第15話 私は兄との鍛錬で憂さを晴らします
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フレイスリアは朝からアーサーと手合わせをしていた。
徒手戦闘術を得意とする彼女にアーサーは剣術を得意としている。
リーチ差を考えればフレイスリアが圧倒的に不利だが、巧みな足運びによる体捌きで彼の剣を見切り、避けきれないものは刀身に拳を打ち込んで軌道を逸らして対処していく。
それでもアーサーは彼女に間合いを詰めることを許さない。
互いに譲らない攻防の中でフレイスリアが手を読み間違え、体勢を崩されて剣を突き付けられた。
「……まいりました」
兄を見上げて負けを認めた彼女は立ち上がると、膝を伸ばしながら汚れを払い落し、ふぅと息を吐いた後に体を起こして乱れた髪をかき上げた。
アーサーは模擬剣を振り払い、彼女が刀身に叩き込んだ拳の痕跡を確認しながら声をかける。
「らしくないな。手合わせの最中に考え事なんて」
「申し訳ありません」
兄の言葉にフレイスリアが謝罪する。
アーサーの言うとおり、今の手合わせは彼女らしくない内容だった。
現状の実力はアーサーの方が上手のため、最終的に彼が勝つのはおかしくないのだが、攻撃に対する反応が普段よりも明らかに鈍い。
そのこともあって徐々に追い詰められたフレイスリアはいつもならしないようなミスを犯し、キレの鈍った技は余裕で見切られてしまった。
そんな普段とは明らかに違う様子の妹をアーサーは心配する。
「謝ってほしいわけじゃない。だが、ここが戦場なら死んでいたのは確かだ」
彼の言葉を聞いてフレイスリアは視線を伏せた。
模擬剣を鞘に納めて彼女に歩み寄ると、頭を撫でながら穏やかな口調で声をかけた。
「フレイ、顔を上げて。私たちは家族だ。……何か悩みがあるんじゃないのか?」
はっとして彼女が顔を上げる。
フレイスリアの頭の中では先日のレーヴェリアンとの一件がずっと離れなかった。
彼女は不安だった。
護衛の任が不安なわけではない。
レーヴェリアンを衝動的に殴らないかが心配なのだ。
前に一度殴ってしまってから箍が外れてしまっているような気がしてならない。
少し薄らいでいた忌避感が前には沸き上がってきたし。
今度、衝動に駆られたら自分を抑えられるだろうか。
不埒者と一緒に粉砕してしまいそうで怖い。
普通の令嬢であれば、護衛される側であって彼女のように護衛する側にはない。
幼い頃から軍事教育を受けてきた彼女には確かな実力が備わっており、精神的にも同年代と比較すれば、かなり成熟しているとも言える。
そんな彼女には護衛は必要ないと言えるが、どんなに力を持っていても中身は8歳の少女なのだ。
自らの行いで自分だけでなく、家族の行く末さえも破滅させてしまうかもしれないと思うと、不意に涙が浮かび視界が滲む。
彼女の瞳に溜まった涙をアーサーが親指で拭い、困ったような笑みを浮かべた。
「考えても答えが出ないときは、体を動かして頭の中を空っぽにするのもいいもんだ」
アーサーが先ほどの手合わせを始めた時と同じ位置まで下がると、模擬剣を抜いて構える。
フレイスリアも兄の言葉に頷き、涙を拭いて彼と向き合うと、地面をつま先でトントンと叩き、両拳を突き合わせてボルテージを上げていく。
おもむろに右手を見ながら開いたり閉じたりした後、何かを思い立ってアーサーを見た。
「お兄様、久しぶりに異相を使って行いたいのですが、よろしいですか?」
その言葉とともに自分を見据える彼女の瞳は迷いを振り切らんとする強い意志を感じさせるものであり、愛する妹からそんな目を向けられれば彼がその申し出に否と答えられるはずもない。
「いいよ。フレイがやりたいなら」
兄からの了承に感謝をすると、右手に岩石が集まり彼女の体格には不釣り合いな戦鎚が形を成した。
対するアーサーもフォースを模擬剣と体中に巡らせて強化を図る。
戦いの技術は兄であるアーサーの方が一枚も二枚も上手だが、異相の力を含めた純粋な戦闘力となると途端にその差が縮まる。
彼女の一撃は重い。それもとてつもなく重い。その上に彼とは異なり、マナも自在に扱えることからアーサーが不得手とする間合いからの攻め手も持っている。
それでも兄として妹にまだ負けるわけにはいかない。
――胸を貸す……とは言っても、粉砕されないようにしなきゃな。
「……行きます」
アーサーが自身の内で呟いた言葉に乾いた笑みを零す。
フレイスリアが戦鎚を後方に引き構えて開始の言葉をかけると、彼は「来い」と答えた。
その言葉が終わった瞬間、フレイスリアが一息に飛び掛かって戦鎚を振りぬいた。
その頃、二人の様子を見にレイチェルは差し入れを持って演習場に向かっていた。
ここ最近、少し気落ちしている様子の娘のことが気がかりだった。
それでもマナーやダンスなどの淑女教育は変わらずしっかりと取り組んでいたが、かえってその事が心配の種だった。
――無茶してなきゃいいけど……
可愛い娘は幼い頃からの軍事教育も相まって、可憐な容姿に反して大人顔負けの武力を持っているが、それは彼女の考える淑女像からはかけ離れていることが母親としての悩みだ。
だとしても、黙っていればとてもそんな風には見えないのも事実なため、何とか娘がその身に秘められた力を使う日が来ないことを毎日のように祈っていた。
だが、そんな母の切なる願いは周囲の石柱をも震わす地響きと離れた位置に舞い上がる土煙を見て脆くも崩れ去る。
故に母は殊更強く願わずにはいられなかった。
どうか娘がその可憐な容姿に見合う淑女になれますように、と。
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