第46話 私は婚約しました
第三章の始まりです。
現在の予定では、本編の最終章になります。
今日はレイクイン大公家にて婚約披露パーティが開かれている。
婚約したのは勿論、大公家の長子レオナルドとリーシュベルト公爵家の長女フレイスリアである。
レオナルドの色で統一された装いのフレイスリアを見るだけで、彼女がどれだけ愛されているのかは一目瞭然だ。
これまでレオナルドの積極的なアプローチにも関わらず、なかなかお互いの距離が縮まる様子を見せなかったので、彼の心情を知る周囲はヤキモキしていたが、晴れて婚約が結ばれた時には盛大に祝福してくれた。
それだけ彼の思いに気付かないフレイスリアの鈍感ぶりに、周りも同情していたということなのだろう。
フレイスリアもこの日ばかりは、しっかりと令嬢としての振る舞いを徹底し、婚約者となったレオナルドの隣に立って、自分たちへ挨拶に来る賓客たちに対応する。
繰り返しになるが、フレイスリアはとても可憐で麗しく、母にして公爵夫人のレイチェルからしっかりとした淑女教育も受けており、所作も実に優雅で品格を証明するのに十分なものだ。
普段の脳筋ぶりを見ていると、そっちにばかり意識がいってしまうが、彼女はとても人の目を惹き付ける魅力を備えているので、そんな彼女がお淑やかに振る舞えば、注目の的になるのも当然のことと言える。
実際、フレイスリアの姿を見て、会場内にいる異性のみならず、同性からも感嘆の声が漏れている。当の本人は全く気付いていないのだが。
自分たちの元へ挨拶に来る人の波が途切れたところで、レオナルドが知り合いから声をかけられ、フレイスリアの傍を離れる。
さすがに何人もの来賓を対応したフレイスリアも、普段のそれとは違う疲労感に小さく溜息を吐くと、給仕係から飲み物を受け取り、乾いた喉を潤す。
勿論、いつもみたいに一気にグラスを傾け、一息に飲み干すようなことはしない。あくまでも優雅に品良く、ゆっくりと喉の奥へとグラスの中身を流し入れる。
ちょうどグラスの半分程度を飲んだところで、フレイスリアは自分に近づいてくる男女の姿に気付いた。
風貌から親子だと判断できる二人が、自分に向けて真っ直ぐ視線を向けたまま近づいてくるので、自分に用があるのだとフレイスリアは思い至り、給仕係にグラスを返して二人の方へと向き直る。
「”ご機嫌よう。脳筋で有名なリーシュベルト公爵令嬢”」
二人は話をするのに十分な距離までフレイスリアに近づくと、令嬢が軽く頭を下げ、帝国語で嘲りを込めた挨拶をしてくる。
完全初対面の相手の意図を図りかねたフレイスリアが、疑問符を浮かべながら小首を傾げる。
先程の挨拶を見るにフレイスリアのことを、武勇に優れていても、頭の方は足りていないでしょ――とでも、言いたいのだろう。
彼女はフレイスリアに他国の言葉の教養など無いと高を括っているのが、扇の下にある蔑みの表情と先ほどの嘲りの言葉からありありと見て取れる。
しかし、彼女たちはフレイスリアのことを知らなさ過ぎた。
「はい、ご機嫌よう。脳筋で有名な公爵家の娘です。あなたも帝国の文化に興味が?」
言葉を正確に解釈したフレイスリアが平然と挨拶を返す。彼女に挨拶してきた令嬢の顔には驚愕とともに、「何で私の言った言葉がわかるの?」という考えがはっきりと出ている。
挨拶を返し、質問をしたのにも関わらず、固まったまま反応の無い令嬢にフレイスリアは疑問符を浮かべる。
「フレイ、どうしたんだい?」
「レオ様。いえ、こちらのご令嬢から帝国語で挨拶を頂いたので、帝国の事について伺ったのですが、返答が無くて」
そこへ、知り合いに連れて行かれたレオナルドがフレイスリアの元に戻ってきた。
いつもと変わらない様子のフレイスリアに対し、彼女の目の前にいる親子は明らかに顔色が悪いことを訝しく思ったレオナルドが、彼女に理由を問えば、そんな返答があったものだから、彼の眉根が寄せられたのは仕方のないことだろう。
レオナルドが令嬢を見遣ると、彼女の顔には明らかな焦りの色が浮かんでいる。隣にいる父親も同様だ。
二人の表情を見たレオナルドが冷笑を浮かべ、冷めた目付きで一瞥すると、一転して爽やかな微笑をフレイスリアに向ける。
「”フレイ、ちなみにこのご令嬢と面識は?”」
レオナルドが帝国語でフレイスリアに話しかける。
彼女はそれに首を傾げたが、すぐに、帝国文化のアピールね! ――と曲解し、帝国語で言葉を返す。レオナルドの意図したものとは異なるが、結果的には狙い通りになった。
「”いえ、初対面です”」
「”そうか。初対面で格下の者が、君に『脳筋』なんて言ったんだね?”」
「”概ね、その通りですけど、別に『脳筋』は間違っていないのではありませんか? ヘルハウンドを肉体言語で、単独討伐できますし”」
まるで平時から使っているかの如く、二人は流暢な帝国語で会話をする。
その様子をフレイスリアに突っかかってきた親子は、呆気に取られて呆然と見ることしかできない。
意外にもフレイスリアは語学が堪能だ。
というのも、陣中で敵の情報を掴んでも、その言葉が分からなければ意味が無いとして、広く様々な国の言葉を勉強している。
そのため、帝国語もしっかりと修めていた。
ちなみにレオナルドは親子が、まともに帝国語を話せもせず、理解もできないことはわかっていた。だからこそ、その二人の目の前で帝国語でフレイスリアとの会話を見せつけたのだ。
お前らでは彼女に勝るものは何一つ無い――と、わからせるために。
そうして、格の違いを見せ付けることに大方、満足したレオナルドは、微笑みを崩さないまま、冷たい目を親子に向けた。
「私と私の愛する彼女との晴れの場で、随分と場違いな言葉をくれたようだね? どこかで見たことあると思えば、私にちょっかいをかけていた令嬢か。少しは弁えてはどうかな?」
レオナルドのありったけの侮蔑を込めた口調と貫く様な鋭い視線に、身の程知らずな親子は短い悲鳴を上げ、そそくさとその場から立ち去った。
その背中を何故か残念そうに見ているフレイスリアに気付き、レオナルドは彼女の頬に手を添えると、困ったように眉尻を下げて苦笑する。
「フレイ、何か思うところでもあるの?」
「はい。帝国のことでご意見をもらえたらなぁと」
フレイスリアの返答にレオナルドは思わず小さく笑った。
あの者たちの悪意に気付いていないだろうとは思っていたが、まさか帝国に関する知識をあの者たちが持っていると思っていたとは考えつかなかったからだ。
いきなり笑い出したレオナルドにきょとんとした表情をするフレイスリアだったが、ややあって不満そうな表情を浮かべる。
これを自分が笑ったことで機嫌を損ねたと考えたレオナルドは、フォローしようと彼女に声をかけた。
「いきなり笑ってごめんね、フレイ。そんなに機嫌を悪くしないで」
「いえ、その、なんというか……」
不満そうな顔から一転、フレイスリアの表情はどこか困惑したような印象を受ける。
言葉に詰まってしまった彼女から、その続きが出てくるまで急かすことなく、レオナルドは穏やかに待つ。
この後に飛び出す彼女の言葉に、レオナルドの心は掻き乱されることになる。
「レオ様があのご令嬢からちょっかいをかけられたと聞いて、何だかとても……嫌な気分になりまして」
レオナルドは衝撃で固まり、逡巡する。
フレイスリアの言葉から考えられるのは、令嬢から声をかけられた自分の姿を想像し嫉妬した――ということだろう。
これはレオナルドにとって、とても嬉しいことだった。
それまではどれだけアプローチをしても成果は芳しく無かったが、自身の心が自分に向いていることを彼女が自覚してからは、はっきりと自分に対する好意や思いが態度に表れているのだから。
「フレイ、妬いてくれるなんて嬉しいよ」
「えっ――」
レオナルドはフレイスリアを抱き寄せると、優しく彼女の唇に自身の唇を重ねた。
それを見ていた周囲から、揶揄うような祝福するような声が沸き起こる。
恥ずかしさに耐えかねたフレイスリアが、両手でレオナルドの体を押すと、二人の唇が離れる。
「レ、レオ様……」
「……嫌だった?」
「いえ、嫌ではないです。むしろ嬉しいですけど、その、恥ずかしくて」
顔を真っ赤にして言葉が上手く出てこないフレイスリアの姿に、込み上げる想いを抑えられないレオナルドは、もう一度、彼女と唇を重ねるのだった。
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