第13話 私はそもそも耐性がありませんでした
フレイスリアをいつの間にか横抱きにしたレオナルドは、従者たちに表で待つように伝えると、そのまま部屋に入り寝台へと一直線に向かう。
あまりの急展開に思考が追いつかないフレイスリアが彼の腕の中で顔だけ右往左往させていると、その身を寝台の上に優しく降ろされた。
そして、仰向けに横たわる彼女に覆い被さるような形でレオナルドが四つん這いの姿勢を取れば、図らずも視線が交錯する。
レオナルドも文句なしの美形だ。レーヴェリアンとは髪と瞳の色が同じだが、その顔つきは似ている部分もあるが、精悍さを湛えていているように感じる。
普通の女性であれば、失神してもおかしくない程の願ってもいないシチュエーションなのだろうが、フレイスリアにとっては違った。
顔を紅潮させて顔を背けたフレイスリアの肩が僅かに震えている。
それを見たレオナルドは照れているのだろうと思って、彼女の髪に触れると途端にフレイスリアが体を固くする。
「殿下、おやめください!」
顔を真っ赤にしながらそう言う彼女のことを可愛いと思っていたが、次の言葉で即座に彼女から離れることになる。
「殴ってしまいそうなので……」
本気で身の危険を感じたレオナルドは素早くベッドから立ち上がった。
フレイスリアもゆっくりと体を起こして床に足を下ろす。
「すまない……やりすぎた」
レオナルドの声音からは申し訳なさが伝わってきた。
なぜ、冷静な彼がこんな行動を取ったのかフレイスリアには理解できなかったが、何とか殴らずにすんで良かったと胸を撫で下ろしていた。
だが、こんなことをしては他の令嬢方では誤解しかねない。
その気がないにも関わらず、遊び感覚でこんなことをされては傷付く世の女性が増えてしまう。
これは何とかして行動を律してもらう必要があると、フレイスリアは考えた。
「殿下。さすがにこういったことは誤解を招きますので、今後はお控えください」
「はっ……?」
「ですから、殿下ほど美形の方に色気を振りまかれては、世の女性たちは魅了されてしまいます。その気も無いのに哀れではありませんか」
彼女のその言葉にレオナルドは巨大な岩が降ってきたような衝撃を受けた。
自分はそんな軽薄な男だと思われていたのだろうか、そんな落胆にも似た感情が彼の心の中で立ち込めた。
いきなり彫像のように動かなくなったレオナルドを、怪訝な顔でフレイスリアは見つめる。
――こうやって見ると、髪と瞳は同じでも輪郭とか目の形は違うから慣れれば大丈夫かも……
自分の言葉が彼に強烈なダメージを与えたことなどつゆ知らず、暢気にそんなことを考えていた。
少し間を置いてこちらの世界に帰ってきたレオナルドは、自分の顔をまじまじと見つめる彼女から僅かに視線を外すと、彼女を連れてきた理由を話し始めた。
「先日は従弟殿が申し訳ないことをした。改めて謝罪する」
レオナルドは唐突に頭を下げた。
フレイスリアは慌てて頭を上げるように懇願する。
レオナルドに非は無いし、そもそも王弟殿下の子息である彼が頭を下げるのは良いことではない。
「殿下にそこまでしてもらう必要はありません」
「そうか……」
彼女の言葉に安堵したような声で呟いたが、その表情はどこか寂し気だった。
しかし、そう思ったのも束の間、今度は意地の悪い笑みを浮かべて顔を寄せてくる。
それに耐えられず思わず顔を引くと、耳元でレオナルドが囁いた。
「従弟殿を殴り飛ばしたそうだね?」
その言葉にフレイスリアの体がビクッと跳ねた。
フレイスリアがおそるおそるレオナルドの顔を見ると、口の片端を上げて彼女を見下ろしていた。途端に背中をひやりとしたものが伝う。
「可愛い従弟殿は大層傷ついてね。あれ以来、何に対しても上の空という感じなのだよ」
片手を額に当てて天を仰ぎ、わざとらしく大げさな仕草で彼女に言葉を続ける。
「もちろんこの前のこともあるし従弟殿にも非はあるのだろうが、あまりに哀れで見ていられなくてね。誰かが声をかけてあげれば、元気が出ると思うんだが……」
殿下の言う『誰か』というのは、まず間違いなく私のことなのだろう。
実際、芝居かかったセリフをのたまいながら、チラチラと自分のことを見ていることからも疑いようがない。
それに部屋には今、私と殿下の二人しかいないのだし。
「……わかりました。お会いいたします」
「そうか!」
フレイスリアの言葉を聞いてレオナルドが表情を明るくする。
それに対して彼女の気分は重くなり、思わずふぅと溜め息を吐いた。
この時、フレイスリアはレオナルドから視線を外して油断していた。
唐突に頭の後ろに手を回され、身動きを封じられた耳元にひどく甘い声で囁かれる。
「よろしく頼むよ、フレイ」
「!」
驚愕して囁かれた耳を押さえながら、レオナルドに顔を向ける。
――愛称!なぜ、愛称呼び?!私と殿下はそんなに親密な間じゃないのに……
動揺するフレイスリアをよそに、彼女を見る彼の顔からは先ほど見たような意地悪さの中に愛しいもので見るような甘さを感じさせた。
自分の顔は見えないが、きっと私の顔は紅潮して真っ赤に染まり、声の出ない口はそれでも何かを言いたくて開いたり閉じたりしているのだろう。
私はそれほどまでに顔が熱くて仕方なく、胸の中が大きく早く鼓動していた。
頬に両手を当てて熱を冷まそうとする彼女にレオナルドは微笑んで部屋から出て行くと、代わりにメイドが入ってきて、フレイスリアの案内を仰せつかっているとのことなので、それに従って部屋を後にした。
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