聖女の祈りを捧げれば、幻想的な光に包まれた彼女から光の柱が天へと伸びる。
光の柱が消え、クラウディアが徐に立ち上がると、新しい聖女の誕生を祝うかのように、彼女の周りを光の粒子が舞った。
その光景にフレイスリアの胸が思わず熱くなる。
目的を終えた一行は街への帰路につき、森の中を進んでいた。
――静かすぎる。
この時、フレイスリアは違和感を覚えていた。
同じ森なのに行きとは違い、そこに住む動物の姿が見えないどころか鳥たちの囀りさえ聞こえない。
木々の間から差し込む木漏れ日の穏やかさとは、対照的なまでの不穏な静けさが彼女たちを取り巻いていた。
当然、この気配に警戒を強めたのはフレイスリアだけではない。
レオナルドが率いる護衛騎士たちは百戦錬磨であり、今回の護衛依頼を引き受けた冒険者たちも揃って上位に座る強者たちだ。
だが、そんな彼女たちをして手に余るどころか、犠牲を覚悟しなければならない相手が突如として目の前に現れる。
伝説にしかその存在を知られていない、黒竜が。
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