第43話 私は大会に参加します
レオナルドの告白からフレイスリアは演舞場の一角で、邪念を振り払うかのように脇目も振らず、修練に打ち込んだ。
それはもう、そこまでする必要があるのか、というぐらい一心不乱に。
周りにいる大会参加者たちも、その光景に呆気に取られる程だった。
ちなみに元凶たるレオナルドは悪戯が成功した子供のように、満面の笑みを浮かべていた。
その脇でアーサーが溜息を溢したのは言うまでもない。
大会開催日までは三日後のため、その間はフレイスリアもフレデリカたちと一緒に観光や、アナスタシアとの交流の時間を楽しんだ。
ただ、レオナルドにはぎこちない態度を取ってしまっていた。
他の事をしていても、時々、彼の姿を自然と探してしまうのだが、目線が合うと堪らず顔を背けてしまう。
フレイスリアは自分が何でそんな行動を取ってしまうのか、イマイチ理解できないでいたが、自分の反応を見る度、少し悲しげな苦笑を浮かべるレオナルドに、申し訳ない気持ちと、自分自身の情けなさに表情を曇らせていた。
「フレイ……」
無論、そんなフレイスリアを五公爵家の令嬢の中でも、同い年で特に親交が深いフレデリカとピアローゼが心配しないはずもなく、少しでも気晴らしになればと、彼女の興味がありそうな話題を振っていた。
それでも、彼女の抱いているものについては言及しない。
それは人に教えられるよりも、自分で気付いてこそ意味があるのだと、彼女たちは思っているし、フレイスリアの性格をよく知っているからこそ、助言が逆効果になる可能性を憂慮していた。
そうではあるけれども、もどかしすぎてやきもきするのはどうしようもない。
「シャキッとしなさい!」
フレデリカは平手でフレイスリアの背中を叩き、喝を入れた。
それにピアローゼは一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐに元の表情に戻ると、ウンウンと頷く。
――これぐらいは許してほしい。それぐらい私たちは焦れったくて堪らないのよ!
フレデリカは心の中で静かに叫んでいた。
プロキオン武芸大会の日がやってきた。
大会参加者はかなりの人数になるため、数日にかけて行われる。これでも、事前に予選が行われており、かなりの数を篩にかけたのだが、それでも、本選には64人もの猛者が名を連ねている。
ちなみに大会参加に際しては推薦制度があり、これが認められると、予選は免除になる。推薦元はプロキオン国内だけでなく、他国の有力者や冒険者ギルドも候補に入る。
フレイスリアは今回、プロキオンの王女アナスタシアからの推薦ということで、予選を免除になっていた。
そして、今日はフレイスリアの出番の日だ。
対戦相手はプロキオン国内の貴族に仕える騎士らしい。
そんな相手と対戦するため、さすがのフレイスリアも情勢を気にしてアナスタシアに尋ねたが、彼女からは――
――『気にしなくていいわ。前々から生意気だったのよ。思い切りやっちゃって!』
と言った具合に力強い後押しをもらっていたので、フレイスリアは気兼ねすることなく、全力で対峙する気満々で会場入りした。
対戦者同士が姿を見せたことで、会場が俄かに色めき立つ。
「フレイー!」
フレイスリアが自分を呼ぶ声がした方に顔を向けると、貴賓席でピアローゼが自分に向けて手を振っていた。その横にはフレデリカをはじめ、アスタリオから一緒に来た面々が揃っている。何故かアーサーの横にアナスタシアもいた。
そして、レオナルドの姿もあった。
図らずもレオナルドと視線が交錯した瞬間、顔を背けたくなる衝動に駆られるが、それでは自分を応援してくれる彼に悪いと、フレイスリアは思い止まり、貴賓席にいる皆に手を振る。微笑みを浮かべる顔は真っ直ぐにレオナルドに向けたまま。
瞬間、レオナルドが呆けたような顔をしたように見えたが、すぐにフレイスリアに笑みを向けながら、右手を軽く突き出した。
フレイスリアもそれに応えるように、右手をレオナルドに向けて翳す。
審判員が両者を中央に呼ぶ。
勝敗を決する条件は、相手が負けを認める、戦闘不能と審判が判断する、決められた範囲外に出る、これらの内のどれかを満たすこと。
説明が終わり、フレイスリアが相手に挨拶の声をかけると、相手の騎士は鼻で笑った。
「他国の賓客だが何だか知らないが、お遊び気分かよ。苦労知らずの貴族令嬢が、戦場に立つ我らに敵うわけが無いのだから、怪我をする前に降参することをお勧めするよ」
「……お気遣いありがとうございます。ですが、勝負はやってみなければわかりません」
フレイスリアの返答に騎士は肩をすくめて首を横に振る。
その態度は明らかにフレイスリアを小馬鹿にしたものだったが、彼女にとってはもうどうでもよかった。先の言葉で意思は固まっていたから。叩き潰してやる――と。
両者が開始位置に立ち、審判から開始の宣言が発せられた刹那、フレイスリアは一瞬で間合いを詰めると、右の拳を振り下ろして騎士の頭部を強打する。
その強烈な一撃により、相手は昏倒し、ものの数秒で決着となった。
あまりの出来事に会場は何が起こったか分からず静寂に包まれるが、それを破るかのようにフレデリカから称賛の声が届けられる。
「さすがよ、フレイ!」
次の瞬間、会場中からフレイスリアを称える声が降り注ぐ。
フレイスリアはその声に応えながらも、一番の笑顔は貴賓席の皆に向けた。
次の対戦も危なげなく勝利を収め、16人の猛者に残ったフレイスリアは本日最後の相手と向かい合っていた。
本選初日は8人まで絞り、二日目は準決勝まで行い、最終日に決勝戦を行う日程になっている。
本選初日、最後を飾るのはフレイスリアとその対戦相手『アルスター』である。
一見すると、細身で長身の優男だが、槍を携えたその佇まいから、相当の強者であることが伝わってくる。
それまでの相手に期待していた程の手応えが無く、消化不良気味だったフレイスリアは期待に胸を膨らませていた。
両者が開始位置に立ち、お互いを見据えて数秒の間の後、今大会屈指の好カードの戦いが始まった。
大会最終日、フレイスリアは品の良いドレスを着て、貴賓席から会場を見下ろしていた。
その顔には不満がありありと表れている。
「フレイ、そんなに顔ばかりしていると、戻らなくなってしまうわよ?」
少しも不満を隠そうともしない膨れっ面のフレイスリアに、呆れ半分と言った様子で苦笑いを浮かべながら、フレデリカが声をかける。
「相手が一枚上手だったと諦めなさい」
「フレディ、でも、私……悔しいよ」
しょんぼりと首を垂れるフレイスリアの可愛さにフレデリカの母性本能が刺激されてしまう。
それでも、ここで甘やかしてはダメだと、フレデリカは留まるが、その横からピアローゼがそんな決意はお構いなしに、フレイスリアの頭を優しく抱いて髪を撫でる。
「大丈夫。フレイはこれからもっと強くなれるから」
「ピア……ありがとう。大好き」
ピアローゼに甘えるような声を出すフレイスリアに、面白く無いと、フレデリカは思ったが、すぐに『こういう役はピアの方が適任ね』と思い直した。
ちなみにレオナルドも表には出さなかったが、ピアローゼに先を越されて少なくないショックを受けていた。
武芸大会はフレイスリアが三回戦で当たったアルスターの優勝で終わった。
フレイスリアは持ち直しかけていた悔しさを爆発させ、その横でアナスタシアも悔しさを滲ませていた。
というのも、決勝でアルスターと対戦したのは、プロキオンでも若手有望株の騎士であり、王家としても期待していたからだ。
両国にとっては少々残念な結果に終わったが、観客は大いに沸き立ち、大会そのものは上々の結果だったと言える。
フレイスリアは一人、フレデリカたちから離れ、今は誰もいなくなった大会会場を入場口から見て物思いに耽る。
思い出されるのはアルスターとの一戦。
――激しい応酬を繰り広げる、フレイスリアの拳とアルスターの槍。
――拳を地面に叩きつけた瞬間、不自然に舞い上がった視界を奪う粉塵。
――気配を察知して踏み込んだ先に相手の姿は無く、場外へ背中を押された瞬間。
当時の対戦を思い出したフレイスリアの口からは、思わず溜息が漏れる。
「麗しい人にそんな表情は似合わないな」
不意に後ろから聞こえてきた声にフレイスリアが振り向くと、そこには自分が負けた相手であるアルスターの姿があった。
爽やかな笑みを浮かべ、近寄って来る彼に、フレイスリアはどことなく胡散臭さを覚える。
「優勝おめでとうございます」
「これは丁寧にありがとう」
フレイスリアは自分の目の前まで来たアルスターを見上げる。
対戦した時には気にもしなかったが、こうして見ると、なかなか整った顔立ちをしていることに気付いた。だからと言って、どうと言うことも無いのだが。
ただ、自分の持つ魅力を知っているアルスターは、無反応なフレイスリアに意外そうな顔を向け、軽く笑った。
「君は腕も立つ上に美しい。何より、私を見ても動じない。実に興味深い……どうだろう? 私と一緒に――」
「彼女に触るな!」
アルスターが口説き文句を並べながら、フレイスリアに手を伸ばすと、横から鋭い声で制止された。
フレイスリアが顔を向けると、厳しい表情をしたレオナルドがこちらに向かってくる姿があった。
レオナルドはフレイスリアを背に庇う様にして二人の間に立つと、アルスターに普段とは全く違う低い声音で告げる。
「愛しい私のフレイを誑かすのはやめてもらおう」
「誑かすなどとは心外だな。思ったことを言っただけ――」
「貴殿らと事を荒立てるつもりは無い。これでわかるだろう?」
レオナルドの言葉にそれまでの飄々とした態度から一転、アルスターはわずかに表情を強張らせたが、すぐにおどけた調子で肩をすくませると、その場から立ち去った。
背中越しでも感じるレオナルドの怒気に、フレイスリアはかける言葉が見つからず、彼の背中を眺めることしかできない。
そんな中、不意にレオナルドが自分の方へと振り返ったので、思わずフレイスリアは肩を揺らした。
――怒られる!
そう直感したフレイスリアが両目を固く瞑るが、彼女の予想に反して何も無かった。
恐る恐る目を開くと、そこには何故か苦しそうな表情をしているレオナルドの顔があった。
レオナルドは自分に気遣いの言葉をかけるフレイスリアの手を取ると、手の甲に優しく口付けをする。
「フレイ、あまり私を心配させないでくれ」
「……ごめんなさい、レオ様」
焦燥感の滲む熱を帯びた瞳に見つめられ、苦しげに囁かれたその言葉に、フレイスリアは自分の浅慮な行動を申し訳無さと気恥ずかしさの入り混じった、か細い声で謝罪するのだった。
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