第36話 私はデートします
今回のレオナルドさんは、いつも以上に攻めます。
夜も更け始めた中、邸の自室では寝衣のフレイスリアが、何やら落ち着かない様子で右往左往していた。
顎に手を当てて何やらブツブツと独り言を呟いている。
すると、突然、赤面したかと思えば、両手で顔を覆ってベッドに仰向けに倒れた。
直前に彼女が見ていた方向を見れば、丸テーブルがあり、その上には手紙と添えられるように、11歳の誕生日にレオナルドから贈られた髪留めが置かれていた。
「うぅ……なんでこんなに落ち着かないの」
フレイスリアの同様の原因は、先日、レオナルドから送られてきた手紙の内容が原因だった。
だが、誤解しないでほしい。決して悪いことが書かれていたわけではない。
手紙の内容はデートのお誘いだったのだ。
興奮冷めやらぬ中でフレイスリアは、シーツに包まって目を閉じる。
どこかに出かける前日のように、楽しみで仕方なく眼が冴えてしまって眠れないのではないかと思いきや、フレイスリアはあっという間に寝息を立てていた。
翌朝、太陽が顔を出す前に目が覚めたフレイスリアは、鍛錬場で軽く汗を流す。
さすがにこの後は予定があるので、これまでのように異相力を使うことはせず、体内の循環を良くする程度に留める。それでも、一般的に見れば、相当ハードなものだが。
リザに手伝ってもらって湯浴みと着替えを済ませると、朝食を軽めにとった。
朝食の席に同席する両親たちの表情からは、少しの喜びと多分な心配と不安の色が浮かんでいる。
大方、私が何かをしでかさないか心配なのだろう。
そう思うのも仕方がないわね。これまでを考えれば。
なんて、フレイスリアは家族が自分に向ける表情に納得していた。
さて、今回は傍目からは高位貴族とわからない服装でとの一文があった。
それについて、フレイスリアは理由がわからなかった。
まあ、動きやすいに越したことは無いので、彼女としては全く構わないのだが、気にはなる。
「何でこんな服装の指定がされているのかしら?」
「……お嬢様、それは本気で言っていますか?」
「えっ、リザはわかるの?」
「まあ、何となくは……」
本当にわからないと言った様子で疑問を溢すフレイスリアに、専属侍女であるリザは歯切れ悪く答える。
当然、教えてほしいと乞われたが、「本人に直接、確認する方が良い」と、話を切り上げて手際よく、鏡台に座るお嬢様の身支度を整えていく。
鏡越しに映る彼女の顔は、いかにも不満げだったが、そんな表情も愛おしく可愛らしい。
――まったく……こんなに愛らしいお嬢様に、心を向けてもらえる殿下が羨ましいわ。
自分が仕える可愛いお嬢様との逢瀬を楽しまられるであろうレオナルドに、リザは小さく嫉妬を覚える。でも、お嬢様が笑ってくれるなら私も嬉しい――と、心の中で呟く。
着々と準備を済ませるリザの顔は、とても穏やかな表情だった。
支度の終わったフレイスリアが、ホールに姿を現した。
簡素ながらも上品な空色のワンピースに、薄手の白いケープを身に纏い、プラチナブロンドの髪を二つおさげに結い、簡素なトークハットと左サイドだけ髪を少し纏めてレオナルドからもらった髪留めで飾っている。
確かに公爵令嬢として考えれば地味なのだが、彼女自身のスペックが高すぎてどうにも誤魔化しきれていない。
何だかかえって目立つような気がする。
グランバルドやレイチェルをはじめ、見送りに来た者全員が同じ感想を抱いた。
両親がフレイスリアに話しかけようとした時、正面扉が開かれ、レオナルドの来訪が告げられる。
その報告に驚きのあまり、フレイスリアのみならず両親も目を見開いていた。
そして、遅れてレオナルドが挨拶の言葉とともに姿を現した。
上品なシャツの上に薄手のジャケットを羽織ったパンツスタイルは、確かに大公家の人間の服装には見えない。見えないが、こちらもご自身のスペックの高さのせいで、溢れ出るオーラを隠せていない。
一応、変装してきたのであろう姿を、フレイスリアはまじまじと見つめる。
「どうした、フレイ? 普段とは違う私の姿に見惚れているのか?」
「はい。とても新鮮です」
「そ、そうか」
揶揄うような笑みから一転、思わぬ返答に気恥ずかしさからレオナルドは頬をかいて視線を逸らす。そこにフレイスリアの言葉が、ただ――と続いた。
「変装できていないですね。殿下はご自身の雰囲気を隠せていないです」
フレイスリアの何気ない感想に、周囲の人間が一様に固まった。
大公家の令息が、格下である公爵家の令嬢を迎えに来ただけでなく、気兼ねなく過ごせるようにと、自身の格に不釣り合いな装いまでしてきてくれているのだから、この日をどれだけ楽しみにしていたかがわかる。わかるからこそ、凍りついた。
だが、周囲の心配をよそにレオナルドは、珍しく実に愉快そうな笑い声を上げた。
「ははは。そうか、隠せていないか」
ひとしきり笑った後、今度はレオナルドが、だが――と言葉にする。
「それは君も同じだよ。君も全く隠せていない」
「えっ、そうですか?」
「ああ、全くだ。こんなにも愛らしい」
「!」
フレイスリアは不意にレオナルドに手を取られ、そのまま手の甲に口付けをされた。
それを見ていた周りは、一瞬どよめくが、本当に一瞬だけだった。
口付けをされたフレイスリアが全く嫌悪感を示していなかったからだ。
それどころか薄っすらと頬に赤みが差している。
娘の反応を見たレイチェルはどこか安堵したような表情を浮かべると、レオナルドに頭を下げた。
「殿下、娘をよろしくお願いします」
妻に倣ってグランバルドも頭を下げれば、その場にいる全員がレオナルドに頭を下げていた。
その様子にフレイスリアが動揺するが、レオナルドは爽やかな笑顔を浮かべる。
「フレイをお借りしていきます」
レオナルドが穏やかな声音でそう告げると、フレイスリアは彼に手を引かれて外へと出た。
彼のエスコートで馬車に乗り込んでから、出発してすぐにはたと気付く。
馬車の中にフレイスリアとレオナルドしかいないことに。
デートなのだから当然と言えば当然なのだが、婚約もしていない未婚の男女がこれはまずいでのはないかと、今になってフレイスリアは焦り始める。
それを感じ取ったように、レオナルドが微笑みかけた。
「フレイ、心配することないよ。そのためにこうして目立たないような恰好をしているのだから」
「そういうことですか」
今の二人の装いはとても身分に合ったものとは言えない。
そのため、街中を二人でいる姿を見られても、知らぬ存ぜぬで押し通せばいい。
人の口に戸は立てられぬと言うが、大公家と公爵家に面と向かって対立しようという者はまずいないので、噂としかならずにすぐに忘れ去られる。
ただ、レオナルドとしては、噂で終わる必要は無いと思っているのだが、ままならないものである。
「君はレーヴェの正式な婚約者じゃないけど、候補ではあるからね。対策はしておくに越したことはない」
従弟とは言え、大公家の令息が王子殿下を愛称でしかも、敬称無しなのはまずいのでは……あっ、でも、前にお二人で話をされている時はお互いに愛称で気安い感じだったような。
目の前でレオナルドが話しているにも関わらず、フレイスリアはそんな事に囚われていた。
二人の関係云々よりも、よっぽどまずい気がする。
実際、自分の言葉に何の反応も示さないフレイスリアを見て、レオナルドが不安げに言葉を続ける。
「やはり、迷惑だっただろうか?」
「はい?」
「君は私よりもレーヴェの方が良いのか?」
「そんなことはありません!」
レオナルドの言葉に間髪入れずにフレイスリアが反論する。
思わず言ってしまった事に、彼女はハッとして口元を押さえるが、既に口からは言葉が出た後であり、意味が無い。
その証拠に驚愕に目を見開いていたのも一瞬の事、レオナルドの表情が見る見る内に悪いものに変わっていく。
「そうか。そんなことないのか。フレイは私の事を少なからず想ってくれているのだな」
熱っぽい視線で見つめられ、左手に口付けを落とされたフレイスリアは、言葉が出ないまま口をハクハクしている。
その様子にレオナルドは、どこか満足気な表情を浮かべた。
何とか気を持ち直したフレイスリアはデートを楽しむが、所々でレオナルドに不意打ちされた挙句、最後に立ち寄った宝飾品店で、左手の薬指に指輪をはめられ、「大きさは測れたから、婚約指輪を作るのに問題ないな」と、満面の笑みを向けられて顔を真っ赤に染め、目を伏せることしかできなかった。
そして、顔を真っ赤にしながら帰ってきた娘を見て、気が気じゃない様子のグランバルドとは対照的に、レイチェルはにんまりとしていたのだった。
不定期な上に、期間が空いてしまい申し訳ありません。
思いついたタイトルを投稿しまくる悪い癖を発揮した私の至らなさでございます。
本当にすみません。




