第42話 私は翻弄されています
プロキオンに着いたフレイスリアたちを驚いたことにアナスタシア自らが出迎えてくれた。
一行は国王夫妻に謁見し、挨拶をすませると、滞在用の客間へと通される。
「はぁ~、可愛かったなぁ」
フレイスリアはあてがわれた部屋でソファに背を預けると、そんな言葉が口から漏れ出ていた。
ここに来るまでは気の置けない友人たちがほぼずっと一緒だったため、思い出す暇も無かったが、話し相手がいなくなった途端に出発する時のことが思い出される。
フレイスリアの双子の妹サリーシャとルーシィは彼女が何日も帰らないことを聞かされ、前日の夜からべったりだった。
駄々を捏ねる双子をあやしながら、泣き疲れた妹たちと一緒の布団で眠り、出発を控えた時の二人の姿に後ろ髪を引かれる思いを覚える。
――『お姉様、行かないで!』
――『お姉様がいないと寂しいの!』
なんて可愛い天使たちなのだろう――双子の妹が自分との別れ際に涙を浮かべながら、擦り寄ってくる姿を思い出し、フレイスリアは身悶えしていた。
――罪悪感が凄まじいわ。天使たちにあんな顔をさせてしまうなんて、罪深い姉ね……でも、可愛かったなぁ。
フレイスリアの顔は記憶の中の天使たちによって、だらしなく緩み切っている。
今回の外遊にフレイスリアの世話役として同行しているリザは、その姿を見て仕方ないなといった具合に苦笑した。
「わぁ~!」
フレイスリアは目の前の光景に瞳を輝かせていた。
彼女の前では武芸大会の参加者たちが、本番に向けて汗を流している。
当然、アスタリオ国の令嬢でこの場を訪れているのは、フレイスリアしかいない。普通の令嬢は例え武芸大会を観戦するにしても、こんなむさ苦しい場に足を運ぶことはないだろう。
現に彼女と親しいフレデリカとピアローゼを含めた四人の令嬢は、城下町を案内されている。
「やはり、ここにいたか」
フレイスリアが興味津々に右に左にと、武芸者たちへ目を向けていると、後から声をかけられた。
聞き慣れたその声の主は案の定、レオナルドであり、彼と一緒にアーサーとアナスタシアの姿もある。
何故か、アナスタシアは鋭い目でフレイスリアを見ている。
――何だろう? 私、何かしたかな?
アナスタシアの視線の理由を考えるが、フレイスリアに思い当たる節は無かった。
その横では、レオナルドがくつくつと笑っているのだから増々意味がわからない。
フレイスリアが顔を兄であるアーサーに向けると、咄嗟に彼の腕にアナスタシアがしがみつき、威嚇するような顔で彼女を見ている。
突然のアナスタシアの行動にも、アーサーは前を向いたまま彼女の方を見ようとしないが、顔には冷汗が浮かんでいる。
――アナスタシア様の考えはわからないけど、さすがのアス兄様も気が気じゃなさそうね。
自分の前では動じた姿を見せたことの無い兄の、珍しい姿を見られたフレイスリアは、ちょっと得した気分になっていた。
そして、思った。自分がここにいることを読んだのだから、望んでいることもわかるはず。それなら、ここでお願いしてみよう――と。
「レオナルド様! 私も大会に参加したいです!」
「フレイならそう言うと思ったよ」
思ったが吉日とでも言うようにフレイスリアが願い出れば、その事を予測していたレオナルドは動じる様子も無く、爽やかに微笑みながら返した。
レオナルドが自分の少し後ろに控えるアーサーに顔を向け、「どうだろうか?」なんて彼に問いかける。
何で自分が?――と、困惑した表情のアーサーに向かって、気付けばフレイスリアが瞳を爛々と輝かせている。
あれは同意を求めている顔だ。間違いない。
「……いいよ。フレイの好きにして」
「やったー!」
「ちょっと! どういうことですか?! 何でアーサー様が承諾するのです! しかも、愛称呼びなんて!」
兄からの承諾が得られ、フレイスリアが諸手を上げて喜びの声を上げるのとほぼ同時に、アナスタシアから攻撃的な言葉が飛んでくる。
何事かと目を丸くして彼女を見るフレイスリアとアーサーだが、二人とは対照的にレオナルドは堪えきれないといった様子で吹き出した。
だが、そんなのは意に介さず、アナスタシアは二人を交互に見て問い詰める。
「二人は一体どんな関係なのですか!?」
「兄です」「妹です」
「……はっ?」
フレイスリアとアーサーが揃って答え、アナスタシアの間の抜けた声の後は、時間が停止したのかのように三人が硬直する。
その脇でずっと腹を押さえて笑っていたレオナルドが、やっと治まったのかアナスタシアに説明を始めた。
「アナスタシア王女。アーサーとフレイスリアは紛れもない実の兄妹ですよ」
一国の王女がする表情とは思えない程、アナスタシアは大きく目を見開いたまま、呆けたように口が半開きになってしまっている。
レオナルドからもたらされた事実に、大きな衝撃を受けたのであろう。
僅かな沈黙の後、アナスタシアは二人に謝罪し、それにアーサーとフレイスリアが慌てる様を笑いながらレオナルドが見ていた。
フレイスリアの大会参加はあっさりとアナスタシアの承諾をもらうことができた。
――『私、兄はいるけど、下はいないから妹とか欲しかったのよね。だから、私の事、“義姉”と呼んでくれて構わないわよ?』
なんて訳の分からないことをフレイスリアに言い、我に返って勝手に頬を赤く染めたアナスタシアは護衛とともにどこかへ向かって行った。
彼女から父である国王に掛け合ってくれるとのことで、まず問題は無いらしい。
というのも、元から参加の打診をしていたようで、そのことはフレイスリアたちに伝えられてはいなかった。
その事実を知ったフレイスリアは不満げな顔でレオナルドを見上げる。
「どうして教えてくれなかったんですか?」
「君が見るだけで良いって言う可能性も考慮したんだよ。まあ、十中八九無いと思っていたから、国を訪れた際に参加者を伝えると打診してあったんだ」
「私の事を随分と気にかけてくださったのですね」
「当然さ。君の事だからね」
刺々しさを含んだ物言いをしたフレイスリアに対し、間髪入れずにレオナルドが言葉を返した。
彼の予想もしていなかった言葉と熱を帯びた視線に晒され、フレイスリアの顔に熱が集まる。
「どうして……どうして、私にそんなに良くしてくれるのですか? 私などよりも素晴らしい方は、他の公爵家の令嬢をはじめ何人もいます。それなのになぜ?」
フレイスリアの自己評価は高くない。
一介の軍人としてならさておき、その他の分野に関することや容姿など、自分よりも優れている者はたくさんいると本気で信じ込んでいる。
公爵家の令嬢として高い水準の教育を受け続け、容姿も『月の妖精』の異名を持つ母レイチェルの特徴を受け継ぎ、とても可憐で麗しい限りだが、本人にその自覚は無い。
だからこそ、レオナルドのアプローチにも気付かず、こんな疑問を口にするわけなのだが。
「そうか……伝わっていなかったか」
レオナルドは静かにそう口にすると、フレイスリアの髪を掬い上げて口付けを落とす。
先程よりも更に熱の籠った視線を向けられ、フレイスリアは心臓が跳ねた感覚を覚える。
「かなり態度で示してきたが、君には言葉にしなければ伝わらないようだね」
「な……なにをでしょう?」
「私が君を、フレイを好きだということだよ」
レオナルドの告白にフレイスリアは顔を真っ赤に染め、おろおろと狼狽えだした。
その反応がとても好ましかったのか、レオナルドは彼女の髪から頬へと手を滑らせると、反対側の頬へ口付けをする。
フレイスリアは驚愕のあまり、口を何度も開閉させるも言葉が出ず、そんな光景を傍で見せつけられたアーサーは、「妹を目の前で口説かないで下さい」と、溜息交じりに苦笑するのだった。
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