第45話 私は社交界デビューします
現在、王宮の催事用の大広間では、近く新たに社交界にデビューする若者たちをお披露目する会場の設営が進められていた。
そこには今年、社交界デビューするフレイスリア、フレデリカ、ピアローゼの姿がある。
何故、新たな大人の仲間入りを果たす者たちを祝う場の設営に、該当者三人がいるのかと言うと、こういった国を挙げての催し事には公爵家以上が協力することになっており、必然的に彼女たちにも声がかかったわけである。
ただ、王家側も気を遣って本人たちが設営に携わることを強制はしなかったが、自分たちが主役になる会場が気に入らないものでは気分も上がらない――と、フレデリカが参加を決めた。
ちなみにフレイスリアは彼女に巻き込まれてここにいる。
それでも、フレイスリアは意気揚々と準備に携わっていた。
初めは興味が湧かず手持ち無沙汰だったが、フレデリカのはきはきとした指示を受け、それに感化されたようにテキパキと動く。
元々、体を動かすのが好きな彼女には、ちょうど良かったのかも知れない。余計な事を考えなくて済むだろうから。
そんな感じで効率よく仕事を差配するフレデリカと、その指示を迅速かつ的確にこなすフレイスリアにより、予定していた以上に準備が捗っている。
本来なら主役の立場になる彼女たちが率先して動くことなどあり得ないので、作業にあたる他の者たちが、とても居た堪れない思いであったことは抜きにしよう。
小休止と相成り、仲の良い五公爵家の令嬢たちが一塊になって談笑していると、突然、高らかな声が降り注いだ。
「フレイスリア・リーシュベルト公爵令嬢はいるか?」
急に名前を呼ばれたフレイスリアは首を傾げると、他の四人に視線を巡らせる。
だが、仲の良い彼女たちも知り得ないようで、同じく頭に疑問符を浮かべている。唯一人、フレデリカを除いて。
「フレイスリア嬢! いないのか?」
フレイスリアが声のする方を見上げると、そこにはレーヴェリアンの姿が見えた。
自分を呼んでいたのが、王太子だったわかり、急いで返事をする。
「こちらにおります」
優雅にカーテシーをするフレイスリアの姿は動きやすいように簡素なドレスであっても、素晴らしい所作で気品を感じさせる。
普段の脳筋ぶりが嘘のような美しさに周りは思わず見惚れていた。
「そこにいたのか」
何故だか、フレイスリアを呼びつけていた先程までの勢いをレーヴェリアンは無くしていた。
レーヴェリアンは四人から離れ、自分の前に出てきたフレイスリアを見据えると、気持ちを落ち着かせるかのように大きく息を吸い込む。
「フレイスリア・リーシュベルト!お前は婚約者である私のことをなんだと思っているんだ!?」
レーヴェリアンはいきなりフレイスリアに対して声を荒げた。
いきなりの展開で彼が、何を意図してそんなことも言ったのかわからないフレイスリアは、ただただ無言で首を傾げることしかできない。
そんなただならぬ雰囲気の二人を同じ会場にいる者たちは遠巻きに見ていた。
興奮しているとも取れる強い口調のレーヴェリアンとは対照的にフレイスリアは普段と変わらぬ調子で返答する。
「なんだと言われましても……特に何とも思っていません」
彼女の言葉が余程こたえたのかレーヴェリアンは面食らったように目を丸くして口は半開きのまま、言葉が出ない様子だ。
そんな状態の彼にフレイスリアが追い打ちをかける。
「それに私は殿下の婚約者候補であって、婚約者ではありません」
彼女のその言葉にレーヴェリアンは顔を伏せ、肩をブルブルと震わせる。
何か変なことでも言ったかしら――とフレイスリアが首を傾げていると、俄かにレーヴェリアンが真っ赤になった顔を上げて言い放った。
「お前との婚約は破棄だ!国外追放だ!」
レーヴェリアンの言葉に会場内がざわついた。
しかし、宣言を受けた当のフレイスリアはその言葉を淡々と聞き入れていた。
――だから、破棄も何も婚約してませんってば……まあ、破棄なら破棄で婚約者にならなくて良いということなら願ったりですけど、国外追放は……困りますね。
そんな感じで彼女と周りの空気の温度差は著しいものがあった。
と、そこへ雷鳴の如き、怒声が響き渡る。
「ちょっと、殿下! 余計なことまで言わないでください!」
その声の主はフレデリカだった。
彼女は一目散にレーヴェリアンに詰め寄ると、あろうことか手に持っていた扇を彼の鳩尾に突き入れる。
突然の攻撃に反応できなかったレーヴェリアンは、体をくの字に曲げ、鳩尾を押さえながら苦悶の表情を浮かべた。
公爵令嬢が王太子の鳩尾に突きをお見舞いするという、常軌を逸した行動に周りの空気は一気に凍り付くが、そんなことはお構いなしにフレデリカは続ける。
「折角、皆が後腐れ無いようにって計画していたのに、暴走した挙句に余計なことまで言ってくれて……色々と台無しですよ!」
「す、すまない。どうしても私をどう思っているのか聞きたくなってしまって……」
「そんなの聞くまでも無く、“最低”に決まっているではありませんか! 私は今でもあの時の事は許してはいませんよ?」
「うぅ……そうか、そうだよな」
フレデリカの言葉の数々にしょんぼりとレーヴェリアンが項垂れる。
王太子に対してあんなに不敬を働いて大丈夫なのかと、ひやひやして周りは見守るが、よくよく見てみると、フレデリカの両親は全く動じていない。それどころか、他の公爵家夫妻も同様だ。
何か仕組まれていると、フレイスリアが察知した時、またしても頭上からよく通る声が降ってきた。
「ははは。まったくもってヘタレな息子だ」
愉快そうな笑い声と共に現れたのは、国王夫妻だった。
フレイスリアは自室の鏡台の前に座り、身嗜みを整えられていた。
今日は社交界デビューの日。お昼頃から丹念に磨き上げられ、薄く派手にならないながらも、魅力を引き出すように化粧を施される。
お気に入りの髪型であるハーフアップスタイルに、レオナルドからもらった髪飾りを付けてもらった後、リザに促されて姿見の前に立つ。
フレイスリアが着ているドレスは、裾へ向かうに従い深みが増す青色を基調に、銀の刺繍が散りばめられたデザインになっている。
この日の為に、レオナルドが彼女に贈ったものだ。フレイスリアに対するレオナルドの心の内を表すかのように、色が彼の瞳と髪と同じものである。
レオナルドの色を纏ったフレイスリアは、嬉しさと少しの気恥ずかしさで頬を薄っすらと染めながら、あの時の事を思い出していた。
会場設営の場に現れた王から、これまで王太子の婚約者候補として務めた五公爵家の令嬢及びその当主に、労いの言葉がかけられた。
それはつまり、婚約者選定が終わり、レーヴェリアンの婚約者が決まったことを意味する。
王太子の婚約者に決定したのはフレデリカだった。
理由は様々あるが、お互いの相性と能力、そして、フレデリカが承諾したことが決め手になった。
そして、先の茶番については、フレデリカを除いた四人の令嬢には、それぞれ意中の相手がいたことから、きっぱりと割り切れるように組まれたことらしい。
わざわざこちらの気持ちまで配慮してくれたことに感動していると、フレイスリアは自分の名前を呼ぶ声に気付いてそちらを向く。
耳に聞こえるだけで気分が上向く様な気がする声の主は予想したとおり、レオナルドだった。
会場の前に到着したフレイスリアを、いつもと同じようにフレデリカとピアローゼが出迎える。
ピアローゼのドレスは自身の瞳の色に合わせた明るい緑色だ。
フレデリカはと言うと、上から下に向かって銀から藍色へと変わっていくドレスを着ている。
王族に連なるレオナルドの髪や瞳は、王太子であるレーヴェリアンと似た色のため、フレイスリアとフレデリカのドレスに使われる色が似るのは当然のことだと言えた。
「フレイ」
三人が話に花を咲かせていると、フレイスリアが呼びかけられた。
振り向くと、優しく微笑むレオナルドの姿がそこにある。
気を遣った二人がその場から離れると、両手を前で組んだフレイスリアが、照れ臭そうにレオナルドを見上げる。
「殿下、ドレスありがとうございます。それで、あの……どうでしょうか?」
彼女にしては珍しく歯切れが悪い。
彼への想いを自覚してからは、本人を前にするとこんな感じになってしまう。
ただ、レオナルドにはそれが堪らなく嬉しかった。
やっと、自分を意識してもらえたのだと。
「フレイ、とてもよく似合っている。綺麗だよ」
「あ、ありがとうございます」
レオナルドの言葉に花が綻ぶような笑顔をフレイスリアが浮かべる。
彼のエスコートで会場入りする。
王から社交界デビューの祝辞が述べられた後、王太子の婚約者がストロノーグ公爵家の令嬢フレデリカに決定したと発表された。
レーヴェリアンとフレデリカのファーストダンスが始まる。
煌びやかな会場で踊る二人は輝いて見え、本当にお似合いに思えた。
「フレイ、私たちも踊ろう」
「はい。レオ様」
二人のダンスが終わり、それを周りで見ていた参加者たちもパートナーの手を取る。
フレイスリアは誘いに応じ、差し出されたレオナルドの手を取って彼の巧みなリードに合わせ、華麗なステップを踏む。
そうして、一生に一度しかない華やかな夜は、忘れ得ぬ色褪せない思い出として、彼女の中に深く刻まれたのだった。
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