第44話 私はレオ様が好きです
プロキオンへの外遊も終わり、フレイスリアたちはアスタリオへ戻ってきた。
見送りに来たアナスタシアが、「次に会う時は姉と妹になる時かも知れないわよ」なんて言われたが、フレイスリアにはその意味がわからなかった。隣で聞いていたアーサーは顔を真っ赤にして目を逸らしていたのが気になったが、詳しく聞くことはしなかった。
というのも、フレイスリアは自分の中の異変に戸惑い、それどころではなかったからだ。
何故か寝ても覚めてもレオナルドの事を考えてしまう。
そして、決まって自分を熱の籠った目で見つめる彼の姿が思い浮かび、それに伴って鼓動が早くなって胸が苦しくなり、体中の血が集まったのではないかと錯覚する程、顔がとても熱くなる。
以前にも、気付けば彼の事を考えていた時期はあったが、それとは比べ物にならない程に今回は大きなものだ。
それなのに、フレイスリアはどことなく気まずさを感じ、レオナルドと視線を合わせることができず、彼の姿を目で追いながらも、視線が合いそうになると咄嗟に避けてしまっていた。
プロキオンからの帰路の中、ずっとこんな調子だったので、フレイスリアの中にはもやもやしたものが許容限界にまで溜まっていた。
それが爆発する前に何とか帰国できた彼女は、挨拶をして最低限の義務を果たすと、足早に公爵家の馬車に乗り込んだ。
そんな自分にフレデリカたちが溜息を吐いていたことも、何をしたのかとレオナルドを彼女たちが問い詰めたことも、当然、知る由もない。
フレイスリアを乗せた馬車が公爵邸の前に到着し、彼女が馬車から下りると、その姿を見つけた双子の妹が駆け寄ってくる。それに応えるようにフレイスリアが両手を広げる。
二人の妹は八歳下とはいえ、同時に飛び込まれては、普通の女性の身では受け止められないだろう。だが、そこはさすがと言うべきか、しっかりとフォースで身体強化して難なく双子のダイブを受け止めた。
「「お姉様、お帰りなさい!」」
「サリ、ルゥ、ただいま」
フレイスリアは腕の中にいる二人の妹の額に口付けをして、ぎゅうぎゅうに抱きしめた。
それにサリーシャとルーシィも喜びの声を上げる。
「サリ、ルゥ、お兄様の所にも来ないかい?」
三人がじゃれ合う微笑ましい光景に交ざりたいアーサーが双子の妹に声をかける。
「えぇ、やだぁ」
「アス兄様より、フレイ姉様の方が良い匂いがするし、柔らかいんだもん」
しかし、あえなく撃沈する。
妹たちの容赦ない攻撃に強烈なショックを受けたアーサーは、がっくりと肩を落とした。
そんな二人をフレイスリアが窘める。
「こら。アス兄様にそんなことを言ってはダメよ」
「はぁい。ごめんなさい」
「アス兄様、ごめんなさい。お兄様の事も大好きよ」
「サリ、ルゥ……」
優しく窘めるフレイスリアの言葉に妹たちは素直に従い、アーサーに声をかける。
それだけでアーサーは復活した。何とも単純なものである。
「お二人ともお帰りなさい。プロキオンはどうでしたか?」
奥から聞こえてきた声に顔を向けると、シフを連れたテオドールがこちらに歩いてくる。
フレイスリアはサリーシャとルーシィを下ろすと、テオドールの額に二人と同じように口付けをし、体を屈めてシフの頭を撫でた。シフが嬉しそうに尻尾を左右に振る。
「そうだな。とても有意義だったよ」
「私は優勝できなくて残念だったわ」
「はい? 優勝……?」
「詳しい話はお父様とお母様も交えてからにしよう」
「そうね。アナスタシア殿下の言葉も気になるし……」
フレイスリアは顎に手を当てて考え込み、アーサーは顔を赤くして遠くを見ている。
そんな二人の顔をテオドールは交互に見て首を傾げた。
そして、その夜フレイスリアは、自身が武芸大会に参加したことを話し、家族を驚かせるのだが、自身も兄であるアーサーがプロキオンの王女であるアナスタシアから熱烈な求婚を受けた事を知り、家族と一緒に驚愕することになる。
翌日、フレイスリアは顔を真っ赤にして目を覚ました。
夢の中に自分に熱い眼差しを向け、甘い声を囁くレオナルドが出てきたからだ。
ベッドの上で仰向けのまま、フレイスリアは恥ずかしさのあまり顔を両手で覆う。
そこへリザが支度の為に部屋を訪れたが、何度ノックをしても返事が無いので、無礼とは思いつつもフレイスリアの無事を確認するため部屋に入ると、そこにはベッドの上で顔を押さえながら、悶えている彼女の姿があった。
これにはさすがのリザもぎょっとしたが、すぐに我に返るとフレイスリアに声をかける。
「お嬢様、どうされましたか?」
リザの声を聞いたフレイスリアは何とかこちらの世界に帰ってきた。
それと同時に自分のあんな姿を見られたのかと思うと、恥ずかしくて堪らない衝動に襲われる。
しかし、夢の中にレオナルドが出てきたからなどと言えるわけがない。
何とか悟られないようにしなくてはならないと、フレイスリアは何事も無かったように上半身を起こし、リザへと顔を向ける。
「おはよう、リザ。ちょっと夢見が悪くて」
苦しい。何とも苦しい言い訳だ。
引き攣った笑みに乾いた笑いでとても誤魔化しきれているわけがない。
夢見が悪かったというのはあながち間違いではないかもしれない。決して、レオナルドが夢に出てきて嫌だったとかそういうわけではないので、悪かったとするのは語弊があるようにも思う。それでも、自分がこんな動揺するのは間違いなく、あの夢のせいなのだからとフレイスリアはこじつけて無理矢理納得した。
「然様ですか……てっきり、夢の中にレオナルド殿下が現れたから、悶えていたのかと思いました」
「なっ――!」
思いも寄らぬ侍女の鋭い洞察力に、フレイスリアの顔はまたしても真っ赤に染まった。
王太子とともに他国へ外遊という大きな仕事を終えたフレイスリアたちには、学校側から特別休暇が与えられていた。
そのため、邸の訓練場で鍛錬に打ち込んでいるのだが、どうにも雑念が消えず身が入らない。
いつもなら正確に模擬人形の急所へ拳を叩き込めるのに、今日はどうにも安定せず、気付けば空を見上げている。
「フレイ、鍛錬はお休みして私とお茶にしましょう」
「お母様……」
鍛錬に身が入らない娘をレイチェルはお茶に誘い、二人は庭にある四阿の席に着いた。
リザは紅茶を出すと、静かに離れた場所へと移動する。
レイチェルは用意された紅茶に口を付け、味と香りを楽しむとカップをソーサーに戻した。
「フレイ、何か気になることがあるのではない?」
「えっ?」
「あなたが生まれてからずっと見てきているのだもの。それぐらいわかるわ」
軍事を司るリーシュベルト公爵家の当主夫人レイチェルは武の方面に明るくない。
それ故に訓練場に足を運ぶことはほとんどなく、フレイスリアたちにもおおよそ軍事とは関係の無い淑女教育を施していた。
母親として穏やかな日々を過ごしてほしいと願う一方で、娘たちに自分らしく生きて欲しいという願いも同時にある。
だからこそ、娘が普段と違うことにすぐ気が付いた。
あれほど武術一辺倒だったフレイスリアが、それ以外の事に心を囚われている。
そして、それが何かも母には察しがついていた。
「レオナルド殿下の事が気になるのね」
「……はい」
「ゆっくりでいいから、教えてくれる?」
「……気付くと殿下の事ばかり考えていて、何だか胸が苦しくなります。他にも会いたいような会いたくないような、そんなよくわからない気持ちで」
レイチェルは静かにフレイスリアの言葉に耳を傾けていた。
たどたどしく続けられる言葉を只管に待ち、途中で自身の言葉を挟むようなことはしない。
そうして、フレイスリアが言い切ったのを見届けると、レイチェルは穏やかな微笑みを浮かべた。
「そう。フレイ、あなた、レオナルド殿下が好きなのね」
「えっ……?」
一瞬、フレイスリアには母の言葉が理解できなかったが、レイチェルの言葉を心の中で反芻をすると、これまでの事が腑に落ちたように感じた。
ああ、そうか。私はレオ様の事が好きなのか――と。
呆然と自分の顔を見つめたままの娘の手をレイチェルは優しく包み込む。
「そうとわかれば悩むことなんて無いわ。殿下があなたに与えてくれる以上のものを、殿下にお返しなさい」
レイチェルは満面の笑みを浮かべ、フレイスリアの背中を押したのだった。
ご覧いただき、ありがとうございます。




