第25話 私は贈り物をもらいました
5000PVありがとうございます!
すみません。あれもこれもと書いているうちにいつもよりもかなり長くなってしまいました。
遠征から領館に戻ってきたフレイスリアは縛り上げた野盗たちの前に仁王立ちしていた。
凛々しい騎士服を纏っていても、彼女の外見はとっても可憐な美少女なので、傍目には全く威圧感は無いのだが、拠点襲撃時の圧倒的な戦闘力を知る彼らは怯えっぱなしだった。それに加えて彼女の脇に控える屈強な男衆の存在も影響しているのだろう。
彼らは皆一様に、これから死刑宣告を受ける罪人のような面持ちをしている。
自分たちを無言で見下ろしていたフレイスリアが口を開き、眼前に並ばされた者たちはビクッと体を震わせた。
「あなたたちに選ばせてあげる。先の者たちと同様、囚人として強制労働に就くのがいいか。それとも、改心してリーシュベルト家に仕えるか。どっちにする?」
彼女の顔は満面の笑みを浮かべているのに、感じる圧力は凄まじい。
その威容に蛇に睨まれた蛙のような状態になって一言も発せない彼らに、ちょっとやりすぎたかと思ったフレイスリアは軽く息を吐いて付け加えた。
「仕えるのであれば、きっつい訓練を受けてもらいます。代わりにちゃんとお給金を出しますし、衣食住も保障します。何なら家族や恋人のいる人は呼んでもらっても構いません」
これには脇に控えていた男衆も驚いて彼女に視線を向けた。
いくらなんでも当主じゃないのだからそこまでの権限は無いでしょうとでも言いたげな目だ。
自分の背中に向けられている視線に気付かず、両手を組んで彼女は瞳を輝かせる。
「そろそろ私も自分専用の騎士団、とまでいかなくてもそう言ったものを持ちたいなって思っていたのですよ。それに――」
俄かにフレイスリアの表情がスッと慈愛を感じさせるものに変わる。それまでの明るい調子から急に変わり、自分が汚れることも厭わず地面に膝をついて、自分たちと目線を合わせた彼女に視線が釘付けになった。
「何か事情があったのでしょう? あなたたちと相対した時、迷い、でしょうか。違和感がありましたから。それに頑なに私に暴力を振るうことを拒んでいましたし」
その言葉にハッとして顔を上げた面々にフレイスリアが柔らかく微笑む。
「もう無理しなくていいんですよ」
彼女が言い終わると、膝をついてフレイスリアを見上げる彼らの目に涙が浮かび、嗚咽を漏らす。
その様子を前に彼女の顔には戸惑いの色が浮かび、首を傾げた。
――私、そんな泣くようなこと言ったかしら?
彼女と男たちの温度差は天と地ほどの差が開いていた。
翌日から待望の自分専用配下を手に入れた彼女は、手ずから彼らを鍛え上げようとやる気に満ち満ちていたが、二日後に控えた誕生パーティの衣装合わせに捕まっていた。
しかも、専属侍女のリザもこの時ばかりはレイチェルの味方をし、それが面白くなくてフレイスリアはむくれていた。
とはいえ、本気で怒ってなどいないのだが。
「リザひどい。お母様の味方をするなんて」
「お嬢様、拗ねないでください。確かに私はお嬢様付きの侍女ですが、レイチェル様の意向に逆らうわけには参りません」
「……それで、本音は?」
「お嬢様を着飾りたいです!」
やっぱりそれが本音か!――と突っ込みを入れそうになったが、ドレスやアクセサリーを選ぶ二人の楽しそうな笑顔を見ていたら、そんな気も無くなっていた。
これから着せ替え人形の如く、何着ものドレスを着させられる運命が待っていることがわかっていても、彼女自身、おしゃれに興味がないわけでは無く、むしろ、年頃の少女らしく好きだったりする。
――ふふっ、これから長くなりそう。
自分に全力を注いでくれる二人を見て、フレイスリアは顔を綻ばせた。
それから昼を跨いでも続いた衣装選びにその日はもうぐったりだったが。
パーティの当日、少し早く起きたフレイスリアは鏡台の前に座り、リザに髪を梳かしてもらっていた。
穏やかな朝日が差し込む部屋は、心地よい暖かさで眠気が蘇ってくる。
「お嬢様、堪えてください」
リザの言葉を受け、危うく閉じかけた瞼を何度か瞬いて持ち直す。
「今日は特に日和に恵まれましたね」
「そうね。眠気を誘うわ」
「お嬢様?」
「冗談よ。しゃんとするわ。これだけ用意してもらっていたのだから」
リザから眇めた視線を受けて彼女は背筋を正した。
実はフレイスリアたちが領館に到着したのは、彼女の誕生日の10日前のことだった。
これだけのパーティをこんな短期間で用意することなどできない。
それならば考えられることは一つ、彼女に内緒でずっと前から準備を進めていたのだ。
思い返してみれば、レイチェルがよく王都の邸に仕立て屋を呼んでいたし、街にも連れて出されていた。
――お母様は私を何かと着飾りたいというか、娘と一緒に買い物を楽しみたいようだったし、私もおしゃれするのは嫌いじゃないから気にしてなかったけど、このためだったのね。
こんなにしなくてもいいのに――と、自分の誕生を祝ってもらうことに対して、歳の割にはかなり冷めていた。
それもこれも原因は8歳の誕生日であったあの事件が大きな割合を占めている。
あの時の出来事のせいで、誕生日=厄介事が起こるという強烈な印象を植え付けられてしまっていた。
実際にはあれからそんなことは無いのだが、彼女にとっては簡単に意識を払拭することが難しいほどの出来事だった。
その影響で自身の誕生日に対する見方が冷めていた。
ただ、嫌というわけではなく、むしろ、自分が生まれてきたことを祝ってくれるので嬉しいという感情があるのは確かだ。
それに今回は領地のみんなが盛大に祝ってくれるということもあって、すでに大分感情は上向きになっている。
そんな彼女を見てリザは彼女の心の傷が少しでも良くなればと、願わずにはいられなかった。
編み込んでハーフアップにしたプラチナブロンドの髪は光を受けてキラキラと輝き、淡いピンクを基調に彼女の瞳と同じ琥珀色のレースで飾られた可愛らしくも上品なドレスと純白のロンググローブに身を包んだ姿は、貞淑さと可憐さを兼ね備え見る者を虜にする魅力を感じさせる。
レイチェルとリザは彼女の仕上がった姿を見て、思わず感嘆の溜息を漏らした。
自分の姿を見つめたまま固まっている二人にフレイスリアが首を傾げる。
「お母様もリザもどうかしました? 何かおかしいところでもありましたか?」
レイチェルがハッとしてうっとりしていた自分に気付き、軽く咳払いする。
「いいえ、とてもよく似合っているわ」
「ありがとうございます。この日のためにお母様が選んでくださったおかげです」
母からの称賛に気恥ずかしさと嬉しさを混ぜたような表情を浮かべながら、フレイスリアはレイチェルを上目遣いに見る。
その姿を見て戦慄が走ったかのように、またしてもレイチェルとリザの動きが止まった。
「やっぱり、私の娘最高!」
「ちょっ! お母様!?」
一瞬の間を置いてレイチェルがフレイスリアに抱きついて頬擦りする。
普段の淑女然とした彼女からは想像もつかないような行動に、驚きの声を上げたフレイスリアは呆気に取られてレイチェルにされるがままだ。
それから一拍置いて我に返ったリザがレイチェルを止める。
「奥様、折角の装いが崩れてしまいます」
「ハッ!そ、そうよね。取り乱してしまったわ。ごめんなさい」
表に出ると会場にいる人々が、口々に彼女を称賛する。
公爵家のみならず、国内の貴族の中でも特に領民との距離が近く、これだけでもリーシュベルト家が、そして彼女自身がどれだけ領民に愛されているか推し量れる。
フレイスリアが周囲を見回すと、見知った顔がいることに気付いた。
「フレディ! ピア! わざわざ来てくれたのね?」
「大切なあなたの誕生日だもの当然よ」
「フレイ、11歳おめでとう」
二人からそれぞれピンクと黄色のユリの花束を渡される。
それを両手に抱え、ユリの芳醇な香りに包まれていると、彼女の頬にフレデリカとピアローゼが左右から口付けした。
フレイスリアは二人を交互に見やった後、あまりの恥ずかしさから両手の花束の陰に隠れてしまった。
招待客への挨拶を一通り終え、華やかな宴を楽しんでいると、俄かに門の方が色めき立つ。
その方向へ視線を向ければ、見るからにやんごとなき方々の馬車が停まっていた。
それを見たフレイスリアは心臓が大きく脈打つような感覚を抱く。
まさか――と、彼女の中で3年前の誕生日にあった出来事が蘇り、衝動的に目を固く閉じて胸の前で両手を握っていた。
折角の楽しい誕生日がまた台無しにされてしまうの?
最近の殿下は落ち着いているけど、またあんなことがあったら――
殴らない自信が無い――と不安が心を埋め尽くしていたが、自分の背中を摩る感触に目を開いた。
その手はフレデリカだった。
「大丈夫よ、フレイ。何も心配することなんて無いわ」
柔らかく微笑んだフレデリカは、それから彼女の促すように視線を門の方へと移す。
おそるおそるフレイスリアも、門の方へと顔を向けると、馬車から姿を現したのはレオナルドだった。
何で殿下がここに? ――と、疑問が湧いたのも束の間、先程までとは違う胸の高鳴りに戸惑っていた。
馬車から降り立ち、優雅に歩を進める姿は、まるで至高の芸術のような印象を覚える。
そんな彼の姿を目の当たりにして、フレイスリアの鼓動は速まるばかりだった。
――何で? どうして?
自分の体なのに訳のわからない反応を勝手に示されて彼女は更に混乱する。
そんな状態の彼女を現実に引っ張り戻したのは、いつの間にか自分のとなりにいるロバートの声だった。
「殿下、本日はお越し頂き、誠にありがとうございます」
「こちらこそ、折角、領地で催した場を乱して申し訳ない。それでも、私が思い焦がれる女性の特別な日の姿を、どうしてもこの目で見たくてね」
――思い焦がれる? 殿下が? 誰に?
疑問符が頭の中を覆いつくしているフレイスリアの顔を見て、レオナルドは少し困ったような笑みを浮かべた。
その顔を見た彼女は自分が礼を失していることに気付き、平静を装いながら優雅にカーテシーをする。
「レイクイン殿下、大変なご無礼申し訳ありません。また、本日は私のような者の祝いの席にお越しくださり、恐悦至極にございます」
途端にレオナルドが渋い顔をする。
何かまた自分が粗相したのだろうかと不安に思いながら、フレイスリアは微笑みを崩さずに彼の言葉を待つ。
俄かにレオナルドは彼女に向かって紳士の礼を取った。
「名前で呼んでくれないか? 君には私のことを名前で呼んでほしい」
えっ? ――と、出そうになった声を飲み込み、予想もしていなかったレオナルドの言葉に驚いて不敬とは思いつつも、フレイスリアは彼の顔をまじまじと見つめる。
彼の意図していることはわからないが、光栄にも名前を呼ぶことを許されたのだから、拒絶することもない。というより、拒絶する権利などあるわけない。
「身に余る光栄です。レオナルド殿下」
またも彼の顔が不服そうに渋くなるが、「本当は敬称も要らないのだが、まあ、焦りは禁物だな」と呟くと、更にフレイスリアに近づいた。
あまりの近すぎる距離感に思わず、フレイスリアの顔が紅潮する。
レオナルドは彼女の前に長方形の箱を差し出した。
これは何なのかとフレイスリアが疑問の眼差しを向ける。
「君へのプレゼントだよ」
レオナルドがそう言って蓋を開けると、精巧な銀細工の中心に蒼く輝くサファイアがはめ込まれた髪留めがあった。
レオナルドの瞳と同じ色の宝石を見たリーシュベルト家の一同は、「独占欲が強いな」とか「独占欲丸出し」とか、不敬にも思っていた。
「わあ、とてもきれいですね」
当の本人は全くそれに気付いていないのだが。
フレイスリアが髪留めに手を伸ばすと、スッと箱が引かれた。
何故かと思い、彼女がレオナルドの顔を見上げる。
「私に付けさせてくれないか?」
彼の言葉に同意してフレイスリアがレオナルドに背を向けると、結び止め部分に髪留めが着けられた。
「とてもよく似合っている」
彼女はお礼の言葉を述べようとするが、それよりも早くレオナルドの方へと向き直されると、額に口付けが落とされた。
あまりの不意打ちに耳の先まで真っ赤に染めたフレイスリアは、まるで陸に打ち上げられた魚の如く、口をパクパクさせている。
「11歳の誕生日おめでとう、フレイ」
超絶爽やかな笑みを浮かべ、レオナルドは甘い声音で彼女を祝福した。
勢いも大事ですけど、甘々成分も大切ですよね。




