第28話 私はその日に向けて精進します
11歳になってもフレイは落ち着く気配がありません。
領地から王都の邸へとフレイスリアたちは帰って来ていた。
今は気が抜けるようなことは無くなり、盛大な勘違いの果て、レオナルドと手合わせする日を心待ちにしながら、彼女は日々の鍛錬に精を出す。
鍛錬ばかりしている娘を心配したレイチェルが、彼女と仲の良いフレデリカに頼んで自宅へと来てもらっていた。
二人でテーブルを囲んでお茶を楽しむ。
「フレディ、誕生日に来てくれて本当にありがとう」
「いいのよ。私が行きたくて行ったのだから。それにあなたの特別な姿を見逃したくないじゃない?」
フレデリカが微笑みを浮かべる。それはまるで女神のように美しい。
彼女とフレイスリアは同い年だが、フレデリカは大人っぽさが増し、可愛いさから美しさへと変化しているように感じる。フレイスリアにはそれが少し羨ましかった。
「ふふっ、心配しなくても、あなたも十分可愛いし綺麗よ」
「へっ?」
表情からだけで思考を読まれた。
さすがは国一番の才女とも称される私の幼馴染だと、今度はちょっと誇らし気になる。
それを見たフレデリカから笑みが零れた。
「殿下からのプレゼントは今も付けているの?」
「うん」
髪留めに手を伸ばしてそれに触れたフレイスリアの頬が薄い赤に染まる。
フレデリカが彼女を見る目を細めた。
――あら? 効果覿面じゃない? やるわね、殿下。
そんなことをフレデリカが考えていると、フレイスリアから予想外の言葉が発せられる。
「殿下の瞳を思わせるような蒼いサファイアが、まるでいつでも私を見ていると言っているようで……そう、手合わせする日まで精進を怠るな、と!」
「えっ?」
――何でそうなった?
しかし、フレデリカはその言葉を外には出さずに飲み込んだ。面白くなりそうだと思ったから。
王都に帰って来て五日後、レーヴェリアンから招集がかかっていた。
彼からの手紙に王都に帰ってきたら教えてほしいと書かれていたので、帰ってきたその日に王城の文官を通して報告していたのだが、どうやら執務で忙しくしており、今日やっと時間が取れたようだ。
王城に着くと、メイドの案内でレーヴェリアンの執務室前に通された。
あれ? 客間とかじゃないの? ――と彼女が疑問符を浮かべていると、メイドは扉をノックし、中からの返事にフレイスリアを連れてきたことをメイドが告げると、入室を許可された。
メイドが執務室の扉を開けると、中に入るのを促すかのように脇に避けて軽く頭を下げる。フレイスリアが部屋の中に進むと、すぐに扉が閉められた。
正面にある執務机の椅子に腰かけていたレーヴェリアンが、フレイスリアの姿を認めると、一瞬で表情を明るくして立ち上がり、近づいてくる。
「フレイ! よく来てくれた。11歳おめでとう。さあ、座って」
「あ、ありがとうございます」
フレイスリアは妙にテンションの高いレーヴェリアンに面食らって、わずかに笑みが引き攣った。
自分に会えたぐらいで何がそんなに嬉しいのかわからない彼女とって、彼の反応は未知のものを見るような感覚を覚える。
とりあえず、さっさと用件をすませて帰ろうと、フレイスリアが口を開いた。
「お手紙ありがとうございました。それで本日のご用件というのは?」
「ああ、誕生日パーティには行けなかったが、これは直接君に渡したくてね」
レーヴェリアンが小さな箱をテーブルの上に置いた。
フレイスリアが視線で訴えれば、彼は手振りで手に取ることを促す。
箱を開けてみると、中には小振りながらも精巧な意匠の耳飾りが二つ入っていた。
「誕生日プレゼントだ。遠慮なく受け取ってくれ」
これが何かを聞く前にレーヴェリアンから答えが降ってきた。
畏れ多いが、彼からの贈り物を返すわけにはいかないので、感謝の言葉とともに受け取る。
彼女の反応を見たレーヴェリアンの表情が曇る。
「……気に入らなかったか?」
「そ、そんなことありません! 大事にします」
「そうか!」
フレイスリアの言葉にレーヴェリアンの顔が一転して晴れ晴れしたものに変わる。
彼のコロコロと変わる表情を見てフレイスリアは可笑しさで笑いを堪えきれず、噴き出した。レーヴェリアンもつられて笑みを零す。
――レーヴェリアン殿下からの贈り物も嬉しいけど、やっぱり……
フレイスリアの手が髪留めに触れる。
それを見たレーヴェリアンの表情が怪訝なものに変わった。
愛おしいものにでも触れるかのような彼女の表情を見れば、それも仕方の無いことだろう。
「フレイ、それは?」
「こちらはレオナルド殿下から頂いたものです」
それを聞いたレーヴェリアンが苦々しく思っていると、次に彼女から出た言葉に驚かされることになる。
「果たし状みたいなものです」
「はっ?」
フレイスリアの言った意味は全く分からないが、少なくともレオナルドの心が彼女には全く届いていないことがわかって安堵しながらも、恋敵とはいえ、さすがに同情の念を抱いたのだった。
フレイスリアはレオナルドとの来る日に向け、今日も冒険者活動を通して鍛錬に勤しむ。
ギルドの掲示板で依頼を選んでいると、受付の方から何か言い争うような声が聞こえてきた。
「いくら等級の低い依頼でも、ダンジョンに潜る以上、駆け出し二人では許可できません」
「そんなの不公平じゃんか!?」
「なんと言おうと許可できません。受けたいのなら上位冒険者の協力をもらってください」
「そんな時間はねぇんだよ!」
受付のギルド職員は冷静に言葉を並べているのに対し、少年は声を荒らげて喚き散らしている。
どうやら、依頼の受諾条件に関してギルドの職員と揉めているようだ。
冒険者と思われる少年は『駆け出し』と言われていたことから、新人だと考えられる。武具も備えもまるで必要な水準に達していない。
新人が受けられる等級の依頼でも、ダンジョンに潜るとなれば話は別だ。視界の悪さに不案内な道、罠や奇襲など、敵地に乗り込むそれは攻城戦に近いものがある。それだけに十分な準備と戦力を揃え、策を練って挑む必要があるため、表示される等級よりも二つほど高いものと見るのが冒険者の間での暗黙のルールだ。時々いるあのような手合いは、ギルド職員が止めるのも、ほぼお決まりのパターンとなっている。
それだけ危険を伴うということなのだが、新人冒険者は異様に食い下がる。
彼にとってあの依頼に何か譲れないものでもあるのだろう。
それにこれ以上は周りの冒険者の迷惑となる。ギルドにとっても冒険者にとっても、何より駆け出しの少年にとっても不利益にしかならない。
それらを鑑み、フレイスリアは助け舟を出すことにした。
「話し中にすまない。何か問題か?」
「なんだ、あんた? 邪魔すん――」
「フィリアさん! いえ、問題ということのほどでは……」
「フィリア? フィリアってあの冒険者フィリアか!?」
少年はキャンキャンとやかましい限りで、まるで子犬のようだ。
彼のことを子犬と表現こそしたものの見た目からすると、歳の頃はフレイスリアよりも若干上だろう。
冒険者フィリアは今とても勢いのある者の一人であり、他がやりたがらないような依頼でも受けてくれるギルドにとって貴重な人材なのだ。
そんな広報面においても実務面においても、多大な貢献してくれている彼女に対し、少年から無礼極まる言葉が飛び出す気配を感じて言葉を被せることで遮ったにも関わらず、あまりにも煩い上にこの調子だ。さすがに美人と評判のお姉さんも笑顔が引き攣っている。
「話を聞かせてくれない? 力になれるかもしれないし」
「本当か!? テンペストと一緒なんて心強いぜ!」
これ以上、話が縺れる前に場を収めたい考えから出た言葉だったが、目の前の少年は自分に都合の良い方へと解釈したようだ。
軽く咳払いをすると、聞いてもいないのに勝手に自己紹介を始める。
「オホン、俺はルイス。今は銅等級だけど、将来は竜さえ討伐する金等級の頂点に立つ男だ!」
威勢だけはトップクラスの聞いているこっちが恥ずかしくなるような自己紹介を聞き、安請け合い(請けた覚えは無いが)したことをフレイスリアは既に少し後悔していた。
もう少しで第1章は終わりになります。




