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護衛は必要ありません。私は暴風令嬢ですから!  作者: 夏風
第2章 暴風は治まらない!
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第38話 私は野外学習も余裕です

 フレイスリアは呆然と崖を見上げていた。

 そんな彼女の脇には三人の令嬢が目を回して倒れている。見たところ、体に傷は無いようだが、着ている制服はあちこちが土で汚れている。


「困ったわ……」


 フレイスリアはそう呟くと、溜息を溢した。


 時は数時間前に遡る。

 フレイスリアたちは王都から三日程の距離にあるレイクイン大公領の山中に訪れていた。

 野外学習ということで、野営の準備や野草の見分け方、罠の設置などを主に学ぶ科目だ。

 これだけ聞くと、軍事科以外は不要のように思うが、それらを実体験することで、軍備に何が必要なのか、そのための諸経費はどれだけ必要なのか、土地の肥沃度や作物の傾向などを知ることができる。

 そのため、これは全科合同の必須科目に指定されている。

 ただ、野営の準備も野草の鑑別も、その方面に強い軍事科の生徒が処理してしまうため、他の科の生徒が真面目に取り組んでいるかと言われると、甚だ疑問が残るのだが。


 他の科の生徒が野営の準備をサボる中、軍事科の面々はそれはもう張り切って作業に当たっている。

 というのも、軍事科にはフレイスリアを除いて女子がいない。

 他科の女子と一緒に受ける共同科目はほとんどが座学で自己アピールできる機会が無かった。それもあって存分に自分たちの良さを見せることができると、躍起になっているのだが、残念ながら彼女たちはとんと興味が無いようで、彼らが不憫で仕方ない。


 その中で黙々と手際よく作業を進めているのが、フレイスリアである。

 幼少期からの軍事教育(スパルタ)により、考える必要も無い程に自然と体が動く。

 加えて近くで作業をしている生徒に向かって、的確に指示と助言を出している。余裕があるから視野を広く保てることで、周りへ配慮することができる。


 そんなフレイスリアに同じ軍事科の生徒だけでなく、他科の男子生徒たちも見惚れたような視線を送る。

 化粧を施し、香水を振り、制服の上から何かしらの小物を身に付ける他の女子生徒とは違い、動きやすい訓練着に余計な物は一切身に付けず、髪は動きの妨げにならないように結い上げているフレイスリアには他とは違った魅力があるのは事実だ。

 だけど、彼女は彼らの視線に気付くことは無い。当然、そんな視線を独り占めしている自分に対し、敵意を向けてくる女子生徒たちの視線にも気付かない。

 ここまで来ると、素晴らしい鈍感力である。戦中では卓越した観察眼や洞察力を発揮するのに、この差は一体何なのか。


 テントの設営が終わり、次の準備に取り掛かろうとするフレイスリアの元に、フレデリカとピアローゼが近づいて来て彼女を労う。


「フレイ、お疲れ様。少し休憩しない?」

「フレディ、ありがとう。ピアもありがとう」

「ううん。それよりもフレイすごいね。一人でテント建てちゃった」

「まあ、これぐらいはね」


 三人は早速フレイスリアが設営したテントの中に入ると、椅子に座り、彼女の休憩がてらお茶をすることにした。

 組み立て式のテーブルの上に、ピアローゼがティーセットを並べていく。

 その間にフレデリカは鞄からポットを取り出すと、何やら自慢げな顔をしながら、今回のお茶について説明をし出した。


「最近、領地で栽培されるようになった茶葉で、冷たい水でも風味が出せるの。フレイが作業で暑いと思ってね」

「フレディ……」


 親友の気遣いにフレイスリアが感無量といった様子で瞳を輝かせている。

 彼女の反応は大袈裟なように思うかも知れないが、フレデリカが今回、用意してくれた茶葉はストロノーグ公爵領でも、極少量しか採れない貴重な物であり、超高級品なのだ。

 他国の王家からも取引の依頼が来るほどの物で、いくら親友のためとはいえ、おいそれと出せる代物ではない。それだけにフレデリカが相当の労力を割いてくれたのだとわかる。

 フレイスリアにはそれが嬉しくて堪らなかった。


「何だか、フレディにそんなすごい物を出された後じゃ気まずいけど……」


 そう言葉を濁しながら、フレデリカがカップにお茶を注ぐ脇でピアローゼがテーブルの上に包みを広げた。

 中からは長方形状のクッキーらしいものが段々に規則正しく並んでいる。

 ちなみに『らしい』と表現したのは、それらは全てが何層にも生地が重なっているからだ。

 初めて見るそれをフレイスリアとフレデリカは、表現する術を持たない。


「これはまだ試作段階なんだけど、“ミルフィーユ”ってお菓子よ。基本はパイ生地を使うんだけど、それだと持って来る時に崩れるだろうから、クッキー生地にしてみたの。難しくてこれだけしか作れなかったけど」

「えっ……これをピアが作ったの?」

「う、うん」


 ピアローゼの話を聞いてフレイスリアとフレデリカは驚きを禁じ得なかった。

 これだけの精巧な菓子をピアローゼが自作したというのだから。

 しかも、ちゃんと甘い物があまり得意ではないフレデリカの事も考え、ビター味まであるというではないか。


 ここでフレイスリアははたと気付いた。フレデリカは希少な茶葉を、ピアローゼは自作のお菓子を、それぞれ持ってきてくれたが、自分が何も用意していないことに。

 俄かにフレイスリアの視線が泳ぎ、ソワソワし出してフレデリカが吹き出すように小さく笑った。


「フレイ。余計なことは考えなくていいのよ。私もピアもしたくてしているんだから」

「そうだよ。フレイは一人で野営の準備してくれたんだから、それだけで十分だよ」

「フレディ、ピア……ありがとう」


 フレイスリアの視界が滲む。

 何だか最近、涙腺が緩くなっているようでいけないな――なんて思いながら、三人はお茶の時間を楽しんだ。


 さすがにずっと休んでいては、他の生徒に面目が立たないので、二人には申し訳なかったが、フレイスリアはそこそこの時間で切り上げて作業に戻っていた。

 野営場所の周囲は魔物除けが施されているため、そうそう侵入されることは無いが、獣や成りかけには効果が無い。

 そのため、この野外学習では順番で見張りを置くか、不寝番が必要になる。


 それについてはおいおい決めるとして、フレイスリアは野営地から少し離れた草原に来ていた。

 実はこの辺りに、以前に依頼掲示板で見た目的の薬草があるはずなのだ。

 なので、彼女は今、本来の目的そっちのけで薬草を探すのに集中している。

 単独行動は褒められたものではないが、他の生徒を巻き込むわけにもいかないし、自分が冒険者活動をしていることが知られるわけにもいかないので仕方が無い。


 目的の薬草が見つからないフレイスリアは、更に先へと進んでいく。

 いつの間にか切り立った崖の近くまで来てしまっていた。

 崖下を覗き込んだ彼女が暢気に、「これは落ちたら骨だなぁ」なんて呟いていると、背後に誰かが近寄って来る気配を感じて振り返る。

 そこにはいつぞやの女子生徒方がいた。

 何故か三人とも息が上がっている。


「まったく、一人でズンズン進んでいくのだから、人の苦労も考えなさいよね」

「はぁ……」


 彼女の言うことの意味がわからず、フレイスリアが「なんのこっちゃ」と言わんばかりに、頭の上に疑問符を浮かべる。

 わからなくても当然だろう。別にフレイスリアはここに来るにあたり、誰と約束していたわけでも無く、そもそも単独行動していたのだから。

 それに対して三人の女子生徒は彼女が、一人になる時を狙っていたのだが、いざ一人になったと思ったら、ずんずんと奥へと進んでしまう。

 フレイスリアを見失わないように後を追うも、荒事に慣れていない彼女たちはフレイスリアの背を追いながら、何かに襲われないかと戦々恐々としていた。


 そんな経緯もあって三人のフレイスリアに対する敵意は増大していた。

 実にいい迷惑である。


「一人で野営の準備をこなし、こんな奥地まで来るなんて……普通の令嬢にはできませんわね」

「本当ですわ。どんな生活をすればお出来になるのかしら」

「きっと、他とは違う教育の賜物なのでしょうね」


 彼女たちの言い分はフレイスリアを褒めているようで貶している。それどころかリーシュベルト公爵家の在り方さえも貶めているのだが、いつものように彼女は気付かない。

 平然と返事をする。


「そうですね。幼少の頃からしっかりと鍛えて頂きましたので」

「まあ! だから、軍事科の男子生徒たちの中でも過ごせているのですね?」

「私の家は軍事に携わっていますので、これぐらいは出来ないといけませんでしたし」


 どんなに嫌味を言い含めても、フレイスリアは僅かの動揺も見せない。

 それもそのはずで、何度も言うように彼女は嫌味を嫌味とわかっていないからだ。もう少し、率直にわかりやすく嫌味を言えば、彼女も察するだろうが、それでは公然と格上にケンカを売ることになるので、そういうわけにもいかない。


 フレイスリアの態度に痺れを切らし、三人の女子生徒が詰め寄って来る。

 そのまま、掴みかかろうとしてきたので、条件反射のようにフレイスリアは身を躱してしまった。

 先程、崖下を覗き込んでいたように、ここは崖際なのだ。

 体勢を崩した女子生徒の一人が、崖下に落ちそうになり、慌ててフレイスリアが手を伸ばして彼女の腕を掴むが、焦った他の女子生徒によって四人は仲良く、崖下へと真っ逆さまとなってしまう。


 しっかりと鍛えている自分はともかく、三人は危険だ。

 このままでは死ぬかも知れない。死ななくても大ケガは免れない。

 フレイスリアは異相力を展開し、得意な地属性を活かして地面を軟化させ、クッションのようにすると、落下の衝撃を完全に逃がしてみせた。

 しかし、三人は刺激が強すぎたのか気を失ってしまっている。


 フレイスリアは立ち上がり、異相を解除すると、静かに崖を見上げる。

 自分だけならここを登るのは造作も無いが、三人を抱えては不可能だ。

 フレイスリアはどうしたものかと、溜息を漏らしたのだった。

ご覧いただき、ありがとうございます。

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