第24話 私は領地で暴れます
皆さんのおかげで気力が湧きます。
ありがとうございます!
領地に残してきた使用人たちから、「お嬢様の11歳の誕生日は領地であげてください」との手紙が届き、書かれた文字から鬼気迫るものを感じて久しぶりに家族揃って領地へと帰省することになった。
普段ならレオナルドの専属騎士として忙しいアーサーと軍部で重要なポストに付いているグランバルドは王都に残るのだが、レオナルドから許しが出たことと自国に対して不穏な動きを見せる国が無いことから、二人も一緒に領地へと戻ることができた。
領地へと向かう馬車の中、レイチェルの膝枕ですやすやと眠る双子の妹は天使のような寝顔を浮かべている。
双子の寝顔にほっこりとした笑顔を浮かべるイシュタルの膝の上ではテオドールが穏やかな顔をして眠っていた。
母親のレイチェルは幼い双子の世話にかかりっきりということもあり、テオドールに割く時間が目に見えて減っている。
妹が産まれた当時五歳だった彼は自身の気持ちを口にこそ出さないが、寂しい思いをしていた。
弟の気持ちを察したフレイスリアが寂しさを埋めようと、思いつく限りのことをしてあげていた。
本を読んでほしいと言われれば読み聞かせ、一緒に寝てほしいと言われれば一緒のベッドで寝る。
彼女自身も婚約者候補に選ばれて忙しい日々を過ごし、心身ともに疲労していたはずだが、それを噯にも出さずに弟の面倒を見てきた。
その甲斐もあってかテオドールは歪むことなく、素直な性格に育ってくれた。
今の状況を見ても彼が母のレイチェルよりも、姉のフレイスリアに懐いていることは想像に難くない。
そんな彼にもついに気になる女性が現れたようで、私がする会話の中でその人の名前が出るたびに聞き耳を立てている。
本人は気付かれないようにしているつもりなのだろうが、フレイスリアにはバレバレだった。あからさまに意識の向け方が違うのだから。
可愛い弟の頭を優しく撫でて外へと目を向けると、窓から差し込む陽射しの眩しさに目を細めた。
だいぶ穏やかになったとはいえ、まだまだ陽射しに厳しさを感じる。
――ああ、やっぱりいいものね。
目の前に広がる慣れ親しんだ領地の光景を見て、彼女は帰ってきたことを実感したのだった。
当主一行の馬車が領館の前に到着すると、使用人が迅速に左右に並んで道を作り、一同に頭を下げて自らが仕える主人たちを出迎える。
そして、出迎えの言葉を一斉に発声した。
「「ご当主様! 奥様! 若様! お嬢様! お帰りなさいませ!」」
この出迎えに慣れているグランバルドは使用人たちに向けて軽く手を上げて応えるが、サリーシャを抱いているレイチェルは笑顔のままひくひくと口の端を引き攣らせていた。
以前にこの出迎えの声で寝ていたサリーシャとルーシィが驚いて目を覚まし、火山が噴火したかのように泣き喚いて大変だったのだ。
そのこともあって彼女はこの出迎えを快く思っていないようだが、母の腕に抱かれたサリーシャはキャッキャッと笑い声を上げて上機嫌だ。ちなみにそれは後に続いてフレイスリアに抱かれている妹のルーシィも同様だった。
血筋とは実に恐ろしい……
「おねえしゃま、ご本読んでー」
「わたしも、わたしもー」
領館に着いて早々、フレイスリアは訓練場に顔を出そうとしたが、妹たちに捕まってしまった。
あどけない笑顔と舌足らずな可愛い口でせがまれては彼女に拒否するという選択肢は無く、十分な広さのソファに腰掛け、両脇で期待に満ちた眼差しを向ける妹たちがリクエストした絵本を朗読する。
――家族と言っても、テオとは好みが違うのね。テオは男の子なんだから当然よね。
読み聞かせている内に湧いた疑問が自己解決したことに、なんだかおかしくなってくすっと笑い声が漏れた。
そうして何冊かの本を読み終えた頃、二人の妹が静かなことに気付いて目をやると、静かに寝息を立てている。
傍にいた侍女が起こさないように配慮しながら、二人を寝台へと運び、フレイスリアはリザが用意してくれた紅茶に口を付けて、ほぅと息を吐いた。
夕食後、グランバルドに呼び出され、アーサーとフレイスリア、テオドールの三人は父親の執務室を訪ねていた。
机に両肘をついて顔の前で手を組むグランバルドがしずかに口を開いた。
「今回の帰省はフレイスリアの11歳の誕生日を領地で祝うのが主な目的だが、困った問題が発生していてな」
「魔物と野盗ですね?」
まさか我が子が事態を把握しているとは思っていなかったグランバルドがアーサーの言葉を聞いてわずかに目を見開く。
「よく知っていたな?」
「レオナルド殿下からお聞きしていましたから」
臣籍王族であるレイクイン大公家は各領地での諸問題にも対応している。
そのため、その令息であり、将来は大公家当主を継ぐ予定のレオナルドは、そういった執務をこなしていたこともあって、彼の専属騎士を務めるアーサーに情報を教えてくれていた。
「お前たちを呼んだのは他でもない。明日からそれらの討伐に出るぞ!」
「あの……お父様」
話の流れから、そういうことになることは予測がついていたが、ここで疑問を抱いたフレイスリアが父に問いかける。
「なぜ、私にも声がかかったのですか?」
「確かにフレイの誕生日を憂いなく祝うための露払いだが、黙っていてもどうせ付いてくるんだろ? それに置いて行ったら拗ねるだろうが」
あっ、お父様はお見通しなのね――と、フレイスリアは思うのと同時に、自分のことを理解してくれていることと、自分の意思を尊重してくれることを嬉しく思っていた。
その場に同席していたアーサーは呆れたような顔をし、テオドールは小さく肩をすくめていた。
翌日から部隊を編成して魔物と野盗の討伐に出発した。
娘を華やかに仕立て上げると意気込んでいたレイチェルからは「なんでフレイまで行くの!?」と、すごい剣幕で詰め寄られたが、逃げるようにして脱出に成功した。
――お母様、ごめんなさい……でも、こっちの方が楽しそうだから。
背後から母の嘆きの声が聞こえ、罪悪感から後ろ髪を引かれる思いであったが、やはり、好奇心には勝てないものだ。
心の中で母に謝罪の言葉を述べつつ、意気揚々とフレイスリアは討伐隊に合流した。
「フレイ、よく逃げてこられたね?」
「まあ、強化した私を捕まえることは無理だと思うわ」
「それもそうだな」
フレイスリアのあっけらかんとした回答にアーサーは短く笑った。
リーシュベルト公爵領はかなり広い。
未開地や関係の良くない国などと面していることもあって小競り合いは日常茶飯事だった。
さすがにそんな厄介ごとの中心地からは領館も離れた場所にあるが、今回は領主街から近い場所で被害報告があったため、討伐に乗り出したのだ。
丸一日あれば往復できる距離であるため、その近さが窺える。
ただ、普段であればそんなに近くでも信頼できる部下に一任するところなのだが、今回は大切な家族の祝いを控えていることもあって、当主自ら部隊を率いている。
そして、何故か異様にみんな殺気立っていた。
「……愛されていますね、お姉さま」
「それもそうだろうさ。我が家の自慢だからな」
「何か言った? アス兄様、テオ?」
「いや、何でもないよ」
「はい。こちらの話です」
「そう?」
フレイスリアは二人の様子に小首を傾げる。
それを見たアーサーとテオドールは顔を見合わせ、困ったように笑うと、それを見たフレイスリアはますますわからなくなって、腑に落ちないというように少し眉根を寄せた。
魔物の討伐は予想していたよりも呆気なく終わった。
報告を受けていたよりも数は多かったが、全員が戦る気十分で士気が高かったこともあり、グランバルドたちが手を下す余地もなく、あっという間だった。
そのおかげで不完全燃焼のフレイスリアは不満たらたらだ。
早く事が終わったのは良いが、これではいつ爆発するかわかったもんじゃない。
そんな娘を気遣ってグランバルドが声をかける。
「フレイどうだ? 疲れてないか?」
「いいえ、お父様。何もさせてもらえなかったので全然です」
フレイスリアはにこやかな笑顔を浮かべているが、その言葉は刺々しい。
まずい。非常にまずい――グランバルドの父親としてのカンが警鐘を鳴らしていた。
腹芸の苦手なフレイスリアが言動と合わない表情の時は何が起こるかわからない。かつて、レーヴェリアンを殴り飛ばした時のように。
だが、この後すぐに発散材料が向こうからやってくることになる。
魔物の残骸の後始末を終え、拠点に帰る途中、少し離れた場所で蹲る人影を見つけた。
周囲が制止する間もなく、フレイスリアが人影に駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「ああ、少し気分が悪かったが、君が来てくれたおかげで治った」
蹲っていた男が意味深な言葉とともに不敵に笑うと、フレイスリアの手を引いて前を向かせ、背後から彼女を拘束する。
それに合わせて周囲の物陰から、様子の悪い輩が10人程度、姿を現した。
「ひゃひゃひゃ! 悪いな嬢ちゃん、騙しちまってよ」
「おっ! 幼いがなかなか上玉じゃねぇか。こりゃ高く売れそうだ」
「おい、お前らこのガキの命が惜しかったら武器を捨てろ!」
敵に拘束されている彼女は顔を伏せたままで、フレイスリアを人質に取られたグランバルドたちはその場から動けない。
否、動けないというより動かない。
下手に自分たちが動いては危険だからだ。野盗たちの命が。
はぁ~と大きな溜息を吐いてグランバルドはガシガシと頭を掻いた。
「フレイ……わかっててやったな?」
「この方が手っ取り早いと思いまして」
「お前ら何をごちゃごちゃと――」
最後まで言葉を言い終わる前に、彼女を拘束していた男が宙を舞っていた。
彼の顎をフレイスリアの強烈なアッパーが捉えたのだ。
その光景を唖然としながらぽかんと口を開けて見ている野盗たちに、グランバルドたちは同情の念を抱いた。
野盗たちは瞬く間にフレイスリアの手によって制圧されていた。
しかし、彼らの人数は報告にあったよりも少ない。
つまり、近くに根城があるのは間違いない。
グランバルドが捕えた野盗を尋問する。
「お前たちの本拠地はどこだ? 近くにあるのはわかっている」
「へっ! 誰が言うかよ」
野盗は鼻を鳴らしてそっぽを向く。
どうやら、白状する気は無いようだ。
それを見たフレイスリアがとても不穏な空気を纏った笑顔で圧をかける。
「どうしても教えてくれませんか?」
「い、言うわけねぇだろ……」
「そうですか……では、仕方ありませんね」
そう言ったフレイスリアの手には棘がびっしりと並んだ棍棒が握られていた。
「ポンコツは調教するか始末するかにかぎりますよね~」
―――――
グランバルド一行は簡素な砦の前に立っていた。
周囲は暗くなり始め、篝火が周囲を照らしている。
あの野党は啖呵を切っておきながら、彼女が棘の棍棒を使い、ちょっと撫でただけで本拠地の場所を吐いた。
「骨が無いんだから」
少し前のことを思い出して呆れたように彼女は呟いた。
中の様子を窺っていたグランバルドが作戦を立てるために全員を集めるが、最低限の防具を生成したフレイスリアが正面から突っ込んだ。
その直後、ポンポン宙を舞う野盗の姿が目の前に広がっていた。
その光景にグランバルドは額に手を当てて天を仰ぎ、アーサーとテオドールは苦笑していた。




