第26話 アーサーは苦笑する
今回はアーサー視点です。
フレイスリアの11歳の誕生日を1ヶ月後に控えたある日のこと、自室で執務にあたるレオナルドからアーサーは公爵領に出没する厄介者たちのことを聞かされていた。
「アーサー、君のところの領地で魔物や野盗の被害報告が上がってきていることは知っているかい?」
「いえ、申し訳ありません。存じ上げませんでした」
「そうか……」
レオナルドは机の上に何枚かの書類を広げ、それを人差し指で軽く叩いた。指の動きに合わせて『コンコン』と木製の机から音が鳴る。
書類を確認するように促されたと判断したアーサーが、執務室の前へと近づいて書類を手に取った。
「拝見します。……これは!?」
「ちょっと、まずいよね」
レオナルドは両肘を机について顔の前で手を組むと、意味深な笑みを浮かべてアーサーを見る。
その視線を受けて、アーサーはゾクッと背筋に寒気が走った。
――これは間違いなく厄介事を言われる展開だ。しかも、フレイ絡みで。
アーサーの予感は的中する。
「1ヶ月後には可愛い君の妹、フレイスリアの誕生日だろう? しかも、今年は領地で行うようじゃないか? 教えてくれないなんて水臭いな」
彼の声は穏やかだが、視線からは敵意さえも感じる。
別に悪気があって黙っていたわけではない。レオナルドが言うように今年のフレイスリアの誕生日は、領地に残る使用人たちからの強い希望により、あちらで行うことになっていた。
そのことを伝えても、執務の都合上、あまり邸を空けることのできない彼を気落ちさせてしまうのでは無いかと、心配したが故だが、どうやら逆効果だったようだ。
「そんな意地の悪い君に大量の仕事を与えることもできるんだよ?」
「!」
彼の言葉を意訳すると、『お前も道連れだ』ということだ。
それだけは勘弁してほしい。
年々、美しく成長していく可愛い妹の特別な日の姿を見られないなど我慢できるはずがない。
「殿下、申し訳ありませんでした。何なりとお申し付けください。ですので、どうかご容赦を」
アーサーは気付いたら、レオナルドに深々と頭を下げていた。
家族と一緒にフレイスリアの誕生日を祝ってあげたい一心だった。
自分に頭を下げるアーサーを見て、彼から軽く笑い声が漏れる。
「すまない。君の妹への愛情がそこまでとは思わなくて」
――そんな風に言って、その妹にお熱なのはどこの誰なのか。
思っても決してアーサーは口に出さない。事実も事実だが、それを突かれたレオナルドからどんな反撃が来るかわかったものじゃない。
そんな危険をわざわざ冒す必要はない。可愛い妹の晴れ姿を見るためにも。
「それに大好きな兄がいなくては、私が何を贈ろうとも喜んではくれないだろうからな」
――乙女か!
まるで愛する人を思うかのような儚げな雰囲気を醸し出して、そう呟くレオナルドの姿に心の中で思いっきりツッコミを入れていた。
姿勢を直して自分を見据えるレオナルドに、アーサーも背筋を伸ばして彼の言葉を待つ。
「折角の祝いの席に邪魔が入ってもつまらん。……そう思うだろ?」
「はい。同感です」
皆まで言わずとも、彼の言わんとすることはわかっている。
領地を騒がす不届き者どもを始末して憂いを絶てということだ。
それはアーサーにとっても同じ気持ちだった。
彼から暗黙の命令が無くとも、何かしらの策を講じていただろう。
また、この件に関してアーサーは安堵も覚えていた。
自分からは伝えていなかった情報を入手し、リーシュベルト公爵領の内情を把握しているからには、既に何らかの手を打っている。
レオナルドと長い付き合いになるアーサーは確信していた。彼は大切なものの為には労を惜しまない性格だからだ。
――大方、朔月でも動かしているのだろうな。
彼の予想通り、レオナルドは王室直属部隊『霜天の朔月』を動かしていた。
何故分かったのかというと、報告書にあったものよりも明らかに魔物の数も質も劣っていたからだ。
――過保護……なんてレベルじゃないな。
手回しが無くても、アーサーをはじめとするリーシュベルト家の戦力ならば、余裕で殲滅できる規模だったが、僅かでもフレイスリアが傷付く可能性を彼は嫌ったのだ。
しかも、全滅していては不審がられることを考慮して小物ばかりを、残しておくという万全ぶりだ。
それを察したアーサーが心の中で毒を吐く。
討伐を無事に終えて誕生日の当日、レオナルドのプレゼントを見てアーサーは引いていた。
髪留めの中央に嵌め込まれた宝石が、彼の瞳を連想させるようなサファイアだったからだ。しかも、透き通るような高い透明度のそれは、宝石に詳しくないアーサーでもとても高価だとわかるほどの代物だった。
――独占欲丸出しだな。
アーサーは周りに気付かれないように小さく溜息を漏らすと、レオナルドがフレイスリアの額にキスをしていた。
妹の顔がびっくりするぐらいに真っ赤に染まっている。
――そういえば、初めて顔を合わせた時、殿下のことを『素敵な人』とか『大好き』とか言っていたんだよな。フレイはすっかり忘れているみたいだけど。
状況を飲み込めずにあわあわしている妹と、それとは対照的に満面の笑みを浮かべるレオナルドを見ながら、アーサーは妹を婚約者候補としているレーヴェリアンのことはどうするのかと、聞いた時のことを思い出していた。
――『その点については心配要らん。ストロノーグ公爵家のフレデリカ嬢の協力を取り付けてある』
未だに混乱しているフレイスリアを見て、アーサーは苦笑しながらどこか遠くを見るような目をしていた。
――妹よ、諦めろ。殿下に狙われたら逃げることなど不可能だ。
結構前から接点のあったフレイとレオ。
当時、フレイは彼に惹かれるものがあったようですが、何故かすっかり忘れています。
あっ、すみません。本当にただ忘れているだけなので、深い意味があるとか伏線とかそういうのではありません<(_ _)>




