第31話 私は存在感を示します
第2章を開始します。
貴族学校での生活が主です。
今年で13歳を迎えることになるフレイスリアは、無事にアスタリオ国立貴族学校へと入学した。
今日はその入学式で同い年で一緒に入学するフレデリカとピアローゼとともに、馬車に揺られている最中である。
「二人は何を専攻するの?」
これから先に待つ学生生活を思えば、それに関連することが気になるのは当然の帰結だ。
貴族学校には4つの選択科目がある。
1つ目は軍事科。主に戦闘訓練や戦術・戦略に加えて部隊指揮から統括指揮などを学ぶ。
2つ目は経営科。領地経営や土地や産物の開発・改良の手腕を学ぶ。他に研究項目もある。
3つ目は政務科。国政に関わる重要な役職を担うための知識を学ぶ。
4つ目は特別科。主に王族やそれに準じる貴族のための科目である。
選択制とは言っているが、言葉通りに選択した科目の講義に出るのは下位貴族のみで、上位貴族は自身が選択した以外の科目についても成果が求められる。
これは学校の教育方針というよりは、お家間の品格をかけた争いという側面が大きい。
ちなみに5大公爵家の令嬢であるフレイスリアたちも、当然、3つの科目を網羅しなければならないのは元より、4つ目の特別科もきっちりと修めなければならない。これは公爵家の令嬢ということもあるが、レーヴェリアンの婚約者候補ということも影響している。
「私は政務科ね。色々と推し進めたいこともあるし。ピアはどう?」
「うーん、経営科かな。研究したいことがあるから……」
「へぇ、そうなの。初耳だわ」
「あっ、うん。ごめんね、話してなくて」
「別に気にしてないわ。好きなことをやったらいいじゃない」
「うん。ありがとう」
フレデリカの励ましにピアローゼがはにかみように笑う。
仲の良い二人とこれからも一緒かと思うと、フレイスリアは心躍るような気持だった。
「それで、フレイは何にするの?」
「私は当然――」
「軍事科よね?」
ピアローゼに答えようとしたところをフレデリカに取られてしまい、フレイスリアは口を開きかけた状態で固まる。
それから彼女が「もう!」とわざとらしく怒って見せれば、二人は俄かに笑い出す。それにつられるようにフレイスリアも一緒に笑い声を上げた。
入学式が始まり、三人は仲良く並んで席に着いていた。
基本的に学内では家格が反映されることは無いが、入学式や卒業式での席位置については例外であり、家格を考慮した席が割り当てられている。
粛々と式は滞りなく進み、在校生挨拶の次第になった。
「在校生代表、クロード・フォン・レイクイン」
名前を呼ばれた高らかに返事をした生徒が壇上へと現れた。
フレイスリアがある事を疑問に思って首を傾げていると、それを察したフレデリカが小声で教えてくれた。
「彼はレオナルド殿下の弟君よ」
「あっ……だから雰囲気が似ているのね。家名もレイクインだったし」
――この子、本当にこういうところは鈍いのよね。
イマイチ察しの悪いフレイスリアにフレデリカが呆れと心配の混ざった複雑な顔をする。
そんな親友の複雑な思いに彼女は全く気付いていなかった。
入学式も無事に終わって学内を見て回っていた。
今日は入学式で終わりのため、学校でこの後の予定は無い。
三人がスイーツ店にでも繰り出そうと話していると、背後から呼び止められた。
「麗しい令嬢方、ちょっといいかな?」
その声に振り向くと、そこには生徒会長のクロードが立っていた。
大公家の令息であるクロードだが、彼女たちとは面識がない。そんな彼に声をかけられるような節が見当たらない三人は疑問符を浮かべるが、ひとまずはカーテシーをして礼を取る。
「ああ、そんなに畏まらないで。私の事はクロードと呼んでくれ」
彼に促されて姿勢を戻した三人が序列順に挨拶する。
「初めまして、クロード殿下。ストロノーグ公爵の娘、フレデリカにございます」
「ドワノコフ公爵の娘、ピアローゼです。クロード殿下にお声かけ頂き、光栄です」
フレイスリアの番になった時、クロードと視線が交錯すると、彼はふんわりと微笑んだ。それに彼女も微笑みを返す。
「リーシュベルト公爵の娘、フレイスリアと申します。今後ともお見知りおき頂ければ幸いです」
「ふーん、君がそうなのか」
「はい?」
クロードがフレイスリアを値踏みするような目でしげしげと見遣る。
いくら何でもさすがにこれは不快だ。
フレイスリアだけでなく、フレデリカとピアローゼもクロードに怪訝な目を向ければ、それを感じ取った彼は少し焦った様子で取り繕う。
「すまない。兄から君のことを聞いていてね」
「レオナルド様から……ですか?」
「ああ、とても魅力的な女性だ、とね」
それを聞いて思わずフレイスリアの顔が赤くなる。
まさかレオ様が私のことをそんな風に言ってくださっているなんて。
いや、会う度にそんな風に言われているような気はするけど。
私の力を少なからず認めて頂けているのなら、これからも更に精進して武に磨きをかけなければ!
何故か彼女の思考はこうなる。
ちなみにフレデリカは彼女の顔を見て、何を考えているのかおおよそ見当がついて小さく溜息を漏らした。
その後、一言二言の言葉を交わして三人はクロードに別れの挨拶をし、目的のスイーツ店に向かうため、足を向ける。
その背中にクロードは不敵な笑みを浮かべ、意味ありげな視線を送っていた。
軍事科の教育初日、選択した生徒が集まっている。
その中には当然、フレイスリアの姿があり、注目の的になっていた。
上位貴族なら希望していない科も成果が求められることは確かなのだが、それでも息女となると、軍事科に関係することは除外されることがほとんどである。
というのも、淑女としての振る舞いが求められることの多い貴族の娘に、軍事に関する知識や技術、まして戦闘能力が必要とされることはまずないし、そのようなものを修めては、かえって野蛮人扱いされることは火を見るよりも明らか。そうなっては良い縁談など望めるはずもない。
そんなこともあって、軍事科を選択する令嬢はほぼ皆無であり、仕方なく出席する者たちも制服のまま遠巻きに見ているだけにとどまる。
だからこそ訓練着を着て、男子に交じって教育を受けようとしているフレイスリアは異色であり、衆目を集めるのも無理はない。ただ、その目からは明らかに彼女の事を歓迎していない意思が、ありありと見て取れる。
「フレディ、一緒にやらないの?」
「戦術理解ならともかく、私の技術は正面からは不向きよ。ピアは?」
「わ、私は専門外なので……」
「そうよね。というわけでフレイ。こればかりはあなただけで頑張りなさい」
「えー……」
これから実技も含めた科目が始まるというのにも関わらず、緊張感に欠ける彼女の態度に周りの同級生は冷ややかな視線を送っていた。
それもそのはずで、彼らは国防を担う軍部や最前線で体を張る騎士を志願している者たちで、軍事科にかける情熱は並々ならぬものがあり、その中でやる気があるのか疑わしい態度で、しかも、それが女子ともなれば当然とも言える反応だった。
彼らもフレイスリアがリーシュベルト公爵家の令嬢であることを知らないわけではない。むしろ、知っているからこその反発心もあるのだろう。
軍事に大きな影響力を持つ公爵家に生まれただけの女が、遊び半分でこの場にいられてはこちらが迷惑だ――と。
まあ、そんな考えはすぐに覆されることになるのだが。
本格的に教練を始める前に生徒個々人の実力を測るため、二人一組で簡単な組手を行うことになったのだが、紅一点のフレイスリアと進んで組もうという者はおらず、離れて様子を窺っている。
自分と組んでくれそうな相手を探し、周囲をきょろきょろと見回す彼女の前に、本当に同い年かと見紛うほどの巨躯が立った。
「相手がいないなら俺とどうだ?」
「ありがとうございます。相手が見つからなくて困っていたところだったんです」
やっと見つかった組手相手にフレイスリアが安堵の表情を見せる。
だが、そんな彼女に対して周りは正反対の反応だった。
「あれってバクスター伯爵家のアーロンだろ?」
「いくらなんでも可哀そうにな」
フレイスリアが組んだ相手を見て、周囲がひそひそと何かを話している。ある者は同情の眼差しを、ある者は自業自得だという眼差しを彼女に向けて。
その様子に彼女が首を傾げていると、何やら複数の声が演習場に近づいてくる。
「殿下、いらっしゃるのであればお知らせ頂ければ――」
「良い。私の勝手な行動に付き合う必要はない。むしろ、手間を取らせてすまない」
「そんな! 畏れ多いことです」
――この声……もしかして。
フレイスリアには聞こえてくる声の一つに聞き覚えがあった。
自分のことを揶揄ったり、弄んだり、時に甘い言葉を囁く人。
彼女が思った通りの人物が廊下の陰から姿を現した。
「レオナルド様」
思わず彼女の口からはポツリと彼の名前を呼ぶ声が漏れた。
そして、彼女自身は気付いていないだろうが、大輪の花が咲くような笑顔を彼に向ける。その顔に周囲の人間が見惚れて言葉を失った。
フレイスリアの姿を見つけてレオナルドが微笑めば、彼女は何となく恥ずかしくて目を伏せた。
レオナルドが現れたことで教練内容が、一対一の模擬戦形式の組手に変更された。
教師が最初の組を選んでいると、フレイスリアの相手であるアーロンが彼女に無断で名乗りを上げる。
しかし、フレイスリアの意識は他のことに向けられており、そのことに全く気付いていなかった。
教師に促されて開始位置まで移動する間も彼女の視線はある場所に注がれていた。そして、それは今も続いている。
フレイスリアの視線の先にはフレデリカやピアローゼと親しそうに話すレオナルドの姿があった。
――なんだろう……二人の楽しそうな姿を見ていると、すごく落ち着かないというか、もやもやするというか。
彼女は自分の中に突如として沸き起こった感情に、わずかに息苦しさを覚えて胸を押さえる。それに気を取られて模擬戦開始の合図にも気付いていなかった。
「おら! よそ見してんじゃねぇ!」
アーロンが手に持った訓練用の大剣を振りかぶってフレイスリアに迫るが、彼女は条件反射で彼の攻撃を反応する。
――私は今
アーロンの大剣を左手で受け流す。
――それどころじゃ
右足を強く踏み込んで相手の懐に入る。
――ない
流れるように右肩を入れて背中を寄せる。
――の!
溜め込んだ力を一気に解放してアーロンに叩きつけた。
相手の攻撃に対する反射行動のため、手加減らしい手加減ができず、フレイスリアがすっぽりと隠れるほどのアーロンの体があり得ないほどの速さで飛んでいき、壁に激突する。
「あっ……やっちゃった」
フレイスリアは自分がやったことに驚いて、同級生の様子を急いで確認しに行く。
「あの……大丈夫ですか?」
「……っ! これぐらいどうってことない。俺は頑丈だからな」
今までにない強烈な衝撃でアーロンは意識が朦朧としていたが、自分を心配して声をかけるフレイスリアに気付いて見栄を張る。
しかし、その体に受けたダメージはやはり大きく、よろけそうになったところをフレイスリアが手を貸そうとするが、彼女の手がアーロンに触れる前にアーサーが彼に肩を貸した。
「彼は私たちで医務室へ運んでおこう」
レオナルドは教師に手をかざしてこちらに来ることを制止した。
そして、立ち去る間際、フレイスリアにだけ聞こえるように囁く。
「妬いてくれたのかな? 嬉しいよ。私の可愛い人」
フレイスリアは彼の言葉に詰まりながらも何かを言おうとするが、ついに言葉が見つからず、立ち去る彼の背中を真っ赤になった顔で見送ることしかできなかった。




