第33話 私は冒険者活動も怠りません
フレイスリアは休日を利用して冒険者ギルドを訪れ、手頃な依頼を受けていた。
今では身長も伸びたので、厚底の脚絆を履かなくても怪しまれる心配はない。ただ、公爵家の人間であることは隠す必要があるので、鎧で全身を覆うことは変わらない。
ちなみにフレイスリアの受けた依頼が『手頃』とは言っても、それは彼女の基準であってその他一般の基準ではない。
彼女が受託した依頼は、『ヒューリアスホーン』の合同依頼だ。
ヒューリアスホーン――四足獣に似た外見を持ち、筋骨隆々の逞しい巨躯と額に生えた鋭い三本の角が特徴的な魔物だ。凄まじい突進力は重装兵の盾や鎧をものともせずに薙ぎ倒し、全身を覆う短い体毛は強靭で剣などの通りが悪く、マナに対する防御能力も高い。更に三本の角に異相力を凝縮して雷撃のような攻撃もすることができるため、暴れ出すと手が付けられない。
このように破壊力に富んだ攻撃方法と範囲攻撃、高い防御力を持っているため、かなりの難敵であり、複数パーティでの対応が推奨されている。
ただ、好戦的な性格ではなく、縄張りに入ったり、攻撃を仕掛けたりしなければ向こうから襲い掛かってくることは滅多に無い。
そんな個体が人里近くに姿を現し、通りかかった人に危害を加えたとあって、ギルドに依頼が出されるや否や、即合同依頼として張り出された。
合同依頼となると、受注者全員の貢献度に応じて報酬が分配されるのだが、ギルドからの上乗せもあるため、それにより報酬が分配されても、十分な対価が望める。
それだけ、危険を伴う依頼だということでもある。
そんな依頼にも関わらず、ギルドを訪れた時に騒がしい一角を覗いて目にした依頼を仲間に相談も無く、受けてくるのだからフレイスリアには困ったものだ。
しかも、今回はリザだけでなく、ルイスとネミアも同行しているのだから、もう少し配慮するべきなのだが、依頼内容を伝えたのも目標地点に向けて出発した後だった。
「大丈夫、大丈夫! そんなに心配しなくても、何とかなるって」
「いや、全く説得力ないです」
「わ、私も自信無いです」
「心配要らないよ。危なくなったら、私とライザで守るから」
――私はお嬢様の侍女で二人のお守りでいるわけではないのですが……
フレイスリアが委縮する二人を励ますのを見て、リザが静かに溜息を吐く。
今回の合同依頼を受注した冒険者の中に実力が確かな者がいないため、戦力に不安が残る。だからこそ、フレイスリアが依頼を受けると言った時に、それを聞いたギルド職員全員の顔が一気に明るくなったのだろう。
――まっ、なんとかなるでしょ。
三人の心配をよそに、その原因を持ってきた彼女は楽観的に考えていた。
「ダメだ! 剣が通らねー!」
「おい! しっかり引きつけろ! バカヤロー! 正面に立つんじゃねー!」
「はあっ!? 何でお前に指図されなきゃ――」
大盾を構えた冒険者がヒューリアスホーンの突進をまともに受け、まるで小石のように軽々と吹っ飛ばされていく。
戦況はたった一体の魔物に翻弄されて崩れに崩れていた。
少し離れた位置でそれを見ながら、フレイスリアがルイスとネミアに解説している。
「ヒューリアスホーンは戦闘態勢に入ったら、正面に立たないように注意して真っ向から攻撃を受けないように。注意を分散させると、攻撃頻度が落ちるからそこを狙うといいよ」
自分たちの目の前で戦う冒険者たちが苦戦強いられている様子を見て、二人はハラハラしながらも、フレイスリアの解説に対して理解したように頷いた。一匹の魔物を相手に冒険者たちが手も足も出ず、吹き荒れる風にさらされる木の葉のようにされている光景が広がっていても、少しも動揺することなく解説を続ける彼女からは妙な安心感がある。
全体に指示を出していた男が痺れを切らし、「俺がやってやる!」と、勇んで突撃するも、あえなく小石のように吹っ飛ばされる。言うなれば、寸劇を見ているような気分だ。
それを見て形勢不利が確定したことを察した男が、フレイスリアに向かって叫ぶ。
「おい、テンペスト! 見てないで手伝え!」
「……」
男の叫びを聞いてフレイスリアが眉根を寄せる。
そもそも好戦的なフレイスリアが、普段は見られないような敵を前にして戦列から離れていたのは、目の前で情けない姿を晒している者どもの妨害によるものだ。彼女の前を塞いだり、仲間に罵声を浴びせたりしてきたため、離れて様子を見ていた。
それが自分たちで手に負えないと悟るや厚顔無恥も甚だしい限りだが、そんなことも言っていられない状況なのも確かだ。
フレイスリアは溜息を吐くと、仲間に声をかける。
「みんなはここで待っていて。ライザ、二人をお願いね」
「わかりました」
リザの返事を聞いてフレイスリアは前に出ると、盾を打ち鳴らしてヒューリアスホーンを挑発する。
それに気付いた四足獣が彼女に向かって突進してくるが、フレイスリアは避ける素振りを見せない。直前に見た味方が吹き飛ばされる光景を重ねた周囲の人間が、動揺して何かを叫んでいる。ただ、リザだけは、まるで勝利を確信しているかのような笑みを浮かべた。
フレイスリアは大盾を地面に突き刺し、異相力で強化すると、真正面からヒューリアスホーンの突進を受け止めた。
周囲一帯に衝突の爆音が響き渡る。
ぶつかり合いに負けたのはヒューリアスホーンだった。
そこからフレイスリアが右脇から戦鎚を振り抜くと、魔物の体がいとも簡単に吹っ飛んでいく。吹き飛ばされ、地面に体を強打したヒューリアスホーンが体勢を立て直す前に、間合いを詰めたフレイスリアがトドメの一撃を振り下ろした。
「あっ、そういうのいいんで。等分で結構ですから、後日取りに来ます。それじゃ急ぎますので」
ギルドに戻って報酬分配の話になった際、分配比率が貢献度に比例するため、合同依頼の時は不正を防止するため、原則ギルド職員が同行し、随時、査定を行っていく。
今回は当然、フレイスリアの貢献度が群を抜いて大きいわけだが、それにも関わらず均等分配で構わないと言い出したのだ。
これには同行したギルド職員だけでなく、共に依頼にあたった冒険者全員が納得しなかった。
しかし、彼女はこれを頑なに拒否し、後日取りに来ると言い残してギルドを後にした。
フレイスリアたちが去った後、残された者たちの中で彼女に対する評価がうなぎ上りだったが、この時の彼女は時間に押されており、細かい報酬配分の算定を待っている時間が無かっただけなのだ。
しかも、彼女が初めから先陣を切って戦っていれば、余裕をもって終わっていたのに、余計な邪魔が入ったことで戦闘が長引いたことへ心の中で不満を漏らしていた。
――もう! あれさえ無ければ余裕で終わっていたのに! まったくもう……っ!
目的地へと急いでいたフレイスリアの足が急に止まる。
リザたち三人は立ち止まった彼女を疑問に思いながら、その視線の先に目を向けると、そこにはレオナルドとフレデリカがいた。しかも、何やらとても楽しげだ。
――えっ? なんで……どういうこと?
フレイスリアの中には、レオナルドに対する今まで抱いたことのないような感情が渦巻き、楽しそうな二人の姿を見ているのが辛くなり、堪らず駆け出したのだった。




