第30話 私は頼む先を間違えたかもしれません
ここまで結構長かったですけど、仕込みらしい仕込みが出来ていたか不安です。
フレイスリア一行はシンシアたちの村の中で村人たちに囲まれていた。
巨大な狼を引き連れて村へ入れば、人だかりができるのも無理はない。
最初はアセナを警戒して遠巻きに見ているだけだったが、フレイスリアたちに従っていることがわかると、次第に人が近寄ってきた。
無邪気な子供たちはアセナに抱きついたり、尻尾を触ったりとすぐに打ち解けている。
「シンシア?」
人垣の中から、彼女の名前を呼ぶ男性の姿があった。
彼の姿を認めたシンシアは、自分の名前を呼んだ男性の許へと走り出す。男性もシンシアへと走り出すと、二人は固く抱きしめ合った。
「良かった、良かった……君が無事で良かった」
「心配をかけてごめんなさい」
二人の様子からどんな関係なのか、誰から説明を受けなくてもフレイスリアは察していたが、ネミアが簡単な馴れ初めを教えてくれた。
「あの男性は姉の婚約者です。村の薬師でケガをした姉が薬を調合してもらったりしている内に、仲が深まっていたようです」
「そうなんだ」
お互いに頬を薄く染めて微笑み合う仲睦まじい二人を見てフレイスリアは、私にもあんな人ができたらいいな――と思っていた。
「今日から面倒を見ることになりました、ルイスとネミア、それとシフです」
「可愛いわんちゃんね。でも、フレイ、ペットが欲しい時は前もって相談するように言ってあったわよね?」
二人と一匹を見渡したレイチェルが冷ややかな温度でフレイスリアに問いかける。
ペットって二人のことも入っていませんよね? お母様――なんて言える雰囲気ではない。
両親は子供たちの中でも、特にフレイスリアに甘い印象だが、今回は甘さのあの字も感じられない。
彼らの面倒を公爵家で見ることになったのは、偏にフィリアの正体がフレイスリアだと知られたためだった。
公爵領の中ならともかく、まさか自分のことが公爵家とは縁も所縁もない小村の人たちにまで知られているなんて、正直なところ思ってもみず、それだけに顔を見られてもきっと大丈夫なんて甘い考えから、高を括っていたことは否めない。
彼女の素顔を見て真っ先に反応したのはシンシアだった。
――『リーシュベルト公爵家のフレイスリア様!?』
あの時はシンシアたちも驚いていたが、最も驚いたのはフレイスリアだ。
まさか、自分を知る者がいたなんて――と。
当然、彼女の年齢も知っていたため、他言しないようにお願いした。
フレイスリアとしては自分の冒険者資格が剥奪されるだけならいいが、当然、公爵家にも迷惑がかかるし、基準に達していない者の申請を通したギルドの職員も責任を追及される。家の事もそうだし、普段から良くしてもらっているギルドのみんなに波及するのは避けたかった。
シンシアは他言しない交換条件を提示してきた。それがルイスとネミアを公爵家で鍛えるというものだ。
二人とも冒険者としてはまだまだ未熟であり、シンシアが育てるにしても得意な系統の違いから難しい。それに――
――『それに私は才能があるわけじゃありませんから』
確かにフレイスリアから見ても、シンシアに特出した何かがあるわけではない。
しかも、戦鎌というあまり見ない特殊な武器の使い手ということも、他者を育てるという面ではマイナスに作用してしまう。
――『わかりました。公爵家で二人の面倒を見ます。でも、相当辛いから覚悟してくださいね?』
フレイスリアの言葉にルイスとネミアが、表情に不安を滲ませながらも元気に返事をした。
それなりに可能性のある彼らを鍛えることは、きっと先々この国にとってプラスになるはずだという考えもあったが、何よりこれ以上長引くと、脇で静観しているリザが「不敬だ!」とか言って斬りかかりかねない。
実際、何度か剣に手をかけようとしていたし……
そんなこともあって、面倒を見ることを承諾したのだが、最大の障壁がフレイスリアの前に立ちはだかっていた。
しかし、この程度で諦めるわけにはいかない。
自分のキャラではないが、背に腹は代えられない。
フレイスリアは胸の前で両手を組み、瞳を潤ませ、やや小首を傾げて上目遣いに母を見る。
「ダメですか? お母様」
「「うぐっ!」」
同時に二ヶ所から短い呻き声が聞こえた。
一人はレイチェル、もう一人はリザだ。
普段はまず見ることのない、甘えるようなフレイスリアの仕草による強烈な会心の一撃をもらって悶絶している。
それでも、母は強い。リザならこれで陥落しただろうが、レイチェルは持ち直した。
「フレイ……そんなことをしてもダメなものは――」
「お願いです! お母様」
更なるダメ押しの追撃により、レイチェルも陥落した。
割と呆気ない勝負だった。
場所は変わってフレイスリアは、王都にあるレイクイン大公邸の前に来ている。
アセナのことを報告しようにも、どう報告したら良いのか思いつかず困っていた。
そのままズバリ報告しようものなら、シンシアたちの村が大変なことになるのは明白なため、頭を悩ませる。アセナも抵抗はしないだろうが、気分は良くないはずだ。
そこでリザがレオナルドに相談してみることを提案した。
確かに王家に発言力のある大公家の彼なら、大事にならないよう穏便に纏めてくれるに違いない。
フレイスリアは早速、レオナルド宛ての書状をしたためて母の私室を訪れた。
母が早くもシフと戯れていた姿は見なかったことにしよう。
レオナルドに手紙を出すことをレイチェルに告げると、何を思ったのか母は花が咲いたように表情を明るくさせる。
そして、特に内容を聞かれることも無く、フレイスリアの手紙は母の手で封蝋が押され、執事の手によってレイクイン家へと届けられた。
翌日には早くも返事があり、その日の午後に訪問する運びとなった。
「フレイスリア様ですね。お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
「はい。恐れ入ります」
黒と白が混じった髪をオールバックにした執事の案内で応接室へと通された。
レオナルドを待つ間にフレイスリアは、何度も頭の中で彼との会話を想定して繰り返す。
彼にフィリアの正体が自分だと悟られるわけにはいかないし、アセナのことなどをうまく対応してもらわなければならない。
ボロが出ないように気を付けなくてはという意気込みをしたところで、応接室の扉が開かれる。
すぐさまフレイスリアは立ち上がると、入ってきたレオナルドにカーテシーをした。
「堅苦しい挨拶は抜きでいいよ、フレイ。さあ、座って」
「それではお言葉に甘えさせて頂きます」
レオナルドに腰を下ろすよう促されたフレイスリアは、彼が座るのを確認してから自分もソファに座る。
それを見計らったようにメイドが入って来て、お茶とお菓子をテーブルの上に並べた。
見れば彼女の好物ばかりが並んでいる。
目の前のお菓子たちの誘惑に表情を保ちきれない彼女を見て、レオナルドが小さく噴き出すように笑った。
「ふっ、いいよ。本題に入る前に食べて。折角、君のために用意したのだし」
「えっ!? ……あ、ありがとうございます」
フレイスリアは「それじゃ……」と、おずおずとお菓子に手を伸ばす。
一口それを頬張れば、口の中に広がる甘さで幸せに瞳を輝かせた。
そんな自分の姿を愛おし気にレオナルドが見ていることに気付いて、少し気恥ずかしい気持ちなる。
「レオナルド殿下……その、そんなに見つめられると恥ずかしいです」
「これはすまない。些か淑女に失礼だったね」
「い、いえ……嫌なわけでは……」
思いがけずに出た自分の言葉に彼女はハッとした。私は何を言っているのだ――と。
恐る恐るレオナルドの顔を見遣れば、彼は目を見開いて固まっていた。
――突然、こんなことを言われて不快に思われたかしら……?
そう思うと、フレイスリアの胸は締め付けられるように苦しかった。何故、こんなに苦しいのかはわからないが。
突然、レオナルドが笑いだした。
先のことが何か癪に障ったのかも――と、彼女は気を揉んだが、全くそんなことは無かった。
「そうか、そうか。嫌なわけじゃないのか」
レオナルドはとても嬉しそうな顔をしていた。
フレイスリアは本題に入ることにした。
アセナのことをはじめ一通り、彼に説明する。全てフィリアから頼まれたことだとして。
レオナルドは少し考えてから、彼女に承諾の言葉を返した。
「いいよ。その程度のことなら手を回しておくよ」
「ありがとうございます!」
「君からの頼み事だって言うから、ちょっと期待したんだけどな……」
少し拗ねるような態度のレオナルドにフレイスリアが軽く首を傾げる。
とはいえ、彼の協力が得られたことに彼女は安堵していた。
だから、彼から驚きの交換条件を聞かされて言葉を失うことになる。
「協力する代わりに、殿下ってやめてくれる? それと二人きりの時はレオって呼んで」
「へっ?」
レオナルドが指を鳴らすと、リザも含めた使用人たちは全員が退出し、部屋の中にはフレイスリアとレオナルドの二人だけになった。
「さあ、私のことはレオだよ」
「レ、レオナルド殿下?」
「うーん、違うよね? 敬称を外すのは無理だろうからいいけど、今は二人だけだよ?」
「レ、レオ……様?」
「はい。よくできました、フレイ」
とても良い笑顔のレオナルドとは対照的に、フレイスリアはあまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にしながら視線を泳がせる。
――私……間違えたかも。
しかし、そう思っても既に後の祭りなのだった。
次回から、2章に入る予定です。




