第39話 私は一緒に遭難しました
今回は気付いたら、長くなってました(汗)
このまま崖を眺めていても仕方が無いので、フレイスリアは場所を移動しようと考えた。
しかし、気を失っている三人の女子生徒を放置するわけにいかない。
自分たちがいる場所こそ開けているが、すぐ先には森が広がっている。
何が潜んでいるかわからない以上、何とかして彼女たちを起こさなければいけないのだが――
「どうやって起こせばいいのかしら……?」
軍事方面に偏ったフレイスリアはこういった場面の対処も慣れっこ……なのだが、それはあくまで兵士やその志望者に対してであり、そういった事に全く関わりが無く、か弱い婦女子への対応に自信が無い。もっと言えば、全くわからないのだ。
――ひとまず、地面を振動でもさせてみようかしら。
ウンウンと小さな唸り声を漏らしながら逡巡した結果、出てきたのはそんなよく意味の分からない方法だった。
ただ、結果的にはうまくいった。
微細な振動により、彼女たちはすぐに目を覚ましたからだ。
だが、その後、振動の影響で気分が悪くなり、何度も吐き戻した彼女たちから、苦情を喚き散らされることになりはしたが。
フレイスリアたちは洞穴の中にいた。
自分たちが落ちた場所から、さほど離れていない岩の壁にぽっかりと空いているのを見つけ、そこへと避難している。もちろん、全員で中に入る前に中が安全であることを、フレイスリアが確認済みである。
念のために簡易野営具を持ってきていたのが功を奏した。
テントこそ無いが、洞穴を発見できたおかげで雨風は凌げる。
全員分の寝袋は無いため、地面に広げてその上に寝るのがいいだろう。
この時期はそれほど冷え込まないとはいえ、暖は必要だ。
必然的に焚火で賄うことになるが、この洞穴は空気が流れているので酸欠の心配は無い。
道具を広げて組み立てた後、異相を使って岩の簡易的な椅子と竈を形成する。
準備を進める中で、ふと手を頭に触れると、本来あるはずの物が無い事に気付く。
――髪留めが……
レオナルドから11歳の誕生日の祝いにもらった髪留めが、無くなっていることに気付いた。
余計な小物を身に付けないフレイスリアでも、これだけはいつも身に付けている。
それだけ大切な物だということなのだが、彼女はイマイチその感情に気付いていない。
――仕方ないわ。今、優先しなきゃいけないのは他の事だし。
大事な物を無くなっていることに気付き、さすがのフレイスリアにも動揺が走るが、それを表に出すことも無ければ、優先事項を間違えることも無い。
今は髪留めを探すことよりも、彼女たちと無事に帰ることが最優先なのだ。
幼い頃から英才教育(?)を受けてきたフレイスリアは冷静に状況を分析していた。
そして、今は暖を取るための焚き木が必要だ。それに火が無ければ調理もできない。
フレイスリアは立ち上がると、身を寄せ合って不安に体を震わせている三人の女子生徒に視線を落とす。
「皆はここで待っていて。私は焚き木になりそうな物を探してくるから」
フレイスリアがそう伝えてから彼女たちに背を向けると、不意に右腕を引っ張られる。
そちらに目を向けると、自分の袖を掴む女子生徒の姿があった。
ここに来るまでの喚き散らしていた傲慢な姿はそこには無く、ただただ不安に瞳を揺らす歳相応の少女そのものだ。
フレイスリアは彼女たちを安心させようと、優しく穏やかに微笑む。
「大丈夫よ。皆を置いてどこかに行くなんてしないから」
彼女たちはその言葉に僅かに表情を和らげる。大きな不安の中に小さな希望を見つけたかのように。
大袈裟ね――なんてフレイスリアは思いながら、眉尻を下げるのだった。
とはいえ、不安の渦中にいる彼女たちの傍を長く離れるわけにいかない。
ここには魔物除けが施されていないため、成りかけどころか魔物が出てくる可能性がある。
フレイスリアは手早く焚き木を集めていると、目の前を鹿が歩いている。
息を殺して狙いを定めると、異相で身体能力を強化して飛びかかって仕留めることに成功した。
これで十分な焚き木と食糧を調達することができた。
もしかすると、彼女たちは鹿肉に難色を示すかも知れないので、食べられる木の実なども集めておく。
「さて、解体しないといけないから、少し急ぐかな」
フレイスリアは岩の椅子に腰掛け、パチッパチッと音立てながら、揺らめく焚火を何の気なしに見つめていた。
焚火の先では身を寄せ合って女子生徒たちが寝息を立てている。
――眠ってくれて良かったわ。不安な環境下に置かれると人は眠れなくなるものだけれど、お腹が膨れたのが良かったのかしらね。疲れてもいただろうし。
三人は洞穴の出口近くでフレイスリアの帰りを待っていた。
そして、戻ってきた彼女の姿を見るや否や、目を大きく開くと、短い悲鳴とともに一目散に奥へと行ってしまった。
ひとまず、フレイスリアは血抜きの最終仕上げとして鹿を吊るすと、洞穴の中に入って火を起こす。
蒼褪めた顔をしていた三人も、彼女の見事な手際に釘付けとなり、火が灯った時は同時に感嘆の声を漏らしていた。
火を安定させた後は、鹿を解体するために慌ただしく外へと向かう。
これまでの経験から手慣れているとはいえ、一人で行うともなれば、相応の時間を要することになり、解体を終える頃には黄昏時になっていた。
残骸を放置するのは、獣や魔物を呼び寄せることに繋がるので避けたいところだが、さすがに暗くなってきた中で、遠くに捨てに行くのはリスクが伴うし、彼女たちもお腹を空かせていることだろう。
仕方なく、異相で地面に穴を作り、そこに残骸を放り込んで埋めることにした。
解体した肉を持って中へと戻ると、女子生徒のお腹が鳴るのが聞こえた。
三人が恥ずかしさから頬を赤く染める姿に、フレイスリアは穏やかな気持ちになる。
柔らかい部位の肉は串焼きにし、脂身の少ない部位は鉄板の上で焼く。
この脂身の少ない部位は若干、臭みがあるので、表面に焼き目がついたら、採集しておいた香草に包んで蒸し焼きにして中まで火を通す。
この間に肉の切れ端と香草と木の実のスープも作る。
香草の鼻腔を擽る良い香りが何とも食欲をそそるので、フレイスリアの調理を見る三人は瞳を輝かせ、その顔からは、「早く食べたい」といった言葉が見て取れた。
串焼きは簡易野営具の中にあった塩と胡椒でシンプルな味付けにし、鉄板焼きは切り分けた後、香草と一緒に採取してきたさっぱりとした甘みのある果実を絞ったソースで味付けする。
加えて、無駄な消費は出来ないが、長く日持ちする物でも無いため、二つのパンを半分に割って配分した。
鹿肉の串焼きに鉄板焼き、パン、スープと、とても遭難中とは思えない充実した内容の食事に四人は舌鼓を打つのだった。
食事が終わり、三人が船を漕ぎ出したので、火の番は自分がするから寝るようにと、フレイスリアが伝えると、彼女たちは横になって眠りについた。
思っていたよりも、混乱が起きることも無かったことにフレイスリアは内心、安堵していた。
下手に錯乱状態になられては宥めるのに労しただろうし、取り乱して当ても無く走り回られでもしたら、どうしようもなかった。
だから、今のこの状況は、フレイスリアが想定していた最悪よりはかなり良い。
同時に彼女は思う。随分と肝が据わっているな――と。
――初めての山中訓練の時は、夜、怖くて眠れなかったものだけど、この子たちは強いのね。
そうじゃない。決して彼女たちが強いわけでも、肝が太いわけでも無い。
彼女たちが安心して眠れるのは、フレイスリアという絶対の信頼を置ける存在がいるからに他ならない。
だけれども、その事に彼女が気付くことは決してない。
翌朝、空が白み始めた頃、フレイスリアは外に群がる殺気で目を覚ました。
その気配に彼女は、やっぱりか――と、小さく溜息を吐く。
――埋めたぐらいじゃ嗅ぎつけられるよね。
フレイスリアは焚火に目をやる。
幸い、まだしばらくは火が持ちそうだ。
フレイスリアは三人を起こさないように静かに立ち上がり、外へと歩き出した。
洞穴の前には案の定、魔物がいた。
彼女が相対するのは、炎のように真っ赤な毛並みをした大型の狼ヘルハウンドだ。
それが目の前に七体もおり、姿を見せたフレイスリアに牙を剥き出しにし、唸り声を上げて彼女を威嚇する。
敵と認識されているのか、獲物と認識されているのかはわからない。
ただ、地面を掘り返してある場所は、昨日、フレイスリアが鹿の臓物などを埋めた場所だ。そこから考えると、自分たちの獲物を取られまいとして威嚇してきていると、考えるのが妥当なところなのだろう。
――まあ、どっちでもいいんだけどね。
そうフレイスリアにはどんな理由だろうが関係ない。
重要なのは、目の前にいるものが自分たちに害を成す存在であり、かつ、こちらに敵意を向けているという事実だ。
フレイスリアは異相で手甲と脚絆を展開すると、右足を振り上げて力強く踏み込んだ。
「サイザータ!」
フレイスリアが声を発するのと同時に踏み込んだ瞬間、彼女の右足を中心にして眼前の地面が扇状に広く隆起し、岩の棘が幾重にも形成され、ヘルハウンドの群れに襲い掛かる。
彼女から近い位置にいた三体は避けることもできずに串刺しになり、残る四体も無傷とはいかず、不安定な足場の影響もあって動きが鈍る。
フレイスリアは敵の動揺を見逃さない。
近い敵に的を絞ると、拳を勢いよく突き出した。
イムクウト――目に映らず、音も発しない異相力を圧縮した高速の弾頭がヘルハウンドの胴体を破壊する。
「何、何の音? ひっ!」
その時、洞穴から女子生徒の一人が姿を見せてしまう。
戦闘音で目を覚ましてしまったのだろう。戦に身を置いたことの無い彼女にとっては、それが何の音かもわからず、警戒するという考えに至らなくても仕方ない。
それに、そんな物音が響く中で、それまで一緒にいた人間の姿が無くなれば、探しに来てもおかしくはなかった。
ただ、幼い頃から軍事教育を受けてきたフレイスリアにとっては当たり前のことだが、そうではない彼女たちが、軽率な行動に出ることを予測できなかったというよりは、失念していた。
女子生徒の姿を見つけたヘルハウンドに、鋭い目を向けられ、威嚇された彼女は恐怖から体を震わせている。
下手に動いて双方を刺激すると、どんな行動に出るかわからないため、フレイスリアも手出しできない。
ヘルハウンドに威嚇された女子生徒は蒼い顔しながら、じりじりと後退り、恐怖が限界に達したのか、振り返って悲鳴を上げながら、洞穴の奥へと逃げ出した。
それを合図に彼女を獲物と見定めた二体のヘルハウンドが、彼女の後を追おうとする。
しかし、そんなことをフレイスリアが許すはずはない。
「レグルス!」
フレイスリアがそう口にすると、洞穴の入口をすっぽり覆う岩の大盾が形成され、ヘルハウンドの行く手を阻む。これで、中にいる三人に危害が及ぶことはないだろう。
彼女が視線を外したことで、好機と捉えたのか残っていた一体が飛びかかって来る。
だが、そんなことは予想の範疇内なのだ。
振り返りながらの裏拳で頭部を打ち据え、頭蓋と脳を破壊する。
そして、岩の大盾に塞がれた洞穴の前でウロウロする二匹を始末するため、距離を一気に詰める。
一匹は果敢にも牙を剥いてきたが、ステップからの強烈な横蹴りで心臓を破壊し、残る一匹と間合いを計りながらの睨み合いとなった。
しばらくあって、両者が同時に間合いを詰める。
ヘルハウンドがフレイスリアに向かって口を大きく開ける。対して彼女は右拳を振り被った。
「フレイ!」
フレイスリアの振り下ろした拳が、ヘルハウンドの頭部を捉えた刹那、彼女の耳に自分を呼ぶ声が届く。
声の方に顔を向けると、険しい表情をしたレオナルドの姿があった。
何故、彼がいるのかと疑問符を浮かべながら、フレイスリアは小首を傾げる。足元には彼女に頭部を砕かれ、見るも無残に散ったヘルハウンドの残骸があり、その凄惨さと彼女の無垢さがあまりにもかけ離れすぎていて、何とも異様な光景を醸し出していた。
だが、レオナルドはそんなことに構うことなく、フレイスリアに詰め寄ると、険しい表情を崩し、彼女を無言で抱きしめる。
いきなりのことにフレイスリアは慌てふためくが、がっちりとホールドされてビクともしない。
「君が無事で良かった」
レオナルドは、そう安堵の声を漏らした。
そうして、フレイスリアは三人の女子生徒とともに、レオナルドが率いる捜索隊に保護され、帰路についたのだった。
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