第12話 私は免疫が落ちていました
それっぽい人が出てきます。
波乱のピクニックから1ヶ月経って、フレイスリアは他の婚約者候補の方々と王城の定期お茶会の席に着いていた。
あの時、レーヴェリアンを殴った傷は当たる直前に武装解除が間に合ったため、見た目には少し腫れている程度だったが、記憶はどうにもならない。
いっそ頭を粉砕してしまえば……なんて物騒なことを考えていたが、意外にもその後のレーヴェリアンはおとなしくなり、現在もお咎めが来る気配はない。
1ヶ月前の惨状を思い出し、お茶会の場にも関わらず上の空なフレイスリアの意識をフレデリカが強制的に引き戻す。
「……レイ、フレイ!どうしたの?魂が抜けていたわよ」
「へっ?ウソ」
令嬢らしからぬ間の抜けた声を出した後にフレイスリアは両手で口を塞いだ。
「まったく……そんな声を出して。公爵家の令嬢である自覚を持ちなさい」
彼女の振る舞いをエリザベートが窘めるが、いつぞやのような嫌味っぽさは無くなっていた。
フレイスリアが自分の方に視線を向けると、彼女は縦巻きにした自慢の薄桃色の髪を弄りながらフンと鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「あなたらしくていいわ。そういうの」
「私もフレイの飾らないところ、とても……好きです」
どこか冷めたような口調で話すクラウディアと明るく遠慮がちなピアローゼの言葉を聞いてどこか焦ったようにエリザベートが口を開く。
「べ、別にあなたを責めているわけではありませんよ!ただ、その……隙を見せては……」
随分と歯切れが悪い様子にフレイスリアが小首を傾げていると、エリザベートが爆発した。
「とにかく心配だと言っているのです!」
語気を強めに言いはしたが、顔を真っ赤にしてふぅーふぅーと息を乱している姿は誰が見ても、照れ隠しだとわかる。
「素直じゃありませんわね」
わざとらしく溜息を吐きながらフレデリカが言った。
「なっ!そんなのではありませんわ!」
顔を赤く染めて狼狽えながら発したその言葉には全く説得力が無い。そんな彼女にフレイスリアはニッコリと微笑んだ。
「エリー、心配してくれてありがとうございます」
フレイスリアの笑顔の破壊力にやられて、陸に打ち上げられた魚のごとく口をパクパクさせて言葉の出ないエリザベート、そんな二人の様子を見て同じテーブルを囲む3人の令嬢から笑い声が漏れた。
婚約者候補として過ごす中で、公爵令嬢である5人は一緒にいることが多く、自然とお互いを愛称で呼び合うほどに仲が深まっていた。
5人の公爵令嬢が囲むテーブルを見て、他の婚約者候補たちから嘆息が漏れる。
彼女たちが放つ存在感は別格だ。実際に差しているわけではないが、まるで後光が差しているかの如くであり、ある者はその様子に見惚れて目を離せず、ある者は見ることも烏滸がましいという様子で目を逸した。
周りの令嬢たちは見目麗しく地位も確かな彼女たちと比べれば、自分たちなど卑小な存在だと思えてならなかった。
そんな空気が漂う会場が俄かに色めき立つ。
周りを見ると、令嬢たちの視線が同じ場所に向けて注がれていることに気づき、その方向に顔を向けると、銀色の髪に端正な顔立ちの少年がそこにいた。
――あの方は……どこかで見たことがあるような……
フレイスリアがそう思うのも当然で、婚約者候補として集められた時に壇上にいた少年である。そして、彼の背後には見慣れた人物がいることに気付いた。
――アス兄様……ということは、王弟殿下のご子息、レオナルド様?
アーサーは3年前から臣籍王族でありレオナルドの護衛騎士を務めている。王族と同じ髪色でアーサーが同行していることを考えると、彼がレオナルドなのだろう。
レオナルドは脇目も振らずに5人の令嬢が座るテーブルに真っすぐ向かってくる。
自分たちの元に彼が来ると察したフレイスリアたちは立ち上がり、カーテシーをして待つ。
程なくして彼女たちの前に立ったレオナルドは顔を上げるように声をかけた。
「やあ、麗しの令嬢方。君たちの美しさの前では、世界中のどんな花も霞んでしまうよ」
開口一番、歯の浮くようなセリフに鳥肌が立ちそうだった。
しかし、フレイスリア以外の令嬢はこの程度のセリフを聞き慣れているのだろう。当たり障りのない笑みを返していた。
脇に控えるアーサーを見ると、はたと目が合ったので小さく手を振って微笑むが、彼は表情を変えずに目を閉じる。
その様子が面白くなくてフレイスリアが頬を膨らませると、横にいるフレデリカが脇を肘でつついてきた。
「フレイ、殿下の前で油断しすぎよ」
彼女は小声で注意を促してくれたが、時既に遅し。フレイスリアの行動はレオナルドにばっちり見られてしまっていた。
内心は焦りながらも、平静を装いながら頭を下げて謝罪する。
「殿下、申し訳ございません」
「いや、気にしなくていいよ。それよりも、ご令嬢方を立たせたままにして気が利かずすまない。どうぞ、かけてくれ」
レオナルドに着席するよう促されて、令嬢たちは自分の席に座る。
彼も新たに用意された、彼女たちと同じテーブルを囲む席に腰をかけた。
優雅な所作で侍女が入れた紅茶に口をつける。
その一挙一動は洗練されており、見る者の目を惹きつける。
――近くで見て気付いたけど、レーヴェリアン殿下と同じ青色の瞳なのね。前はわからなかったけど、昔どこかで会ったことがあるような……?
フレイスリアはレオナルドと昔に面識があるような印象を覚えた。
アーサーを護衛騎士にしているのだから、面識があってもおかしくはないのだが、よく思い出せない。
だが、そんなことよりも彼女にとっては大きな問題があった。
自分に対して傍若無人なレーヴェリアンを彷彿とさせる髪色と瞳の男性を見ると、忌避感が湧いてくるのだ。
以前までは毎日のようにちょっかいをかけられていたため、自然と免疫が出来ていたのだが、最近は接する機会が怖いくらいに無くなっていたので、それが落ちてしまっていたようだ。
じんわりと手のひらに嫌な汗を感じる。顔には微笑の仮面を張り付けているが、フレイスリアの内心は穏やかではなかった。
――どうしよう……とんでもなく殴りたい……!
同じ髪色と瞳に対する忌避感からレオナルドに対し、彼女の中で攻撃衝動が沸き起こる。
一度、殴ったことで枷が外れたのか、一度も二度も同じなんだから何発でも殴って大丈夫というような考えが渦巻いていた。
実際は別人だし、本人であっても決してそんなことは許されないのだが。
「どうした、リーシュベルト嬢?気分でも優れないのか?」
明らかに様子のおかしいフレイスリアにレオナルドが心配して声をかける。
自分の中の衝動と葛藤しているだけではあるが、その元凶から心配されて危うく意識が攻撃衝動側に傾きかけたが、何とか踏み止まることに成功した。
「ええ、少し頭の中がはっきりしなくて――」
――しかし、殿下のお気を煩わせるほどのことではありません。
と、続けようとした言葉は、レオナルドによって封殺されてしまう。
「それはいけない!すぐに部屋を用意させよう」
その言葉に驚いて制止しようと、手を伸ばしかけたが間に合わなかった。
「ご令嬢方!申し訳ないが本日はこれでお開きとする。次に会える日を楽しみにしているよ」
透き通るような声と甘いマスクによる目配せにより、令嬢たちは見惚れて声も出ない。
レオナルドが指を鳴らすと、二人の侍女がフレイスリアの脇について彼女を引っ張っていく。
フレデリカたちに助けを求めることもできずに、フレイスリアは王城の一室へと連行された。
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